第十話 「初ケンカ――すれ違いと、甘すぎる仲直り」
――その日の夜。
部屋の中は、少しだけ静かだった。
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「……」
「……」
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夕飯は終わっている。
でも、いつもと違う。
会話がない。
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(なんでこうなったんだっけ……)
誠はソファに座りながら考える。
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きっかけは、小さなことだった。
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「今日、帰り遅かったですね」
何気なく言った一言。
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「うん、ちょっと残業」
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本当にそれだけ。
でも――
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「……連絡、欲しかったです」
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その一言で、空気が変わった。
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「え?」
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「いや……その、心配するんで」
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誠としては、ただそれだけのつもりだった。
でも――
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「……子供扱いしないで」
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真琴の声が、少しだけ冷たくなる。
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(え……)
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「仕事だよ?そんな毎回報告しなきゃいけないの?」
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「いや、そういう意味じゃ……」
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「じゃあどういう意味?」
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(……あ)
(言い方、間違えた)
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でももう遅い。
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「……ごめん、ちょっと一人にして」
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そう言って、真琴は寝室へ行ってしまった。
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それから、ずっとこの空気。
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(……俺が悪いよな)
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分かっている。
でも――
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(どう謝ればいいんだ……)
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18歳の誠には、“大人の距離感”がまだ分からない。
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一方、寝室。
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「……」
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ベッドに座る真琴。
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(言い過ぎた)
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分かっている。
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「……あの子、ただ心配してくれただけなのに」
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ため息。
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(私の方が大人なのに)
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なのに、余裕がなかった。
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(……怖かったのかも)
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“失うこと”が。
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交際0日で始まった関係。
まだ不安定で。
でも――
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(大事になってる)
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その自覚があるからこそ。
少しのズレが怖い。
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「……ちゃんと、言わないと」
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決意する。
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リビングへ戻る。
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誠はまだソファにいた。
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「……誠くん」
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「……はい」
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少しだけ気まずい空気。
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「さっきは……ごめん」
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(え)
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先に謝られるとは思ってなかった。
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「私、言い方きつかった」
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「……いや、俺も」
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自然と立ち上がる。
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「心配してただけなのに、押し付けみたいになって」
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「……ううん」
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真琴が首を振る。
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「心配してくれるの、嬉しかった」
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(……)
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「ただ、ちょっとびっくりしただけ」
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少しだけ笑う。
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「“あ、ちゃんと夫婦なんだな”って」
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(……)
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その言葉で、胸がじんわり温かくなる。
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「……じゃあ」
誠は一歩近づく。
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「これからは、ちゃんと伝えます」
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「うん」
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「でも……」
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「?」
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「やっぱり心配はすると思います」
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真っ直ぐな言葉。
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一瞬、真琴が目を見開く。
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そして――
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「……バカ」
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小さく呟いて。
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ぐっと距離を詰める。
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(え)
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次の瞬間。
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引き寄せられる。
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「ごめん……ほんとに」
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そのまま――
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触れる唇。
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(……)
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最初は、軽く。
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でも――
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離れない。
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(え……?)
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深くなる。
強くなる。
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真琴の手が、誠の背中を掴む。
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(ちょ、待って……)
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離れようとする。
でも――
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(離れない……)
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優しいのに、逃がしてくれない。
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少しだけ苦しくて。
でも――
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(……嫌じゃない)
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むしろ。
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(……受け入れるしかない)
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誠は、力を抜く。
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そのまま、キスを受け入れる。
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静かな部屋。
時計の音だけが響く中。
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しばらくして――
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ようやく、離れる。
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「……」
「……」
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お互い、少し息が乱れている。
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「……やりすぎた」
真琴がぽつり。
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「……ちょっとびっくりしました」
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「……ごめん」
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「……でも」
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誠は、少しだけ笑う。
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「嫌じゃなかったです」
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一瞬、真琴が固まる。
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そして――
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「……ずるい」
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顔を少し隠す。
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「それ言われると、またしたくなる」
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(やばい人だこの人!?)
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でも。
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次の瞬間。
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軽く肩にもたれかかってくる。
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「……もうケンカしないようにしよ」
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「無理ですよ」
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「え?」
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「絶対またします」
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一瞬の沈黙。
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そして――
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「……確かに」
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二人で笑う。
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「でも」
誠が続ける。
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「ちゃんと仲直りできるなら、いいと思います」
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その言葉に。
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真琴は、少しだけ優しく笑った。
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「……うん」
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こうして。
二人の“初めてのケンカ”は――
少しのすれ違いと、たくさんの気持ちと。
そして、少し甘すぎるキスで――
無事に終わった。
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むしろ。
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前より、少しだけ。
距離が縮まった気がした。
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