推しの大いなる誤解
推しを庇って腹に大穴開けた一週間後、ウチの優秀な治癒魔法使いの適切な処置により無事目が覚めた私は、推しに『余計なことしやがって』と顔面ぶん殴られそうになった。
「お前が、お前なんかに庇われなくてもどうとでもなった!! 何故あんなことをした!!」
「そりゃ天使憑きのアンタ様が潰れるくらいなら私が潰れた方がマシだったからに決まっている。私一人ではあの悪魔は倒せなかった」
冷静沈着にそう答えると、推しは「うぐぐ」と呻き声をあげた。
この推しは本当にそういう顔がよく似合う、同じ顔の片割れの方だとこうはならないのに。
なんて、推しの苦難に満ちた顔を摂取して健康にいいなと呑気に思う私なのだった。
その後も推しはごちゃごちゃと無駄話を続けていたが、全部今更口にしても仕方のない話と説教だったので割愛。
推しの見た目はかなり好きだが、説教は嫌いだ。
そのお綺麗な青みが強い紫色の目とか大好き、おんなじ色の宝石が見つかったら多分全財産使ってでも手に入れようとするんだろうな、というくらいには。
片割れの方も綺麗だけどね、緑で青で、けど私はこっちのが好みだ。
なんていつもと同じことを考えつつ無駄話を聞き流す、どうせ私の悪癖なんて誰がどれだけ言おうと直らないので、まともに聞くのは無駄だ。
どうせ世界がまるっと変わったところでこの捻じ曲がった性根は変わらないから、アンタ様がどれだけ言葉を重ねても無駄だ、なんて話は昔から何度も言っているのにこの推しときたら私がなにかやらかせばその度に説教をおっ始めやがる。
私の性根が変わらないように、推しの説教したがりも直らないものなのかもしれない。
説教と共にある程度の感情をぶつけたら怒りがおさまってきたようで、推しの口調はだんだん弱まっていった。
「どうせどれだけ言っても無駄だろうが、とにかく今後、二度とあのような真似はするな」
「はーい」
元気にお返事してやったのに推しの顔は苦々しいままだった、どうしてかしらん。
「……とにかく、そういうわけだ。それで、今後の話だが、僕はそういう手の話は不得手だ、具体的に何をすればいいのかわからない」
「は? なんの話?」
説教から突如謎の話にシフトしたので首を傾げた、私はよく理解力が足りていないと言われるが、今回は流石にどれだけ理解力があっても意味がわからなかっただろう。
なんの話だ、不得手って何? この推しはさっきまで説教しかしていなかったはずだ。
これがたとえば今さっきまで『チケットあるからアミューズメントパーク行こうぜ、どうせならコスプレも』みたいな話をしていたのなら、推しのそのセリフにも納得しかない。
けれども、特にそういう話はしていなかったはずだ。
そういうわけでどういうこっちゃと推しの顔を見上げる。
推しはすごく嫌そうな顔をした、そして何故かその顔がやや赤く見えた気がした。
怒らせすぎたかもしれん、推しの表情差分なんていくらあっても足りないくらいなのでその顔も素晴らしいと思うが。
「だから、その」
推しはそこで口ごもった、顔がさらに赤くなる。
なんだこれ。
「いやだから何? 不得手だかどうだか言われたけど、そんな話してたっけ?」
推しは私の顔を見てまごまごとした、そしてモゴモゴと小声で何かを言ったけど、聞き取れない。
「はいー? だから何? 言いたいことがあんならもっとでかい声で言えよ」
それにしてもらしくないなと思った、この推しは大体、自分の言いたいことはなんでもはっきり口にする、それがこの推しの欠点であり長所でもあるのだ。
空気とか読まずに自分が言いたいことを言いたい放題なわがままボーイなのだ、この推しは。
だというのにどういうことだ、このはっきりとしない態度は。
「だから…………お前が」
そこでまた推しが口ごもる、私が一体なんだというのか。
説教されるようなことは散々やらかしてきたが、口ごもらせるような所業をした覚えはない。
相手が推しじゃなかったらとっくに『話す気ないなら帰れ』コールをしていたところだが、相手が推しなので許してやる。
推し成分なんざなんぼ摂取してもいいのだし。
それに今日は絶対安静を命じられているので、暇を持て余しているのだ。
なのでその暇な時間で推しを摂取できるのならそれでいい。
なんて思いつつ推しの言葉を待ってみると、推しはさらに顔を赤らめさせて、そしてどうにかようやく私が聞き取れる程度の音量で。
「……だからお前が、僕のことを好きだと、そういう話だ」
なんのこっちゃと思ったが、そういや腹に大穴空いた後、何故と聞いてきたこいつに『好きなやつに傷を付けたくなかったんで』みたいなことを言った気がする。
好きというか推しだが、なんか痛みのせいで言語能力がバグって推しよりも先に好きが出てたっぽい。
しかし、だからなんだという話ではある。
それが何かと思いつつ推しの顔を見上げると、推しは苦々しい感じの顔になった。
「だから、付き合いとか、そういう……そういう話だ」
何を言っとるんじゃこの推しは。
と思ったが、まさかアレを瀕死の私が死ぬ前に口にした告白じみた何かと勘違いしているのでは、と頭のおかしい発想に思い至った。
馬鹿馬鹿しいが、そういう勘違いをされても仕方のないシチュエーションではあったかもしれない。
なので軽く笑い飛ばした後、こう言った。
「馬鹿だなアンタ様は。そういうお付き合いは好き同士じゃなきゃできないんだよ。それに私は確かにアンタ様のこと好きだけど、恋愛的な意味合いは一切ないぞ」
「………………は?」
誤解を解いてやると推しはなんだか間の抜けた顔になった、この手の推しの表情差分は見ていておもしろ、じゃなくて良いと思うけど、変な誤解をさせてしまったのはシンプルに申し訳ないと思った。
「悪かったな、変な勘違いさせるようなこと言って。いやまじでごめん、本当に申し訳ない。……アンタ様のことは確かに好きだよ、けどマジで恋愛的な感情とかそういうのはないから。ほんとマジで誤解させてごめん、今後好きとか言わないようにする」
恋愛的な感情が一切ないと言うと若干嘘だが、普通にそういう意味合いでも好きだが、それをどうにかしようとかは一切思っていないのは無いのと同義なので、そう言い切ってしまう。
推しは私の顔を見たまま固まってしまっていた、こういうのをフリーズ状態というのだろう、叩けば治るだろうか?
「とにかく、そういうことだから……アンタ様の見た目すごく綺麗だし、そのクソ真面目で律儀すぎるところが逆に面白いから見てると目の保養になるってだけで。本当にごめん、なんかフリーズしてるけど大丈夫? すまなかったよ変なこと言って、そして言わせてしまって」
今回のことに関しては私の妙ちきりんな発言のせいだったので、深々と反省した上で謝った。
私がここまで誠心誠意謝ることなんて滅多に無いのに、そんな激レアイベントを前にして推しはただなんとも言えない驚愕顔で固まっているだけだった。
どうすればいいんだこれ。




