夢の中で(2)
アキの声は、言葉は、はっきりと、くっきりと、マナカの心の中に届いていた。
そして、蹲ったまま耳元で囁いていたアキを振り仰げば、驚く事にそこに居たのは紛れも無い自分で。
「本当は気付いて居たんでしょう」
と、アキと同じ言葉をもう一度マナカに囁いてくる。
マナカは気付きたく無かった、優しい幻想に溺れていたかったと思った。
「何度も何度もあの人達に想像の中で殺されてきたじゃない」
違う、私が家族をアキを守りたかった。その我儘に皆を付き合わせたのだ。
もう一人の自分は、呆れたように問いかける。
「神を謀って無事で済むと本当に思っているの?」
そんな事は分からない。だってここまで上手くやれたじゃないか。若衆にも女衆にも気取られる事なく、神の贄を演じれたじゃないか。
「もし、神に何もかも詳らかにされたら、村人は全員殺されてしまうかもしれないのに?」
そんな事は起きない。そんな筈はない。村人が一人も居なくなったら神様だって困るもの。
「貴方に神の何が理解出来ていると言うの?若衆も女衆も年寄り組までもが、あんなに念入りに慎重に祭を行っていたのは何故?身代わりが効くならとっくに試して居た筈じゃない?」
そうかもしれない。でもそうじゃないかもしれない。嫌々、とマナカは頭を振って降り注ぐ言の葉を拒絶する。
「分かってるくせに。貴方は流される振りをして自己犠牲に酔っていただけ。積極的に不幸になって可哀想な自分を慰めて、でも本当は…」
やめて、もうお願いだからやめて…。
「家族に褒めてもらいたかったのよね。村人全員の命と引き換えにしても」
ぱん、と小気味良い音が鳴ってマナカは、はっと頭上を振り仰いだ。急速に周りの景色が、もう一人の自分が横に滑り、自分の姿が、輪郭がくっきりと浮かび上がる。
ああ、そうか、そうだったのか、とマナカは目を見張りながら唐突に理解した。
私は誰かに褒めて貰いたかっただけなんだ。
ただ、それだけだったのか。
アキを守りたいだとか、父に母に捨てられ、身代わりを押し付けられたからとか、言い訳は全て誠の己の欲望を隠す為の飾りでしかなく。
その行いの結果がどうなるのかには目をつぶって、見ない振りをして。背負うべき罪からは被害者の仮面で目を背けて、必要とされる事に縋って、抗えない振りをして、それはなんて、それはなんて……
『なんて、愚かな子供』
それはもう、存在事態が罪じゃないか。
私は、一時の寒さから身を守るべく、枯れ木に火をつけて山を燃やし尽くす愚かな子供と同じであった。
また、濡れることを厭うて、楽して魚を得る為に安易に川に毒水をばら撒き、川下の魚や獣や人ら全てを意図せず殺してしまう人殺しと同じであった。
誰かを救う為と己を騙し、人の田畑にて盗みを働き、ある時は人を謀り、ある時は人の目を盗んで、用意周到に罪を犯す罪人と同じであった。
そして、己が支えきれない事を知りながら、進んで人柱になることで自己犠牲に酔いしれ、結局は頭上を通る人々を巻き込みながら崩れていく橋のように、人々に災厄を撒き散らす自覚のない害悪であった。
ことごく、悉く私は間違えていた。はき違えていた。今、その事に気付いて、果たしていったい何になるだろう。
私がもっと賢ければ、いろんなものに目を向けて耳を傾けて、自分や家族や村の事に注意深く心を開いていれば、もしかしたらもっと違う道があったのかもしれない。もっと違うやり方で自分も周りも共に生きる道があったかもしれない。
アキの言う通り、私は鈍感で、気付いてない振りをして自分が傷つかないように守っていただけ。家族のことも村人のこともしっかり見ようとせずに表面だけ取り繕っていただけだ。
無知である事は罪だ。そして、私は紛れもなく無知で愚かな子供であった。
その事に、今漸く気が付いた。
誰かの拍手が無慈悲に響いてこだましていた。




