祭前夜(2)
クギモチに担がれて、夜の村を進む。行李の中からは外の様子は伺い知れず、どの辺りを歩いているのか、マナカには見当もつかない。思っていたよりも揺れも少なく、綿入れを着込んでいる事もあって寒さも然程は感じず、思いがけない快適さであった。
どの位の時間であったか、マナカが我慢出来ずうとうとと舟を漕ぎ始めた頃に男が立ち止まった。
先程も聞いたヒシンサイの御使いである、との口上を述べると、戸のむこう側より間をおかず「お役目ご苦労様です」と落ち着いた女性の声が聞こえ、更に閂を外して戸を開ける音が聞こえた。
マナカの入った行李はまた、土間に降ろされた。マナカを背負っていた若衆の男が蓋を開け、マナカは外に出る様に促される。行李から自力で出る事は叶わず、入る時と同様に脇の下から持ち上げられ、土間の上に降ろされた。
マナカは、初めての場所に思わず周囲をちらちらと見回す。室内は所々篝火が焚かれ、夜にしては酷く眩しい。室はマナカの家よりは余程太い、何本もの柱に支えられて、見た事が無いくらい天井が高かった。柱や梁には所々彫り物が施されており、その表面も様々な色で装飾されて見た目に美しい。目の前に座るこの女衆の住居かと思ったが、小上がりの上は伽藍とした四角い板の間があるだけで、小上がりにも土間にも水瓶や竃やその他の暮らしを彷彿とさせる物が何も無かった。
目の前の女衆は所々白髪の混じった黒髪をゆったりと後ろに結い、白い着物を着て着座していた。凛とした佇まいにマナカも知らず背筋が伸びる。マナカでも知っている女衆の長、カガメ様だった。
「若衆殿、お役目ご苦労様でございます。身代改めが終わるまであちらで一時お休みください」
カガメ様は一度低頭してから、再び面をあげ若衆の男に声を掛けると、何処に控えていたのか年若の女衆が二人現れ、一人が若衆を連れて室の奥へ消えていった。
残った女衆はマナカの傍に寄ると、そっと手を差し出した。マナカは少しふっくらとした丸顔のその女衆とカガメ様を交互に見やって後、恐る恐る女の手に自分のそれを重ねる。小上がりに登るように案内され、階を慎重に登ってからカガメ様の傍らに進んだ。丸顔の女衆が音もなくカガメ様の背後に控えて頭を垂れれば、カガメ様はさっと立ち上がりマナカの手を握って室の真ん中に用意された衝立の中にさっさと入っていく。
これから何が起こるのかと、マナカは内心恐々としていた。ここで露見すれば全てが水の泡になってしまう。どんな些細な事も見落とさず対応しなくては、とマナカは歯を食いしばってぐっと手に力を込めた。
それを緊張ととったのか、カガメ様は「安心するがよい。無体な事はせん」と落ち着いた低い声をマナカに向けた。
衝立の向こう側には火鉢が二つ置かれその前には円座がそれぞれ置いてあるが、それの意味するところを想像する事はマナカには出来なかった。
「ではまずは名告りを」
カガメ様の対に座らされてから有無を言わさぬ問答が始まった。この問答でマナカに疑い有りとなれば両親とアキは立ち所に引き立てられ罪を暴かれることになるだろう。
マナカは一度ごくんと唾を飲み込んでから自身に落ち着け、落ち着けと言い聞かせた。




