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身代改め

  

  

  

  

  

  

 マナカはごくん、と一度唾を嚥下してから恐る恐る問答に応じた。


 「トウマとアナイの娘、アキに御座います」

 「他に家族はあるか」

 「祖父母様は既に隠れております。他には私の上に姉のマナカが一人のみ」

 「トウマとアナイより今宵の事は何と?」

 「狒々神様に嫁入りが決まったので、万事年寄り組、若衆、女衆と狒々神様にお任せする様に申し付けられました。それと、その…マツリメに選ばれた子供は特別に沢山のご馳走が食べられると聞きました。ふ、不束な子供でありますが、どうぞよしなにお運びくださいます様」


 そう言って、マナカはがばりと頭をさげた。頭巾に隠れてはいるが、悟られぬ様になるべく顔を晒さぬ様にと始終俯いて火鉢の炭ばかり見ていたのでやや目が痛む。声が震えなかった自分を褒めてやりたい気持ちだった。マナカは敢えてご馳走の事を話した。思いがけない馳走に吊られた憐れで愚かな子供に見えるように。


 「ふむ、年の頃は十三、四であったか、なるほどのぅ、まあ問答はもう良い。それでは身体を改めさせてもらうぞ」

 その言葉に頭を垂れたまま、思わず身体を強張らせて目を見開いた。


 自分達は何を勘違いしていたんだろう。確かめない筈がないじゃないか!当たり前だ。神への贄に間違いがあれば村人達全員が危うくなると言うのに。

 そこまで考えてから、マナカは雷が落ちた様な衝撃を受け、途端に閃いた。そうか、この為の衝立だったのだ!問答だけなら衝立なぞ必要ない。家で支度した所で、そんなものに意味はない。今ここで全て詳(つまび)らかにされるのだから。


 「さあ、何をしておる。面をあげて頭巾諸共全て一度脱がねばならん。狒神(ひしん)様に差し出す嫁に不備があっては村の名折れ。さあ早う」

 カガメ様にせっつかれ、先程から止まらぬ身体の震えをなんとか抑えながらマナカは頭巾を取り、赤い衣を脱いだ。座ったまま沢山着込んだ生成りの綿入れを一枚一枚脱いでいけば、上半身はすっかり裸になった。火鉢二つの暖では到底足りず、全身に泡肌がたつ。


 「下も全てじゃ。立ち上がってくるりとまわれ」

 マナカは言われた通りに衣を円座に置き去りにする形で立ち上がると、今度は全身がむき出しになる。その隙に先ほどの丸顔の女衆が衝立から現れマナカが着ていた衣を悉く持っていった。代わりに寄越されたのは厚い綿入りの大襦袢で、マナカは震えながらそれを羽織って再びうずくまった。


 「選別から此方まで家族はどうであったと?」

 カガメ様は今度はマナカではなく、丸顔の女衆に問いかける。

 「はい。若衆によれば、父親は大方は家内に引きこもって若衆の集いや土仕事も殆ど出来ていなかったと。家を訪う友も一人としておらんじゃったと言うております。また、両親とも一日と家を空けておらんそうで。ですから他村から子供を拐かしてかることは無理じゃと」

 「まあ、拐かしてきたにしては受け答えもしっかりしておる。一月、二月で此処まで仕込むことは出来なんだ、心配はしておらぬよ。問題はもう一人の娘じゃな」

 「はい。なんでもヌタの村の種子だとか」

 カガメ様はふん、と鼻を鳴らし愉快そうに笑って続けた。

 「なんじゃそれは、話が早い」

 言うが早いかカガメ様はさっとマナカの傍らに膝立ちし、震えるマナカの顎を持ち上げる。

 マナカは必死で目を瞑ってしまいたい衝動に

抗った。此処で目を逸らしては駄目だ。後ろ暗いことが無ければ目を逸らす道理はない。正面からじっと目を見つめられ、震える背中に冷たい汗が流れた。


 「ふん、なるほどの。今年の身代改めは易しかったな」

 たっぷりと眺めてからカガメ様は興味を無くしたように顎から手を離してくるりと踵を返した。


 終わった、とマナカは思った。この数十日、父や母がいくら知恵を絞っても村の長達を騙し通す事なぞ出来はしなかったのだ。篝火でよく見えぬであろう、頭巾を深く被ればわからぬだろうなどとたわ言を!ああでもないこうでもないと考えていた事なぞなんの意味もなさなかった。誤魔化せるわけが無かったのにマナカも何故こんな無謀なことが上手くいくと思っていたのだろう。自分達の浅はかさに震える程の嫌気がさす。実際に寒さで身体を震わせながら、マナカはぎゅうぎゅうと何かに耐えるように歯も目も食いしばった。時が戻せるならばと、その時思いもかけない言葉が降ってくる。


 「黒々とした良い目じゃ。アキは真にオチの子よ」

 反射的にはっと顔をあげてカガメ様を見れば、半身振り返り口の片端を釣り上げて意地悪く笑っている。

 マナカは何故、と思うが、次の瞬間には出がけに父親が目に差してきた汁の事を思い出していた。

(まさか、目の色が変わった?でもそんな方法が本当にあるの?でも、カガメ様は黒々とした目だって……)マナカは頭の中で自問するが、それに答える声はない。とにかく今は身代改めが無事に終わりそうだという事に気が抜けて脱力してしまいそうだった。


 「衣の方も何処にも問題ないようです」

 丸顔の女衆が改めた衣をせっせと畳みながらカガメ様に話しかける。何かを探す様に袖や襟ぐりを確かめていたようで、服はばらばらに散らばっていた。その後、カガメ様の指示で再び着てきた下着を着せられ、最後に赤い着物を羽織って頭巾を被った。とにもかくにも、カガメ様の目を誤魔化す事は出来た。だからと言って油断して事が露見するような危険は冒せない。これまでと同じように伏せめがちに俯いてカガメ様の次の言葉を待つことにした。


 「衣を剥ぎ取り心細い思いをさせたな。それもこれもオチの為にした事、許せよ。だが、アキよ。お前はなかなかに肝の座った女子じゃ。気に入ったぞ。かような縁で無ければ女衆に貰いたいものだったが…」


 残念じゃ、と小さい声で続けて、カガメ様は少しの間、遠い目をしてから室を後にした。残されたマナカは、丸顔の女衆に連れられて再び行李の中に入る。今度は小上がりから直接行李に入ったので一人で入る事が出来た。蓋をされてから程なくして行李が揺れる。再び外に出たのだろう。漏れ入る灯りが消え、冷えた空気に吐く息が白くなった。また、先ほどの若衆に背負われたのだろうか、とマナカはぼんやりと考えていた。


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