推しは愚かわいい
しばらくして、ようやく推しのフリーズが解けた。
私が言ったことをどうも何度も反芻して、ようやくその意味と、推し自身がとんでもない勘違いをしていたことを理解したらしかった。
「な、なら、お前は僕のことを……」
「好きっちゃ好きだけど、付き合いたいとか結婚したいとかそういうのは一切ないよ。重ね重ね言うけど」
推し、何故かショックを受けたような顔で愕然と私を見る。
推しの表情差分が増えるのは大変よろしいけど、今回のは流石に罪悪感が。
「僕が、どれだけあの後思い悩んだと思って……!!」
「いやマジでごめんほんとごめん。本気で謝る申し訳ない。……そうだったなアンタ様はクソ真面目だから、女の私からあんなこと言われりゃそりゃ深々と考え込むに違いない。私みたいなちゃらんぽらんの言うことなんざ、話半分に聞けっていつも言ってるのにな」
思いの外死にかけた時の私のやらかし具合が酷いと溜息を吐く、何故あの時咄嗟に推しという言葉が出てこなかったのか。
「まあ、そういうわけなんであの時私が言ったことはただの戯言ってことで。……それにしてもアンタ様本当にクソ真面目というかなんというか。普通にこう言ってもらって構わないしそっちのがわかりやすかったよ、なんだよお前らしくもない、私なんかに気ぃ使いやがって。普通にさ『誰がお前なんかと、死んでもごめんだ』でいいんだよ」
私が命の恩人みたいな感じになっちゃったのでその恩に報いなければとでも思ったのだろう、この推しは。
あるいは、腹の傷のことを自分の力不足のせいだと悔いて責任を取らねばとでも思ったか。
本当にバカ、馬鹿というか愚かわいい。
そこまで自分を犠牲にすんなや、もっと自分本位に生きやがれ。
こんなのを大事に扱う必要なんざないのだ、というか思う存分ぞんざいに扱って欲しい。
ゴミを見るような目で見てもらって構わない、そういう表情差分も割と好きだ。
なんて思って推しの顔を見上げる、推しはわなわなと震え始めた。
「ふざ、ふざけるな……!! 戯言だと、あんな、あんな死にかけの状態で言われた言葉を戯言だと思うわけがないだろう!!」
「うんうんそうね、だからめっちゃごめんて思ってる。多分ね、私、アンタ様どころか私が自分で思っているよりもずっとずっとちゃらんぽらんのクソ女なんだと思う」
何度謝ればいいんだろうかと思いつつ、もう一回謝った。
推しは怒りで顔を真っ赤にさせた、推しの表情差分が増えた喜びと同じくらいの罪悪感。
「ごめんってば、ほんとごめん。もう二度とあんな戯言言わないから許してくれ」
「……もういい、それはもういい、よくわかった。お前が僕のことをなんとも思っていないことは、はっきりわかった」
青みのある紫がこちらを見据える、それを見てこれはしばらく許してくれないな、なんなら死ぬまでネチネチ言われる奴だな、とゲンナリした。
何故あの時の私は推しというシンプルな言葉を口にすることができなかったのだろうか。
それには深く反省するしかないが、推しの言葉に一部誤りがあったので、そこは訂正しておくことにした。
「なんとも思ってないってほどじゃないよ。恋愛的に好きじゃないってだけで。普通に強くてかっこいいと思ってるし」
「もういい一度黙れ、逆にこちらが惨めだ」
黙れと言われたのでお口にジッパー、それにしても惨めってどういう意味だろうか。
戯言をそうとは思わず散々悩まされたことを惨めと言っているのであれば、それはそうかもしれないとは思うが。
「お前にその気が一切ないのはよくわかった。その上で、その上で、だ」
なんだろうか、一体どんな説教言葉がこの推しの口から発せられるのだろうかと軽く身構える。
「その上で、お前が僕に一切そういう感情を一切抱いていないことは承知の上で言うぞ」
だから何、大嫌いとか気色が悪いとかそういう類の言葉が出てくるんだろうか。
気色悪いはそれはそうとしか言いようはないので一つも反論できない。
大嫌いと言われると多少傷付くが、けれどもそう言われて当然みたいな言動をこちらがしっぱなしなので仕方がない。
さて、どんな罵詈雑言が飛び出すんだと待ち構えている私に、推しが覚悟を決めたような顔をして口を開く。
「僕は、お前のことを愛している」
何やら変な言葉が飛び出してきやがった。




