生と死の狭間で
暗闇の中で、ぽっかりと浮かぶ月を見ていた。
常なら一つきりの月が、どういう訳か二つ並んでいるので、ああ、今夢を見ているのだなと、それらを眺めながらぼんやりと思った。
ふと、気付けば酷く頭が痛い。自覚してしまったせいでその痛みは、顳顬が脈打つ毎に増して、次第に割れるような痛みへと変わっていった。
同時に胃の腑から何かがせり上がってきて、胸がむかついて仕方がない。暫くは唾を飲み込み飲み込みやり過ごす。が、遂に我慢が出来なくなって顔を背けてそれらを吐き出せば、胃の腑を満たす酸の嫌な味が口いっぱいに広がって、ゴホゴホと咳き込んだ。その拍子に頭を動かしたせいで、頭痛はより突き刺すような痛みに変わり、もうほんの僅かにも身じろぐことが出来なかった。
おかしな事はまだある。凍えるように寒いのに、何故か手足だけが火が着いたように熱い。身体を氷漬けにされたまま手足を焼かれているような状況に、なんて酷い夢だろう、とマナカは思った。
永遠にも感じた時間、マナカはひたすら痛みに耐えていた。気が狂ってしまいそうで、でも痛みの外側にまだ冷静な己がいて、これは死後の罪人に課せられた罰ではなかろうか、などと考えていた。死ねば楽になる、祖霊が迎えに来る、とオババは言っていたのになんて事だろう。実際は生きるより過酷な責め苦が待っていたではないか。きっとオババは死んだことがないから、知らなかったんだ。今なら私が代わりに教えてあげるのに。
不意に冷やりとしたものが額に載せられる。
その思いがけない気持ちの良さに嘆息して目を瞑れば、眦から涙が溢れる。この責め苦の中にあって其処だけがなんと心地よい場所か。マナカは本能的に額に意識を向けて、それ以外の痛みや苦しみを排除し心の均衡を保とうとした。すると、顳顬の辺りにとどまっていた涙を生温かい何かがぬるり、と舐めていくのを感じて、反射的に身動ぐ。次の瞬間、するっと額を覆っていた気持ちの良いそれが離れたのを感じて、咄嗟に火が着いた腕を上げて闇を弄った。
腕から想像以上の激痛が走り、また眦から涙が溢れる。自分の内側から食い破るようにどくどくと脈打ち、外側から何千という針で刺されたような痛みだった。
マナカの眦から流れ出る涙を、まるで一つも逃すまいと生温かい何かが執拗に押し当てられた。先程まで額にあった冷やりとしたそれは、今はマナカの両頬にあってやはり心地が良い。痛む手を恐々とそれに重ねれば火を噴いた手を雪に押し当てたがごとく感じられて、マナカは必死になってそれに縋った。
ふと、気がつけばぴちゃり、ぬるりと何かがマナカの腕を這っていた。不思議に思って我が身を確かめて見れば、闇の中で何か大きな物が真中の上に覆いかぶさっている。それが、身動きの取れないマナカの上を這いずり忙しなく動いていた。
鈍痛に働かない頭で、これは何だろう、とぼんやりと考えていれば、今度は足先から丁寧に執拗にぬるり、ぴちゃりと何かを押し当てられる。
誰かが私を舐めている、うまく働かない頭でそう認識すれば、足先から登ってきたそれが、腿の際どいところまでやってきていると分かって、マナカは無意識のうちに膝を合わせて嫌、嫌と呟いた。その声に反応したのかマナカの表面を這いずる何かはぴたりと動くのをやめたので、マナカは微かに嘆息する。
だが、儚い意思表示など何の意味も為さないかの如く、間をおかず、ほんの少しの力加減だけであっさりと膝を割られると、あっ、とい言う間も無くそれは、マナカの大事なホトまでもぬるり、ぴちゃりと舐めとっていった。
自身の一番恥ずかしい場所を暴かれて、マナカはもう何もかもどうでもいい、と思って脱力してしまった。
頭は相変わらず、ずんずんと鈍い痛みを訴え、手足は未だに針に刺されたように痛いし酷い火傷の時のように熱い。
ただ、ほんの少し寒さが和らいだ気もするが、それが、マナカの上を這いずり廻る何かのお陰であるなら、もうそれでいいではないか、と思う。
結局全身を、文字通り頭の先から足の先に至る隅々までを舐めとり、漸く満足したのだろう。大きなそれはマナカの上を這いずり廻るのをやめ、代わりにマナカを抱え込んで足や手を絡ませた。
くっついた肌の分だけ暖かくて、急速に意識が混濁する。暖かい何かに包まりながら、マナカは今度こそ深い眠りに落ちていった。




