第22話「赤色灯」
「嘘やろ……」
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ケンジの声は震えていた。
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交差点。
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春の夜。
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車の前方。
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倒れた自転車。
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道路の上には動かない人影。
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数秒前まで普通の夜だった。
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酒を飲み、
仲間と笑い、
家へ帰るだけだった。
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そのはずだった。
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だが現実は違う。
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周囲の人々が集まり始める。
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誰かが叫ぶ。
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「救急車!」
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「警察呼べ!」
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スマホを取り出す人。
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駆け寄る人。
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遠巻きに見る人。
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交差点は騒然となった。
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ケンジは立ち尽くしていた。
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足が動かない。
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頭も回らない。
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酒が一気に抜けていく感覚。
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胃の奥が冷たくなる。
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「大丈夫やろ……」
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思わず口から出る。
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だがその言葉には、
何の根拠もなかった。
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数分後。
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遠くからサイレンが聞こえる。
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赤色灯。
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青色灯。
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夜の街を切り裂くように近付いてくる。
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救急車。
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警察車両。
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ケンジはその光を見つめる。
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人生で何度も見たことがある。
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ニュースで。
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テレビで。
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他人事として。
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しかし今は違う。
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その光は自分に向かっている。
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救急隊員が走る。
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倒れた高校生の元へ向かう。
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懸命な処置が始まる。
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ケンジは見ていられなかった。
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視線を逸らす。
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だが耳には聞こえる。
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緊迫した声。
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無線。
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ストレッチャー。
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救急隊員の足音。
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その全てが現実だった。
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警察官が近付く。
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「運転していたのはあなたですか?」
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ケンジは頷く。
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声が出ない。
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警察官は静かに言う。
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「飲酒はしていますか?」
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沈黙。
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数秒。
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長い数秒。
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そしてケンジは答える。
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「……はい。」
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警察官の表情が変わる。
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すぐにアルコール検査が行われる。
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結果。
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基準値を超えていた。
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言い逃れはできない。
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完全な飲酒運転だった。
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その頃。
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ナオトは自宅にいた。
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シャワーを浴び、
ベッドに横になっていた。
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スマホが鳴る。
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深夜。
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嫌な予感がした。
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画面を見る。
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シンジ。
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電話に出る。
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「もしもし」
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数秒の沈黙。
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そして震えた声。
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「ケンジが事故った。」
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ナオトは起き上がる。
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嫌な汗が出る。
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「怪我か?」
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シンジは答えない。
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代わりに、
別の言葉が返ってくる。
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「相手、高校生らしい。」
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ナオトの心臓が強く脈打つ。
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「大丈夫なんか?」
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シンジは小さく言う。
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「わからん。」
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その一言が重かった。
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わからない。
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つまり、
最悪の可能性がある。
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電話を切る。
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部屋は静かだった。
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時計の音だけが聞こえる。
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ナオトは頭を抱える。
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思い出す。
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忘年会。
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居酒屋。
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代行呼ぶか。
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飲んでるやろ。
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大丈夫。
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あの時止めていれば。
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もっと強く言っていれば。
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鍵を取り上げていれば。
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様々な考えが頭を巡る。
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しかしもう遅い。
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時間は戻らない。
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そして病院。
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集中治療室。
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高橋陽斗の両親が駆け付けていた。
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母親は泣いている。
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父親は言葉を失っている。
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妹もいる。
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何が起きたのか理解できていない。
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数時間前まで、
家に帰ってくるはずだった。
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夕食を食べるはずだった。
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明日も学校へ行くはずだった。
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それが突然奪われた。
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誰にも準備はできない。
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誰にも受け入れられない。
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病院の廊下は静かだった。
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しかしその静けさの中で、
多くの人生が壊れ始めていた。
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ケンジ。
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陽斗。
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陽斗の家族。
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河合町ソールズ。
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まだ結論は出ていない。
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だが、
もう以前と同じ日常には戻れない。
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赤色灯は消えた。
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しかしその光景は、
全員の記憶に焼き付いていた。
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第23話「知らせ」へ続く。




