第14話「借金の音」
借金には音がない。
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金を借りた瞬間も、
カードを切った瞬間も、
人生が大きく変わるわけではない。
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だから怖い。
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静かに進む。
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静かに積み上がる。
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そして気付いた時には、
自分ではどうにもならなくなっている。
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タカシは朝六時に目を覚ました。
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正確には、
眠れなかった。
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スマホの画面を見る。
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通知が三件。
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一件は消費者金融。
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一件はカード会社。
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一件は知らない番号。
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分かっている。
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全部金の話だ。
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タカシはスマホを伏せる。
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見なかったことにする。
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しかし現実は消えない。
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借金総額。
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五十八万円。
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最初は五万円だった。
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パチンコで負けた。
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給料日前だった。
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少し借りた。
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返した。
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また借りた。
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気付けば増えていた。
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「なんとかなる」
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そう思い続けてきた。
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実際、
今までは何とかなった。
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だから今回も何とかなる。
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そう思い込んでいる。
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会社。
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午前十時。
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タカシは仕事中にも関わらずスマホを見ていた。
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また着信。
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無視。
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また着信。
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無視。
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心臓が少しずつ苦しくなる。
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だが誰にも言えない。
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河合町ソールズには、
弱音を吐く文化がなかった。
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酒の席では強がる。
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困っていても笑う。
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苦しくても飲む。
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それが男気だと信じていた。
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昼休み。
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タカシは一人で車へ向かう。
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車内。
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暑い。
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エアコンを入れる。
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そして、
着信履歴を見る。
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十件。
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思わずため息が出る。
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返済日を過ぎていた。
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給料日まであと二週間。
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口座には一万円もない。
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タカシはハンドルを握る。
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少し震えていた。
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その夜。
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河合町ソールズはいつもの居酒屋に集まった。
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ケンジ。
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ナオト。
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シンジ。
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ユウスケ。
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アキラ。
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そしてタカシ。
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ジョッキが並ぶ。
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「乾杯!」
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いつも通り。
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しかしタカシだけは違った。
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笑っている。
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喋っている。
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酒も飲んでいる。
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だが心は別の場所にある。
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返済。
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督促。
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借金。
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頭から離れない。
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ナオトは気付いていた。
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タカシがスマホばかり見ている。
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タカシが酒を飲むペースが異常に速い。
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タカシが笑っていない。
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何かがおかしい。
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しかし聞けない。
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聞いてはいけない空気がある。
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それが河合町ソールズだった。
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ケンジが言う。
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「土曜パチンコ行くぞ」
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全員が頷く。
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タカシも頷く。
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本当は金がない。
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一円でも使ってはいけない。
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だが断れない。
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「行かん」
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その一言が言えない。
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付き合い。
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男気。
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仲間。
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そんな言葉が、
首に巻き付く縄みたいになっていた。
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深夜。
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帰宅。
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アパートの郵便受けを見る。
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封筒が入っていた。
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赤文字。
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【至急ご連絡ください】
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タカシの顔から血の気が引く。
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部屋へ入る。
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ビールを開ける。
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一気に飲む。
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二本目。
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三本目。
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酔わなければ眠れない。
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酔わなければ現実が見えてしまう。
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時計を見る。
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午前二時。
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スマホが震える。
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知らない番号。
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今度は出た。
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「もしもし」
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低い男の声。
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「ご返済についてご相談がありまして」
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丁寧な言葉だった。
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しかしタカシには、
死刑宣告みたいに聞こえた。
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電話を切った後、
部屋は静かだった。
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冷蔵庫の音だけが聞こえる。
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タカシは思う。
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どこで間違えたんだろう。
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高校時代。
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こんな未来を想像したことはなかった。
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三十五歳。
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独身。
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彼女なし。
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借金五十八万円。
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毎週飲み会。
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毎週パチンコ。
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資格なし。
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出世なし。
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そして将来も見えない。
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窓の外を見る。
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真っ暗だった。
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まるで自分の人生みたいだった。
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だがまだ、
タカシは気付いていない。
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この借金は始まりに過ぎないことを。
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そして数年後、
彼が闇の仕事へ足を踏み入れることを。
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まだ誰も知らない。
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第15話「男気という呪い」へ続く。




