第21話「春の交差点」
三月。
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冬が終わり始めていた。
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河合町の桜も少しずつ蕾を膨らませている。
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新年度が近い。
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卒業。
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進学。
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就職。
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多くの若者が新しい人生へ向かう季節だった。
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高橋陽斗は高校二年生だった。
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十七歳。
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工業高校に通っている。
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成績は特別良くない。
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しかし真面目だった。
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遅刻もしない。
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部活も続けている。
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将来の夢は整備士。
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自動車整備の資格を取りたい。
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卒業後は地元の整備工場へ就職する予定だった。
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母親は言う。
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「頑張りや。」
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父親も言う。
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「応援してるぞ。」
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妹は兄を尊敬していた。
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ごく普通の家庭。
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ごく普通の人生。
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そして、
ごく普通に未来が続くはずだった。
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その日の夕方。
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陽斗は部活を終える。
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友人たちと別れる。
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自転車を押しながら帰宅する。
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空には夕焼け。
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春の風。
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高校生活も残り一年。
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資格試験もある。
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進路もある。
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考えることは多い。
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だが未来は楽しみだった。
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まだ何にでもなれる気がしていた。
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一方その頃。
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ケンジは居酒屋にいた。
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仕事終わり。
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河合町ソールズの数人もいる。
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平日だった。
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しかし関係ない。
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飲む理由など必要なかった。
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生ビール。
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ハイボール。
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焼酎。
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次々と空になる。
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ナオトは少しだけ飲んだ。
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しかしケンジは違った。
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かなり飲んでいる。
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顔も赤い。
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声も大きい。
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それでも本人は言う。
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「全然酔ってへん。」
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周囲も苦笑する。
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毎回同じだからだ。
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午後九時。
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解散。
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店の外。
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冷たい夜風。
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ナオトは言う。
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「代行呼べ。」
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ケンジは笑う。
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「金もったいない。」
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「飲んでるやろ。」
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「慣れてる。」
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またその言葉だった。
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慣れてる。
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何度も繰り返してきた。
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何百回も。
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だから今回も大丈夫。
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そう思っている。
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ナオトは嫌な顔をする。
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しかしそれ以上言えない。
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空気がある。
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関係がある。
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男気がある。
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それらが言葉を飲み込ませる。
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ケンジは車に乗る。
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エンジンをかける。
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走り出す。
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夜道。
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信号。
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交差点。
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視界は少しぼやけている。
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反応も遅い。
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だが本人は気付いていない。
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いや、
気付かないふりをしている。
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一方、
陽斗は自転車で帰宅中だった。
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信号は青。
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歩行者用信号も青。
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問題は何もない。
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普通の帰宅。
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普通の交差点。
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普通の一日。
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そのはずだった。
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遠くから、
ヘッドライトが近付く。
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速い。
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少し速すぎる。
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陽斗は気付かない。
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スマホも見ていない。
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イヤホンもしていない。
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ただ青信号を渡ろうとしているだけだった。
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そして、
ケンジは赤信号を見落とした。
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酒。
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疲労。
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慢心。
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長年の「大丈夫」。
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その全てが重なった。
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次の瞬間。
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交差点に、
凄まじい衝突音が響く。
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金属が歪む音。
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ガラスが砕ける音。
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誰かの悲鳴。
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車は大きく揺れ、
数十メートル先で停止した。
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静寂。
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そして数秒後。
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周囲が騒然となる。
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ケンジは呆然としていた。
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何が起きたのか理解できない。
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車を降りる。
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足が震える。
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道路を見る。
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そこには、
倒れた自転車があった。
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そして、
動かない人影。
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春の夜風が吹く。
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ケンジの顔から血の気が引いていく。
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「嘘やろ……」
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それが、
河合町ソールズ崩壊の始まりだった。
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第22話「赤色灯」へ続く。




