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第零話 「名前も知らない(気になる)彼女の診察開始」


 ――それは、ただの歯医者のはずだった。


「はい、じゃあ口開けてくださいね〜」


 柔らかい声が、やけに近い。


 吉田誠、18歳。

 高校卒業したばかりの彼は、人生最大のピンチに直面していた。


(近い……近すぎる……!!)


 視界いっぱいに広がる白い天井。

 その下、わずか数十センチの距離に――


 “彼女”がいる。


 歯科助手。年上。

 名前は知らない。でも――


(絶対、めちゃくちゃ美人だろこれ……!)


 マスクで半分隠れているのに分かる整った目元。

 さらりと流れる黒髪。

 そして何より――


(いやちょっと待って、これ……当たってるよね!?)


 ふわり。


 胸が、当たっている。


 しかも、偶然じゃない。

 器具を取るたび、体勢を変えるたびに――


 ふわっ。

 むにっ。


(うわああああああああああ!!!!!)


 心の中で絶叫。


 だが、顔は真顔。

 口は開けっぱなし。

 完全に逃げ場なし。


「力抜いてくださいね〜」


(無理です!!!!!!!!)


 誠の脳内はすでに限界突破していた。



 ――数分後。


「はい、いいですよ。虫歯は軽いので、あと何回か通えば大丈夫です」


 優しくそう言って、彼女は少しだけ距離を取る。


(離れた……)


 その瞬間、誠は妙な喪失感に襲われた。


(……なんだこれ)


 さっきまでの混乱とは違う感情。


 ドキドキ。

 いや、それだけじゃない。


(また会いたい)


 シンプルで、真っ直ぐな気持ちだった。



「次の予約、どうされますか?」


 受付で再び彼女と対面する。


 やっぱり綺麗だ。

 マスク越しでも分かる。


 でも――


(名前、知らないんだよな……)


 ネームプレートはある。

 でも緊張で見れない。


「えっと……来週、同じ時間で」


「はい、大丈夫ですよ」


 カチカチと予約を入力する音。


 その間、誠は必死に考えていた。


(これって……イベントじゃないか?)


 頭の中で、なぜかRPGの効果音が鳴る。


 ♪テレレレッテレー


【新クエスト発生】

『歯医者の美人助手の名前を知れ』


(いや、何やってんだ俺……)


 だが止まらない。


【難易度:★★★☆☆】

【報酬:ドキドキ】


(報酬ショボ!!)



「はい、これで大丈夫です」


 予約票を渡される。


 その瞬間、指がほんの少し触れた。


(……やばい)


 心拍数が跳ね上がる。


 そして――


「お大事にしてくださいね」


 微笑んだ気がした。


 マスク越しでも分かる優しさ。


(……この人)


 誠は確信する。


(好きになりかけてる)


 いや――


(もう、なってる)



 外に出ると、昼の光がまぶしい。


 だが誠の頭の中は、完全に別世界だった。


(名前も知らないのに)


(職業も、“歯科助手”くらいしか知らないのに)


 それでも。


 あの距離。

 あの声。

 あの柔らかさ(物理)。


(……無理だろこれ)


 普通なら、ここで終わる。


 ただの患者と歯科助手。


 でも誠は違った。


 なぜなら――


(俺、ゲームなら“突撃型”なんだよな)


 慎重に進めるタイプじゃない。

 イベントは即回収。

 選択肢は迷わず“攻め”。


 そして今――


(これは“運命イベント”だろ)


 謎の確信。



 ポケットから予約票を取り出す。


 そこには、次の診察日。


(次、また会える)


 その事実だけで、胸が熱くなる。


 そして――


(次で、決めるか)


 誠は小さく呟いた。


「……交際0日婚」


 まだ名前も知らない相手に。


 でも、不思議と迷いはなかった。



 こうして――


 “歯医者から始まる交際0日婚”という、

 誰も想像しなかった物語が、静かに動き出した。 



最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

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