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前日に充実した1日を過ごした私は、今日はちょっとやる気が出ないな、と思いながら、ゆっくりとした足取りで第10の試練の会場へと移動した。
第10の試練の参加者は3人。私以外の参加者は、ミュリさんと同じく、同年代くらいの男の子である。
うーむ見覚えがない、と男の子を見ていると、ばっちり目が合ってしまい、どうしようかな目を逸らそうかなと悩んでいるうちに向こうから近づいてきて、「やあ、僕が次の聖人だよ。記念に握手してあげよう」と手を差し出された。
あっれこれ割と癖のある人だと1.5歩分くらい心の距離を取った後、まあ断る理由もないなと握手することにする。
だが、これくらい癖がある人なのに、今まで目が入らなかったのはなぜだろうか。
そう疑問に思っていると、「僕の持つ存在感は尋常じゃないからね。隠すのに苦労したよ」と聞く前に自分から教えてくれた。
つまり頑張れば隠せるくらいの存在感なんだねと言いそうになったが、脳内に出現した神殿関係者たちが「真実だとしても黙っておく優しさ」だとか、「ただの事実が時に争いを生む」だとか、ひっきりなしに登場しては告げてきたので、口にしないことにした。決して、面倒だからいいやと思ったわけではない。
それから数分後、神官たちがぞろぞろと室内に入ってきた。基準は不明だが、見たところ5級神官以上は全員いる気がする。加えて、なんと、最後尾には神官長とサイラス先生までいる。
……最後の試練だからなのか、必要だからいるのか。
試練を受ける身としては、できれば前者の理由であってほしい。次の聖人が決まるから見に行こうぜ的な野次馬根性を発揮した結果だと言われた方が安心できる。
私は別に聖人になりたいわけではないけれど、―――いや、なりたいわけではないからこそ苦労なんて1つもしたくないのである。
望むもののための努力でさえ遠慮願いたいのに、望まないもののための努力など、私からは大変遠い言葉である。
横一列に並んだ神官たちの中から一歩前に出たのは、神官長だった。
「ただ今より、聖人選定のための最終試練を開始いたします。候補者はそれぞれ、これから案内する部屋へと移動していただきます。その後、我々が順番に各部屋へと向かい、試練の準備をします。―――それでは、早速ですが移動を始めましょう」
案内担当の神官、私の場合はアンリについて部屋を出て、少し歩いた先の別の部屋へと入る。
「あの長椅子に座って待機よ」
「はあい」
とりあえず指し示されたとおりに座ってアンリを見上げるが、続く言葉はないらしい。
大人しくしておくべきかな、と思いつつも、できない我慢はするべきじゃないよねと遠慮なくアンリに話しかける。
「ねえねえ、最終試練って何?」
「残念だけれど、事前に教えることはできない決まりになっているの」
「ふうん、そうなんだ。早く終わるといいんだけど」
「それはアウローラ次第ね」
「あ、それは答えてくれるんだ」
内容に直接関係しないものは教えてもらえるのかなと予想を立てるが、よく考えずとも今さら聞いたって何か準備できるわけでもないと気づいて聞くのをやめる。
どうせすぐに試練が始まるのだ。内容が何であろうとも、始まってから考えればよいだろう。
うーむ暇になっちゃった、と足をぶらつかせようとしたところで、部屋の扉が開く。
サイラス先生を筆頭に、神官たちがぞろぞろと入室してくる。……部屋の大きさに対して入ってくる人が多すぎません?
全員が入室し、乱れなく整列したのを確認して、サイラス先生が口を開く。
「アウローラ」
「はい」
「今から、あなたに3人の神官から助言をします。それを聞き終えた後、あなたの試練が始まります」
「え?……あ、はい」
疑問符を浮かべるが、並ぶ神官たちから首を横に振られて、一旦頷くことにする。数人から止められたくらいなら、気になるし聞いてもいいかなと忠告を無視するけれど、さすがに数十人から止められたら無視するのも難しい。
それにしても、助言とは?と神官たちの望みどおり待っていると、エドが列から進み出て、私の前に立つ。
「アウローラ」
「うん」
「アウローラの帰る場所は、『ここ』だ。……それを、忘れるな」
「え、どういうこと?」
首を傾げるが、答えを返さないままエドが横にずれる。
次に出てきたのはお兄ちゃん。
「アウローラ」
「ん?」
「いいか、お前の名前はアウローラだ」
「……え、うん」
改めて言われるまでもなく、私はこれまでの人生で何度も名乗ってきたとおり、アウローラである。むしろ今さら違いましたと言われても、骨の髄まで染み込んでいるので変えるなんて無理ですと返すくらいにはアウローラだ。
さっきから一体何の助言をされているのか掴めない中、最後に進み出たのはサイラス先生だった。
「アウローラ」
「はい」
「無理だと思ったら、迷わず叫びなさい」
「え、ちょっと―――」
待って本当に意味が分からない、と。
そう尋ねる前に、突然全身が光に包まれた。
「―――ここ、どこ?」
白い。
最初に覚えたのは、そんな感想だった。
けれど、時が経つごとに目が慣れて、徐々に視界が鮮明になっていく。
どうやら白だと思ったのは、深い霧が原因だったらしい。大分深くて見えづらいけれど、……ここは森、だろうか。
先ほどまで神殿内にいたはずなのに、もしや転移魔法だろうか。だが、何だろう。言葉には表せないけれど、空気感にどこか違和感があるような……「ねえ」
近くから声が聞こえたと思ったら、横からにゅっと顔が出てきた。
「ねえ、あなた。人間でしょ?」
「……ちっちゃい人?」
「違う!精霊よ!」
キッと睨まれる。ごめんなさい。
でも言い訳をすると、今まで精霊を見たことがなかったから見ても分からなかったというか、それは仕方ないねと許してほしいというか。だって、本当に人間をそのまま手のひらサイズに小さくした感じというか。
「この身に宿る力が分からないの⁉︎」
「んー…」
「分からないのぉ⁉︎」
「あー…」
信じられないと驚愕される。
重ね重ね期待を裏切るようで申し訳ない。悪かったと思っている。ごめんなさいね。わざとじゃないんです。だから許してください。許してくれるよね。だってわざとじゃないんだから!
「えーっとぉ、そのぉ……あ、光の精霊だ?」
「そうだけどそこから⁉︎」
「やっぱりそうだよね!うんうん、分かる分かる!なんかこう、光の精霊って感じだよね!」
胡散臭そうな目で見られるが、一切気づかないふりをして誤魔化す。困った時は勢いと笑顔で乗り切るべきだ。私はこれまでの人生でそれを実体験で学んできた。
結果として、光の精霊が先に折れてくれた。私は心の中で拳を高く上げる。
ありがとうこれまでの私の人生。これからもよろしく私の人生。
「ところであなた、…………何ともなさそうね」
「え?何が?」
「よほど強靭な精神を持っているのか、よほど周囲に鈍感なのか、判断に悩むところだわ」
「何の話?」
私の疑問符を見事に無視して精霊はぶつぶつと1人で呟いている。口ぶりから私のことを考えていると分かるので、一体何なのか若干気になるけれど、まあ無理やり聞き出すほど知りたいわけでもない。
そう結論づけて再び周りに目を向けて、―――あ。
「ねえ、聞いていい?ここってどこ?」
「神界よ。雰囲気で分かるでしょ?」
「えーと、うん。そうだね、分かる分かる。そんな感じだよね」
「なるほど分かってなかったのね」
即座にバレた。なぜだろう。
いやでも、雰囲気で分かれっていう方が無理な話じゃないですか?だって神界だよ?神殿にいたのに気づいたら神界にいるって意味不明じゃない?
逆に、ここって神界だよねとすぐに分かる人間の方がなんかちょっとおかしいでしょ。
「というか、え。神界?」
「神界よ」
「じゃあもしかして、神様いる?」
「いるけれど……会いたいの?」
「うーん、まあ興味本位で」
「興味本位で……」
会ってみたいかみたくないかで言えば会ってみたい寄りだが、会えないと言われれば素直に引き下がる程度の気持ちである。
「あのね、神は興味本位で会うような存在では、」
ないのよ、と。
おそらく続けようとしたのだと思う。
けれど、精霊は言葉を失い立ち尽くしている。いや、正確には宙に浮いているので浮き尽くしている、か?
「し、」
「し?」
「しまったあああぁぁぁーーーっ」
突如として叫び出した精霊に、私はびくっと肩を揺らす。
「え、何。どうした」
の、と。
言い終わる前に、私の視界は黒に染まった。




