第23話「知らせ」
午前五時四十分。
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夜明け前。
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病院の窓の外が少しずつ明るくなり始める。
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しかし集中治療室前の空気は重かった。
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高橋陽斗の母は椅子に座ったまま泣き続けている。
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父は壁にもたれたまま動かない。
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妹は状況を理解できず、
ただ黙っていた。
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数時間前まで、
陽斗は友人と連絡を取り合っていた。
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「来週の試験だるいな。」
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「春休み何する?」
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そんな他愛もない会話。
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未来を前提とした会話だった。
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午前六時十三分。
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担当医が現れる。
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静かな足音。
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重い表情。
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その瞬間、
両親は悟った。
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医師が口を開く。
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言葉は丁寧だった。
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しかし内容は残酷だった。
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救命措置を尽くしたこと。
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損傷が極めて大きかったこと。
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回復が困難だったこと。
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そして最後に、
死亡が確認されたこと。
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母親が崩れ落ちる。
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父親は何も言えない。
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妹はただ泣き始める。
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春を迎えるはずだった少年の人生は、
そこで終わった。
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その頃。
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河合町警察署。
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ケンジは取調室にいた。
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昨夜からほとんど眠っていない。
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頭は混乱している。
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事故。
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高校生。
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飲酒運転。
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それらの言葉が頭の中を回り続けていた。
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警察官が部屋へ入る。
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静かに座る。
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そして告げる。
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「被害者の方が亡くなりました。」
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沈黙。
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数秒。
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ケンジは理解できなかった。
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いや、
理解したくなかった。
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「……亡くなった?」
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自分の声が遠く聞こえる。
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警察官は頷く。
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それ以上は何も言わない。
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ケンジの体から力が抜ける。
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椅子にもたれ込む。
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吐き気がする。
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涙が出る。
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しかし泣く資格があるのか分からない。
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死んだのは自分ではない。
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未来を奪われたのは自分ではない。
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家族を失ったのも自分ではない。
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全部、
相手側だった。
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ケンジは初めて気付く。
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「大丈夫。」
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その言葉がどれほど無責任だったのか。
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「近いから。」
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「慣れてるから。」
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「今まで大丈夫だったから。」
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全部崩れた。
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一瞬で。
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その日の昼。
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ニュースサイトに記事が掲載される。
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【飲酒運転の車が高校生をはね死亡させる】
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短い記事。
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だが十分だった。
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河合町中に広がる。
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会社。
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学校。
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コンビニ。
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誰もが話題にする。
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そして名前も出る。
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ケンジ。
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河合町の住民。
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三十五歳。
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会社員。
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飲酒運転。
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死亡事故。
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その文字列が、
人生を変えてしまう。
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午後。
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ナオトはスマホの記事を見ていた。
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手が震える。
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本当に起きてしまった。
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嫌な予感は当たった。
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止めなかった。
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見て見ぬふりをした。
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何度も。
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何年も。
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そして最悪の結果になった。
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ナオトは画面を閉じる。
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その瞬間、
グループLINEが鳴る。
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河合町ソールズ。
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しかし誰も何も書かない。
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既読だけが増えていく。
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初めてだった。
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誰も言葉を見つけられない夜は。
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男気。
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仲間。
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地元。
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今まで大切にしてきた言葉。
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しかし今、
そのどれもが無力だった。
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そして河合町ソールズは、
初めて本当の意味で壊れ始める。
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誰か一人の失敗ではない。
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長年積み重ねた選択の結果だった。
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その代償として失われた命は、
もう戻らない。
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第24話「葬儀」へ続く。




