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どうやら、再びどこかに転移したようだ。
この短時間の間に、視界が白黒染まるなあと思いつつ目を開けると、目の前に自分がいた。……うん?どういうことだ?
鏡かな、と手を伸ばすと、途中で指先が何かに当たる。けれど、目の前に映し出されるのは手を伸ばさずにこちらを見ている自分の姿。
もしかして、鏡ではない?でもそれなら、これは何だろう。新手の魔法だろうか。いやでも……。
目の前の物体の正体が掴めないでいると、
「あなたの名前は何?」
声が聞こえてきて、私は眉を寄せる。
「え?」
「あなたの名前は?」
どうやら聞き間違いではなかったらしい。再び名前を問われ、とりあえず答えることにした。
「アウローラだけど」
すると、次の言葉がすぐに返ってくる。
「私がアウローラだよ。あなたの名前は何?」
「私はアウローラだよ」
まず初めは、怪訝そうに問われた。
それに繰り返し同じことを答えると、さらに再び問いが戻ってくる。
「私がアウローラだよ。あなたの名前は何?」
「アウローラだよ」
不満そうに問われる。
「私がアウローラだよ。あなたの名前は何?」
「アウローラだよ」
苛立たしそうに問われる。
「私がアウローラだよ。あなたの名前は何?」
「アウローラだよ」
辛そうに問われる。
「私がアウローラだよ。あなたの名前は何?」
「アウローラだよ」
悔しそうに問われる。
「私がアウローラだよ。あなたの名前は何?」
「アウローラだよ」
朗らかに問われる。
「私がアウローラだよ。あなたの名前は何?」
「アウローラだよ」
―――その問答を何度続けたか分からない。始めてからどれくらいの時間が経ったのかも分からない。
途中で答えるのをやめようかと思ったけれど、なんとなく無視したらまずいような気がして、とりあえず返答を続けた。
果たしてそれは正しかったのかそうでないのか、―――答えるとするなら、正しかった。もちろん、誰にとっても正解というわけではない。
けれど少なくとも、アウローラにとっては正しかった。
アウローラが取り込まれたのは、通称『迷いの森』。迷い込んだ者と同じ姿形のものが現れ、繰り返し名前を問いかけてくるという、仕組みとしては単純なもの。
だが、何度も、何度も、繰り返し自分と同じ姿を持つ存在から名前を問われ、『私が』と主張される。時間の経過とともに少しずつ自我を揺るがされる者も少なく、―――たとえば。
同じように取り込まれたミュリアショアヌスタには耐えられなかった。
「い、や」
彼女は自己を守るように両腕で身体を抱きしめ。
「いやああぁぁぁっ」
絶叫すると同時に、神殿に寝かせられていた肉体に彼女の魂が戻される。
突然悲鳴とともに暴れだした彼女の身体を、神官たちは魔法で素早く拘束し、強制的に意識を落とす。
静かになった彼女に異常がないのを確認し、そっと拘束を緩め、―――神官たちは隣に横たわる身体に目を移した。
神界に肉体はいけない。魂という精神体のみで向かい、最後まで神界に残った人間が試練通過、つまり聖人の地位を与えられる。
安全対策は万全に整えられている。ミュリアショアヌスタがそうであったように、神界で精神が限界を迎えれば、傷がつく前に試練が中断される仕組みだ。過去も同様の試練が繰り返されたけれど、―――取り返しのつかない事態が起こったことは一度もない。
だから。
だから何も問題ないはずだ。
けれど、いつも人一倍賑やかな少女が、ピクリとも動かずに眠り続けていることに、一抹の不安をも抱かないのは難しかった。
聖人も、神官長も、ノアも、リリーも、セレナも、ニナも、ルイも、エドアルドも。
上位神官たちが、きっと隠しているつもりで滲んでしまった険しい顔で見守る姿は、神官たちを楽観的にさせなかった。
アウローラ、と。
誰かの願うような囁き声が、どこからか聞こえてきた気がした。
―――なんていう神殿の様子など露知らず。
無事、変な空間から抜け出した私は、とりあえずてくてくと歩いていた。
結局何だったんだろう、あの場所。
自己主張の激しいお嬢さんが全力で名前を聞いてきたんだけど。
別にさ、お互いにアウローラってことでいいじゃん?もしや、自分以外にアウローラがいることが許せない系の人物だったのだろうか。……いやあそれにしても、私にそっくりな人だったな、と思う。まあでも、この世の中、自分と似てる人が3人はいるって話だし、そういうこともあるよね。
「あ!」
「……うん?」
驚きに染まった声が横から届いて、私は視線を動かす。
すると、そこにいたのは、先ほど出会った精霊。
「あれ、精霊の―――精霊の、誰だっけ?」
「名乗ってないし、教えてあげないわよ」
「そうだったっけ?でも、なんで教えてくれないの?」
首を傾げると、この子本当に何も知らないわねという顔をされる。すみませんね、興味のないことは覚えない主義なんです。
「名前を教えると、契約を結んだことになるのよ。精霊にとって自分の名前は命と同等だから、それを人間に知られることは、命を握られることと同義なの」
「ふうん、なんか大変だね」
「そうね、ここまで力が抜ける返答も初めてだわ」
呆れたような、なんとも言えない顔をされた。あっれ?
「それより、どうやってあの場所から出てきたの?」
「えー?なんか気づいたらペイって放り出されていたみたい」
「迷いの森が先に根を上げたですって……?あなた、人間にしては異常といえる精神力ね」
まじまじと全身を見られて、私はえへへと照れてみせる。すると、別に褒めてないわよと言われてしまった。おっと、残念。
「まあ、いいわ。―――それより、ごめんなさい」
仕切り直すような空白の後、突然頭を下げられた。
その脈絡のない行動に、私は困惑する。……なんかあったかな?この精霊に何かされた覚えなんて特にないけれど。
「急にどうしたの?」
「最近、『迷いの森』……あなたが落ちたところね。それがあちこちにできていて、その場所についても、分かるものは共有されているのよ。あなたが落ちたのは、私も知っているところだったから、本来なら注意するべきだったのに……あなたが落ちたのは私のせいよ。ごめんなさい」
つまり、落とし穴があることを知っていたのに言い忘れてたら、横で話していた人が落ちちゃった、みたいな話ってことか。
「あー…まあ、別にいいよ。結果的に問題なかったし」
気にしないで、と伝えてみたものの、精霊は首を横に振る。
「あなた、聖人候補の子でしょう。……いま神界内では、光の神様に依頼されて、複数の精霊が等間隔に散らばっているの。理由は、あなたたち聖人候補の手助けをするため」
「え、そうなんだ」
「まあ、間隔とは言ってもそれなりの距離があるし、聖人候補がどこにいるか分からないから、あなたたち候補者が精霊と会えるかは運によるけれど」
ふーむ、なるほど。つまり、私は運が良かったということだろうか。
「じゃあ、ほかの候補者は会えていないかもってこと?」
「ええ。精霊と会えたのはあなただけだし、……ほかの候補者は、もう神界にはいないわ」
「え?」
ぴたりと歩みが止まる。
足を止めたまま、目だけを驚きで瞬かせていると、精霊もまた、その場に留まり、私の様子をじっと見守る。
―――ほかの候補者がもういないってことは、……いやでも、第10の試練の通過条件が分からないことには結論が導けないというか。もしかしたら、神界から最も早く戻った者を聖人に、みたいな話かもしれないわけで。
うんうん、そうだよ。早とちりして勘違いしたら駄目だよね。まさかそんな話あるわけないよ。
気を取り直して、私は精霊に尋ねる。
「あれかな、早く神界から脱出しよう!みたいな試練だったのかな?」
「いいえ。ほかの候補者たちが神界からいなくなったのは、単に耐えられなかっただけよ」
「おっとぉ?」




