第13話「取り残された男たち」
夏だった。
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蝉の鳴き声が朝から響いている。
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河合町の景色は昔とほとんど変わらない。
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小学校。
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商店街。
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神社。
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川沿いの道。
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変わった店もある。
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なくなった店もある。
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しかし全体として見れば、昔のままだった。
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そして河合町ソールズも同じだった。
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変わらない。
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いや、
変われない。
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日曜日の昼。
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ナオトはスーパーの駐車場にいた。
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飲み物を買いに来ただけだった。
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だが、
そこで思いがけない人物と再会する。
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「ナオト?」
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振り返る。
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同級生だった。
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山本圭介。
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高校卒業後、
大阪へ出た男。
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十年以上会っていない。
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「久しぶりやな!」
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圭介は笑う。
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日焼けしている。
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スーツではない。
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だが雰囲気が違う。
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自信がある。
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そんな印象だった。
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少し立ち話になる。
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「今何してるん?」
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ナオトが聞く。
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「営業や」
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「へぇ」
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「転職してな」
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自然な会話だった。
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しかしナオトの心は少しざわつく。
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転職。
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自分ができなかったこと。
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「結婚したん?」
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ナオトが聞く。
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圭介は笑う。
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スマホを見せる。
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子供の写真。
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女の子。
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五歳くらい。
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「二人おるで」
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「そうなんか」
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ナオトも笑う。
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だが胸が痛い。
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別れ際。
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圭介が言う。
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「今度飲もうや」
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ナオトは頷く。
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しかし分かっていた。
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たぶん飲まない。
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生活が違いすぎる。
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話題も違う。
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価値観も違う。
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帰りの車の中。
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ナオトは考える。
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高校時代。
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自分と圭介に大きな差はなかった。
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成績も。
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運動も。
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家庭環境も。
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それなのに今は違う。
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圭介は前へ進んだ。
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自分は同じ場所にいる。
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夜。
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いつもの居酒屋。
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いつもの席。
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いつものメンバー。
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ケンジが聞く。
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「どうした?」
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「今日、圭介と会った」
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ナオトが答える。
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「誰やっけ」
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タカシが首を傾げる。
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「大阪行ったやつ」
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「ああ」
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ケンジが笑う。
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「意識高い系やろ」
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全員が笑う。
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しかしナオトは違和感を覚える。
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意識高い系。
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便利な言葉だった。
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努力している人間を、
少しだけ馬鹿にできる。
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自分が動かなくて済む。
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シンジが言う。
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「結婚してるん?」
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「してる」
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「子供は?」
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「二人」
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沈黙。
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タカシがビールを飲む。
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「まぁ人それぞれやろ」
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その言葉も便利だった。
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人それぞれ。
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確かにそうだ。
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しかしその言葉の裏には、
何もしない理由が隠れていた。
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アキラが呟く。
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「俺ら何してたんやろな」
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誰も返事をしない。
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十五年。
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長い時間だった。
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その間に、
周りの人間は変わった。
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結婚した。
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転職した。
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資格を取った。
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独立した。
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家を買った。
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子供が生まれた。
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しかし河合町ソールズは違う。
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酒。
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ギャンブル。
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昔話。
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同じ居酒屋。
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まるで時間が止まっている。
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ケンジが笑う。
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「まぁ俺らには俺らの人生があるやろ」
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その言葉に全員が頷く。
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だが、
どこか弱い。
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本当にそう思っているなら、
こんな空気にはならない。
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皆、
気付いている。
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周りが前へ進んだことを。
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自分たちが立ち止まったことを。
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だが認めたくない。
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認めれば、
失った十五年が現実になる。
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だから飲む。
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だから笑う。
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だから昔話をする。
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それが河合町ソールズだった。
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そしてその夜、
タカシのスマホにまた着信が入る。
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知らない番号。
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いや、
知っている番号だった。
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消費者金融。
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タカシは無言で切る。
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誰にも見られていないと思っていた。
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しかしナオトだけは気付いていた。
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何かが始まっている。
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まだ小さい。
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まだ隠せる。
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しかしその歪みは、
確実に大きくなっている。
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そして誰も知らない。
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このグループで最初に壊れるのが、
タカシになることを。
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第14話「借金の音」へ続く。




