26「思い違い」
26「思い違い」
噂を信じ、思い違いをする事の怖さを思い知った
「悠流の葬儀」の中で、人間の嫌な部分を目の当りにし
既に死んでいた史樹が、願ったかもしれない願いに気が付く
『僕の最初の願いとは違うけど・・・
悠流が、グリースとして僕の傍にいる事で叶う願いもあるんです』
史樹の願いが、悠流が一緒に死ぬ事で無い事だけが救いだった。
そう、あのゲーム内のダンジョンをクリアした事で
「願いが叶った」とは考えにくい・・・
きっと、モルスが史樹の願いを叶えたのだろう
「史樹にとって、想定外の形で」
そう思う事で幾分、3人の心は救われた。
約束の場所へ行く前、モルスと再会する前
晴季さんは言った
『モルスは、人が死ぬ方向で願いを叶える「死神」
なのかもしれないわね』
明人と透矢は、その言葉に同意した。
再会したモルスは、晴季さんだけに語りかける
『「春木夏美」さん・・・
この国では、身寄りのない子供を育てる施設より
刑務所の囚人の方が、手厚く養われているのでしょう?
親に捨てられ、施設で育った貴女は・・・
この世に対して、誰よりも絶望している筈だ!』
明人と透矢の存在は、完全に無視している様だ
『貴女は嘗て、未成年で妊娠して・・・
本当に頼れる人もいなくて心細かったんじゃないですか?
子供の父親、夫となる筈だった者を直前で寝盗られ
その結果、病に侵されたその男との未来に絶望し
寝盗られた経緯、男達が掲げる「飲みにケーション」と言う
この国の風習すらも、貴女は恨んだのではないですか?』
傷口に塩を磨り込む様な、モルスの言葉に・・・
明人と透矢は、居た堪れなさを感じ
晴季さんは・・・
沈黙を守り、モルスの言葉に耳を傾けている様だった
『そして、子供を堕ろす事を考えた時
罵られましたよねぇ?「慈善団体の女」に・・・
何の保証もなく無責任に「産む事を説得」され
「植え付けられた罪悪感」と「未来に対する恐怖感」で
精神的に追い詰められて貴女は・・・
病院に行く事すらできなくなったのでしょう?
あの時は、苦しかったでしょ?
あの時の現状や現実が、恐ろしかったでしょう?』
モルスは、敬う様に微笑んだ
『今だって、この国が作った「派遣社員」という制度に
追い詰められ、未来の生活に不安を抱えいますよね?
生きているのが、辛くはありませんか?
生きるのは、怖くありませんか?
こんな世界、捨ててしまいたくなるでしょ?』
モルスは手を差し出す、晴季さんに手を差し伸べているのだろう
『夏美さん、私と一緒に行きましょう・・・
連れて逝ってあげますよ、苦しみも悲しみもない場所へ』
晴季さんは、最初何も言わなかった、そして・・・
急に噴き出す様に笑い出す
『同情して貰って悪いけど・・・一緒になんて行かないわよ』
驚いたモルスに、晴季さんは言葉を続ける
『私の育った施設は確かに・・・
子育てできない親の子供や、親に捨てられた子供の「掃き溜め」
だったけどね・・・あそこに辿り着いた時
私は「親に捨てて貰って幸せ」と、本気で思ったの
親と一緒にいた方が「地獄」だったのよ』
信じられないモノを見るかのように、モルスは後ずさる
『妊娠した時なんて、アナタは理解できないかもしれないけど
私は、人生で一番「幸せ」だったわ・・・
夫となる筈の男を捨ててしまえるくらいに
私は「子供の存在を愛し」「人生を懸ける」つもりでいたのよ』
『嘘だ!』・・・と、モルスが叫ぶ
『私が嘘ついて何の得があるの?』と、晴季さん
『では、あの時、何故・・・
「慈善団体の女」に「堕胎」を仄めかしたのですか?』
モルスの質問に晴季さんは、躊躇なく答えた
『宗教の勧誘がウザかったからに決まってるじゃない
噂を信じて「私はアナタの救いの神」的に寄って来る
宗教勧誘のおばさんって、虫唾が走る程に嫌いなのよね
あ・・・病院に行かなかったのは、普通に貧乏だったからよ』
モルスにとって、想定外な晴季さんの反応に
モルスは動揺している様子だった
密かに一番驚いて動揺したのは・・・
画面の前の傍観者、話に付いていけない明人と透矢かもしれない
晴季さんは留めを刺すかの如く言葉を続ける
『因みに今日・・・住む場所とアルバイトだけど仕事も決まったよ
いぃ~所なの、ネット使いたい放題の格安物件で
仕事は「TL・BL」読み放題の出版社の事務
悪いんだけど私、物凄く今・・・順風満帆で幸せなのよね』
『では、「堕胎した」と、慈善団体の女に罵られた日々は
辛くなかったのですか?辛かったでしょ?』
食い下がるモルスを晴季さんは軽く笑い飛ばした
『今のアナタくらいに困らされたのは確かだわ・・・』
生まれた沈黙がちょっと悲しかった。
『まぁでも、堕胎したと勘違いした慈善団体の女に
背中押されて転んで、流産しかけた時と・・・
託児所で私の子供が死んだ時は、辛かったわ』
衝撃告白に・・・画面の前の2人はビックリしたが
過去、晴季さんが零したあの時の言動に納得する事ができた
モルスは声が出せなくなる程、驚いていた。
『モルスさん、残念ね・・・ちょっと誘いに来るの遅すぎよ
悪いんだけど私、自分の子供の分まで生きる事に決めてるの
邪魔しないでね』
鈴の鳴る様な晴季さんの笑い声が聞こえて来る
『その代わり・・・もう、死んでしまってる
「史樹と晴季」の事には、口出ししないであげる』
モルスは営業スマイルを思い出し
残念ではなさそうに『残念です』と口にした。
『貴女の様な高貴で美しい魂と深い仲になれなかった事は
とても悲しい思い出として私の中に一生残る事でしょう
そして、今回の貴女との出会いは「一生の宝物」です。』
画面の中で笑うモルスからは・・・
もう先程までの様に、表情で感情を読み取る事はできない
『でも、私は貴女を諦めません・・・
貴女が、生きるのを止めたくなった時は何時でも
もしくは、何時か最期の時に・・・必ず私を思い出して下さい
どんな場所にでも、私が御迎えに参りますから』
傍観者を決め込んでいた明人と透矢は
冗談で「死にたい」と言っても御迎えが来そうで怖いな
と、思った。
夫が死んだ時、宗教勧誘で・・・
今まで生きてきた中、「最大級の黒い感情」を覚えた事がある
「神を信じない」と「罰があたる」らしいのだが・・・
「信じない奴」に、時間を割いて「罰を与える」くらいなら
『信者をもっと救済してやれよ』と、思うのは・・・
私だけなのだろうか?




