鏡の湖、銀の追憶
黄金の輝きが消え失せたあとに広がっていたのは、色彩さえも凍りついたかのような「白銀の平原」だった。
空も、地も、わずかに残る枯れ木の枝さえもが、色を失い、金属的な光沢を放っている。
「……静かすぎる」男が呟くと、その声さえも空気中の結晶に吸い込まれるように消えた。
「欲」の解放によって得たはずの飢餓感は、この冷徹な静寂の前では、鋭い針のような「孤独」へと姿を変えていた。
「ここは、第二の王――『色』の王の領域。
あいつは世界からあらゆる執着を奪い、その代わりに『形あるものの美しさ』さえも消し去ってしまったのさ」妖精が羽を震わせ、前方にある広大な水面を指差した。そこには、波一つ立たない、巨大な鏡のような湖が広がっていた。
湖面は空の白銀を完璧に映し出し、どこからが空で、どこからが水なのかさえ判別がつかない。
男が湖のほとりに辿り着き、その水面を覗き込んだとき――心臓が、跳ねるような音を立てた。鏡のような湖面に映っていたのは、今の自分ではなかった。
そこには、「一人の女性」が立っていた。色彩が失われたこの世界で、彼女だけが、鮮やかなほどに美しい「色」を纏っていた。
彼女がどんな声をしていたか、どんな名であったか、それはまだ思い出せない。
だが、彼女の瞳が自分を見つめるその優しさと、指先が触れたときの確かな熱量だけが、男の「空っぽの器」を内側から突き破らんばかりに揺さぶった。
「……あ……」男の手が、無意識に湖面へと伸びる。
冷たい水に指が触れた瞬間、鏡の中の彼女は、悲しげに微笑んで霧のように消えてしまった。
「おっと、深入りしちゃだめだよ。この湖は、君が一番『捨てきれなかったもの』を映し出す。……でも、それはただの残像さ。実体はすべて、湖の底で眠る王が抱え込んでいるんだから」妖精の言葉を聞きながら、男は自分の錆びた剣を見つめた。
「欲」を取り込んで銀色の輝きを宿したその刃が、湖面の光を反射して、さらに鋭く、透明に透け始めている。男は、湖の向こう岸――色彩の源泉である王が待つ場所へと、迷いなく足を踏み出した。
一歩進むたび、湖面には彼女の断片が映っては消えていく。
それは、かつて自分が世界を壊してでも守りたかった、ただ一つの「答え」に近づくための巡礼のようでもあった。




