祭の行方
目が醒めるとマナカはまだ行李の中にいた。
寝ていた事は分かるが、それがいつからか、と言われれば判然としない。たしかカガメ様の身代改めが終わって後にまた、別の館の、人が一人寝転べるかどうかという狭い室に連れられ、そこで春祭りのお供えもかくやというご馳走の前に一人座らされたのだった。
直会の持てなしであったのだろう。
正直、食事を受け付けるような心境ではなかったが、カガメ様にああ言った手前、全く手をつけぬわけにもいかない。如何にも沢山食べた様に見せかけるため、袂の中にひょいひょいと栗やらあけびやら笹で包まれた草団子と言った、汚れず嵩張らない物を適当に放り込み、粥や蜂蜜入りの白湯などを少しだけ口にした。
そこから、記憶がない。
粥か、或いは供された全てに眠り薬が仕込んであったのだろう。いくらなんでも行李の中に戻され担がれてなお寝入って起きなかったというのは考えにくい。また、その旨をマナカに教える者は誰一人としていなかった。
何処までも慎重で念入りなやり方に、マナカは感心する。逆に此処まで慎重にならざるを得ない何かが過去にあったのだろうな、と想像するに易しい。総じてこの祭りを滞りなく遂行するべく細かい部位まで目を凝らし、神経を巡らす年寄り組、若衆、女衆の執念を感じずには居られなかった。
尻の方から冷えが登ってきて、思わず身体をぶるぶると震わせる。そもそも目が覚めたのは、この刺すような寒さのせいであった。行李は今はピタリと動かず、辺りはしんと静まり返っている。外が暗闇なのか、布が掛けられて目隠しがされているのか。行李の中は真の暗闇で、真実、今自分がどの様な状況に置かれているのか窺い知ることは難しい。今が昼なのか夜なのか、此処が何処であるのか、祭はどうなったのか、自分は次にどのように振る舞うべきか、マナカに指示を与えてくれる大人はここには居ない。
マナカは目覚めてから、暫くはじっと身を固めて周りの音に耳を澄ませていた。半刻ほどそうしていただろうか。いくら待っても空恐ろしいほどの静寂が辺りを支配し、マナカは自分の内から聞こえる心の臓の音や浅くなっている息遣いばかりを聞いていた。誰が入れてくれたのか懐には温石が布に包まれて入っていて、まだ僅かばかり暖かい。その熱のお陰で自分はまだ、生きているのだと実感することが出来ていた。
思い切って外を覗いてみよう、そう決意してマナカはそうっと立ち上がる。ところが、手で行李の蓋を押し上げれば、長いこと蹲って固まっていた身体は言うことをきかず、マナカがあっ、と思った時には行李ごと前倒しに倒れていた。
転がった拍子に行李の蓋が開き、マナカの上半身は地面に投げ出される。思わず瞑った目は、次の瞬間に頰に感じた冷たさに驚いて、慌ててぱちりと開けられる。
雪だ。目に飛び込んできたのは綿のようにふかふかとした新雪の白。その結晶の一つ一つまで見える。マナカは反射的に冷たさから逃れようと上半身を起こした。途端に眼前に広がる雪景色に瞬間、我を忘れてぽかん、とする。
目の前には巨石で組んだ石舞台、それらを照らすのは煌々と輝く半月。風もなく、音もなく刻が止まったかのような世界。この明るい夜の中でマナカ以外の全てが完璧に調和され、作用し合いながらそこに在った。
次第にマナカは震えた。何も寒さだけのせいではない。最初の感動が形を潜めると、その冷え冷えとした美しさにこの世ではない何かを見てしまったような気がした。先程までは自分は確かにまだ生きていると思っていた。それが間違いであったかのように今は感じている。
(私はとっくに死んでしまったのかな)
そうに違いない、いや、そんな筈はない。不確かな思いを振り払い、自分を取り戻そうと、目をそらすように自分の傍らに目をやって、今度こそ息が止まる。
そこに人ではない何かがいた。




