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「精神体に一定以上の負荷がかかった場合、精神体が……あなたたちで言うところの地上に戻されるの。その場合、戻された候補者は脱落したとみなされる、と私たちは聞いているわ」
「……ふぅむ、なるほどねぇ」
こくこく、と頷きながら、私はどうしようと思う。ミュリさんもあの男の子も既に神界にいないということは、試練に脱落していないのは私だけということになってしまう。
それはつまり、試練の通過者は私だけということであり、―――え。
「私が聖人になるの?」
「まあ……そういうことになるんじゃない?」
精霊が首肯する。
「……なんで?」
「私に聞かれても……」
精霊が困った顔をする。
まあ確かに、この精霊が私以外を神界から追い出したわけでもないし、私がなぜ残っているのか聞かれても答えられないだろう。
「えー…じゃあ、あれかな?私が戻ったら『新聖人誕生!』みたいな感じになるのかな?」
「そうなるでしょうね」
「うーん、そっかあ……。ところで、私はいつ戻るのかな?」
なんか、今のところ全然何ともないのだけれど。
ほかの候補者たちは耐えられなかったというが、私的には、耐えるも何も、耐えてる感覚が何もない。いわば、通常どおりである。なんなら、この場で寝転がれば寝れる自信があるくらいだ。
精神体?とやらが耐えられない時に戻るならば、耐え続けた場合はどうなるのだろうか。
私の疑問に、精霊は「私も知らないのよね」と首を傾げる。
「神界は地上とは違うから、人間は少しの時間しか耐えられないとしか聞いていないの。でも、あなたって耐えている感じすらないものね」
「そうだね、私も耐えてる感じがしないんだよね」
「そうよね、だから、ええと……光の神様のもとへ向かいましょうか」
「え?」
驚く私に、だって仕方ないでしょう、と精霊が言う。
緊急事態や非常事態になれば自分のもとへ来るように、と精霊たちは言われていたらしい。
神界に耐えられる人間など基本的にいないのだから、少し経てば候補者たちはみんな地上へと戻っていく、としか聞いておらず、精霊いわく、私のような人間がいるという事実は非常事態に該当するとのことであった。
すみませんね、私は概ね基本的な人間なはずなんですけど、他人とは少し違うところもあるみたいです。でもほら、みんな違ってみんないいってよく言うし、そんな感じでこれも私の特性だよねって認めてほしいな、みたいな。
「通常、人間は神様に近づくことさえできないはずだけれど、多分あなたは大丈夫なんでしょうね」
「えーどうだろうね?」
なんとなく私もそんな気がするけれど、実際のところどうなのか分からないから、とりあえず曖昧な返答をしておく。
緊張感がないなあという顔をされたけれど、まだ目の前にしていないからなあ、と思う。まあ、とある神官はサイラス先生の前に立ったら緊張で倒れていたし、また別の神官はどこか忘れたけれど、どこかの聖人に会うと聞いたら数日前からガチガチに緊張して夜も眠れず食事も取れず大変な感じになっていた。
だから会う前でも緊張する人はするんだろうし、もしかしたら、私も神に会ったら倒れるかもしれないけれど、今は分からないのが正直なところ。それに、非常事態になったら自分のところへ、と言ってくれる神だ。何かあってもきっと優しく許してくれるはず。
ちなみに、私は普段、非常事態が起こったら「エドに相談に行ったらいいよ」と丸投げする。私が解決しようとするよりよほど良い結果になるはずだし、そもそもエドからも「いいよお前は無理するな」と言われている。
なぜかお兄ちゃんからは「アウローラが解決しようとするときは俺を呼べ。見守ってやる」と助ける気なのか面白がっているだけなのか分からないことを言われているが。
しばらく精霊について歩き続け、途中で違う精霊にも挨拶をしつつ進んでいくと、ちょうど私の背くらいの木々が生い茂る場所に行き当たった。
「この先に神様がいらっしゃるはずよ」
「へえ、そうなんだ」
「軽い」
そう突っ込まれるのを、えへへと笑って誤魔化す。
「それなら行きま、」
言いかけた精霊が、途中で言葉を途切れさせた。
どうしたのだろう、と怪訝に思って精霊を見ると、どうやら私の後ろを凝視して固まっている。瞬きさえせずに硬直している精霊に、私が後ろを振り返ろうと顔を動かしたところで、
「に、」
「に?」
「逃げるわよぉぉぉーーーっ」
くるりと私に背を向けて、精霊は全力で飛んでいく。
どういうこと?と思って今度こそ後ろを振り返ると、
「わぉ」
巨大な魔力の塊が背後から迫ってきていた。凄い勢いである。
なぜこんな事態になっているのかさっぱりだけれど、悠長に疑問を追求している場合ではないと私も精霊と同じ方向に駆け出した。
木々の葉をかき分け奥へと進んでいくが、魔力の塊の方が速度があって、このままだと追いつかれそうだ。
仕方ない、と私は逃げるのを諦めて後ろを振り向く。
ギョッとする精霊の姿が視界の端に映るけれど、構わず私は防御魔法を繰り出した。
なんか凄い魔力が込められている塊のような気がするので、私もそれ相応に魔力を込める。
そうこうしているうちにも、塊は目前まで迫ってきて、―――ガンッと私の魔法とぶつかった。グ、と塊の威力に防御壁が押し込まれる感覚がしたが、なんとか防げたことにほっとしていると、間髪入れずに再び魔力の塊が打ち出された。
いつの間にか私の横に来ていた精霊が「いやだなんでいまなのぉ!?」と喚いた。
「え、知り合い?」
「知り合いじゃないわ!私は知っているけれど!」
「つまり有名な人?」
「そうだけれどあなたなんでそんなに動じてないの!?」
どうしよう、逃げるべきかしら、でもどうせ逃げてもあの攻撃に追いつかれるわよね、ときょろきょろと周りを見回す精霊に、私はにっこりと笑ってみせた。
「光魔法なら割と得意だよ!」
「相手も同じよぉ!?」
精霊の叫びを横目に、私はひたすら魔法を展開し続けた。
だが、何度も何度も打ち出される魔力塊に、このままでは埒があかないと私は思い切って反撃に出ることにした。
……どれくらいの魔力を込めればいいかな?さすがに残っている魔力全部をぶち込むのは駄目な気がする。だからといって少な過ぎるのも意味ないので、間をとって半分くらいでいいかな!
そうと決まればさっそく、と私は「えい!」と魔力塊を打ち出す。
あっれ、なんか想定してたより威力があるぞ?と思いながらも、まあ今さらどうにもできないしと見守っていると、―――割となかなか大きな音とともに、相手にぶつかった。
土埃が立ったことでしばらく視界がはっきりしなかったが、やがて視界が開けてきて、
「…………あれ?」
なんか、向こうの方に倒れている姿が見える。
どうしよう、と精霊の方に目を向けると、目をこれでもかというほど見開き、口をはくはくとさせていた。どうやら大変な衝撃を与えてしまったようである。
「ええっとぉ……とりあえず様子見に行こうかなあ」
一応そう言い置いてから私は倒れている相手の元へ駆け寄る。途中で後ろを振り返ると、精霊もふらふらしながらついて来ていた。
そうしてたどり着いた先で、相手を見ると、……男神、だろうか。同い年くらいの見た目である。
目を閉じで倒れ伏している姿に、私はどうしたものかと悩む。
怪我をさせたわけではないようだし、そのうち目が覚めるだろうから放っておいてよいだろうか。もちろん、さすがに放置して去るつもりはないし、……でも、いつ目が覚めるんだろう。
まあ私がしたことが原因なのは事実だけれど、だってあんなに魔力をぶつけてくる相手なら防御魔法も問題ないだろうし、ちょっと驚かせて攻撃を止めさせてやろう的な気持ちで、まさか倒れるだなんて思っていなかったというか。
それに元を辿れば、そもそも相手が攻撃しなければ私もしなかったわけで。そう考えれば私はそこまで悪くない……いや悪いかもだけれど情状酌量の余地はあるかなあ、なんて。
誰ともなく言い訳を重ねていると、背後に存在感を覚える。あれ?と思った瞬間には、既に背後から移動しており、
「あら?『 』が倒れているわね」
真横から声が聞こえて、私は驚く。パッと横に目を向けると、―――おっと、これは。
目に見えるものではないが、確証がある。目の前の相手は膨大な力の持ち主だ。もし攻撃されれば、私には逃げるのが精一杯だろうくらいに。それを感じたのは、人間としての本能だったのかもしれない。
そこにいたのは、同じような見た目をしているけれど、自分とはどこか違う存在であった。
「『 』?」
とりあえず、一番記憶に残った言葉をただ繰り返す。
「そうそう、『 』……って、あれ?」
ぱちぱち、と目を瞬かせる。
黄みの強い金髪と、お揃いの瞳。
雪のように白い肌に、薔薇色の頬と唇。
「なんで分かるの……って、そうか。アウローラだもんね」
「私の名前、」
「うん?分かるわよ。だって、次期聖人だもの」
言われた内容に、あー、と少し上を向く。
……やっぱりそっか。次期聖人。聖人……私が聖人かあ。
まあ、聖人はなろうと思ってなれるものではないのと同じで、なるつもりがなくてもなってしまうものだもんな。
嫌、というのとも違うけれど、別に嬉しくはないなあと思いながら、でもなったものは仕方ないし、なんとかなるよねと心の中で頷く。とりあえず、なんとかなりそうになかったら、エドがお兄ちゃんに泣きつくことにしよう。
それより、と私は首を傾げて尋ねる。
「あのう、もしかして光の神様ですか?」
すると、ふふっと嬉しそうに笑ってから、
「そうよ〜。私が光の神!人間のことはいつも見てばかりだから、返事が返ってくるのが嬉しいわね」
「そうなんですね」
「ええ。普通の人間はね、神界に存在すること自体耐えられないの。無理をして居続けても、精神が壊れちゃうだけ。だから、アウローラ以外の2人は、もうとっくにいないわ。でも大丈夫。壊れてなんていないわよ。無事だから、安心して」
女神様はにこにこする。内容は微笑ましいとは真逆だが、……大丈夫なら、うん。大丈夫だろう。
私は浮かんだ疑問を遠くに放り投げた。
「聖人になる人間は、神界でも耐えられる子なんだけど……。ここまで平気な子は珍しいわね。しかも、神の一柱を気絶させてしまうなんて、驚きだわ。私と話していても平然としているし、間違いなく聖人に向いている子ね」
「……聖人に向いている?」
神殿のみんなが聞いたら全力で首を横に振るだろう発言に、私は首を傾げる。
だが、そんな私に女神様はさも当たり前だというように言った。
「だって、聖人って―――私たちに耐えられる人間がなるんだもの」
「え?」




