夢の中で(1)
闇の中に小さな火が灯る。竃にくべた火か、火鉢の中の炭火か、篝火か、いずれにしても酷く懐かしくて、暖かい火だった。
ざわざわと沢山の人々がさざめく音がする。目の前には父と母が並んで歩く背中があって、傍には妹のアキが一張羅に輝石に穴を穿った首飾りをかけて歩いている。その横顔が炎の灯りに照らされているのを見て、ああ、これは春の祭りの櫓を燃やす火だ、とそう思い当たった。
少し離れた場所に一段高く宴席を設けているのは、村年寄りと若衆、女衆の長達で、その下に成人した者達が好きに呑んだり食べたりできるように茣蓙が敷いてあり、入れ替わり立ち代り踊ったり、冗談を言い合って笑い合ったり、呑み食いをしたりと、酷く陽気で忙しそうにしていた。
まだ、成人していないマナカはあの輪には入れない。去年まで一緒に祭を楽しんでいたリシンは、今年はあの茣蓙に座って、年配の若衆にからかわれながら仲間たちと初めての酒に目を白黒させているのだろう。幼馴染で唯一の友達が先に成人してしまう事に焦りや寂しさを感じないといえば嘘になる。だが、来年の春の祭りでは共に歌垣に出たり、踊ったりできるのだと分かっているので、少しの間我慢することも然程嫌では無かった。
マナカのすぐ横で、櫓の炎がぱちん、と鳴って火の粉を散らす。櫓の炎は豪快に燃え上がり、祭に華を添えていた。ところが、火の勢いがいよいよ強まると、人々が波打つように一斉にその輪を広げる。マナカも爆ぜて飛び出した火の粉を浴びぬよう、他の人に倣って横に避ければ、その二の腕を捕まえてぐいと引き留める手があった。マナカが驚いて見れば、それは前を歩いていた筈の父親で、目を丸くしているマナカににこり、と笑いかけてくる。
「駄目じゃないか、マナカ。火の粉を避けちゃあ」
咄嗟に何を言われているか分からず、え?と問い返せば、掴まれた二の腕がぎしり、と痛み、思わず、痛い、と声を漏らしていた。
「父さん、痛いよ、離してよ」
「マナカが避けたら、アキに火の粉がかかってしまうじゃないか」
「なに…?なんでそんな事…」
「だから、アキに火の粉がかからないようにその為にお前が居るんじゃないか」
「アキに、火の粉がかからないように…?」
父親は言葉とは裏腹に、変わらずにこにこと笑顔を貼り付けていた。
マナカは困惑して、母に助けを求める。すると、母親も父と同じ笑顔でにこにことマナカを見ていた。
「母さんお願い、父さんがおかしいの」
「何言ってるのマナカ。お父さんは何もおかしい事言ってないでしょう?」
「だって火の粉を避けなかったら火傷しちゃうじゃない」
「いいのよマナカは、火傷したっていいの」
「そんな、酷いよ!なんでそんな悲しいこと言うの?」
「だって……、私達の子供はアキだけなんだからアキが無事ならそれで良いのよ」
母親は困ったように笑みを浮かべながら、そう言った。
「おねえちゃん」
アキの声が背後から聞こえる。アキの声はこんなだったかしら、とマナカは思った。いつの間にか、祭の喧騒も櫓を覆った炎も、周りにあれだけいた人も居なくなっていた。マナカが恐る恐る振り返れば、やはり満面の笑みを浮かべたアキがいた。その口からどんな言葉が飛び出すのか、マナカは言葉を聞く前から半ば怯えていた。
「おねえちゃん、おねえちゃんは貰われっ子なの。オチの村の子供じゃないの。おねえちゃん以外の人は皆知ってることよ。勿論私もね。いつもいつも喧嘩する度に思っていたわ。おねえちゃんなんか余所者のくせにって。大きい顔して勘違いしてて馬鹿みたいって。陰で皆で笑っていたの。図々しくて嫌になっちゃう」
マナカは耳を抑えて悲鳴をあげた。
14年間守ってきた心の檻が粉々に砕け散り、言葉が心を引き裂いていく。
聞きたくない、聞きたくないと思って耳を塞げど、三人は容赦なくマナカの傷をさらに抉って広げた。
「マナカを育ててきたのはアキの身代わりにする為だよ」
嘘だ。
「本当はマナカなんて引き取りたく無かったのに年寄り組に無理矢理押し付けられたの」
嘘だ。
「おねえちゃん、なんて本当は呼ぶのも嫌。でもお父さんとお母さんにそうしなさい、って言われてたから仕方なく呼んでたの」
嘘だ。
「最後にせめて役にたってくれて良かったよ。そうでなければこれまでご飯を食べさせたり、世話をしたりした甲斐がないじゃないか」
嘘だ。
「いつも煩わしかったわ。あの灰色の目でお母さん、なんて呼ばれて。お陰で周りからも嫌煙されて。私達は悪くないのに」
嘘だ。
「おねえちゃんにすっかり話したらどんなにすっきりするかと思ってたの。だって周りからあんなに避けられているのに、あんまり気がつかないから。あんまりにも鈍感で。私の方が恥ずかしくなっちゃった」
どれもこれもみんな嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だから、
「もう、やめて!!」
ありったけの想いをぶつけるように叫んだ。
一瞬の静寂、その後にアキの声が耳元で囁く。
「……本当は、自分でもわかっているんでしょう?」
と。




