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「エドアルド、アウローラ。久しぶり」
「久しぶりですロレンスさん。わあ、お菓子がたくさんですね!」
「なんていうかさ、この、明らかに俺ではなくお菓子しか見てない感じがいいよね。王族の驕りを戒めてくれるっていうか」
「今すぐ別の戒め方を探せ」
眉を寄せるエドを流して、さっそくロレンスさんがお菓子を勧めてくれる。
ありがとうございます、と一言お礼を言って、遠慮なくお菓子に手を伸ばした。
ふふふん、さすが王城。とっても素敵な味がする。
「そういえばアウローラ」
ん?
呼びかけられて、私は目線を上げる。
「聖人候補に残っているんだって?」
「そうですね」
「これは単純な疑問なんだけどさ。聖人の婚姻って、何か制限とかある?」
「……さあ?」
首を傾げる私の横から、エドが「ありません」と答える。1番身近な聖人であるサイラス先生が独身だし、今まで気にしたこともなかったので知らなかった。
まあ、私が知らないことなんてこの世の中数えきれないくらい大量にある。これもその1つだっただけだろう。
だが、どうしてロレンスさんはそんなことを気にしているのだろう。聖人の婚姻は……まあお偉いさんにとって何も関係ないってわけではないだろうけれど、彼が気にするほどの何かがあるのだろうか。
エドも同じ疑問を抱いているらしく、怪訝そうな目を向ける中、視線を受けたロレンスさんはというと、「良かった」と朗らかに笑った。
「……良かった?」
意味をはかりかねている我々に、ロレンスはさらりと爆弾発言をした。
「だって、エドアルドはアウローラと結婚するのだろう?」
「ふぇい?」
口の中にお菓子を詰め込んでいたこともあり、変な声が出る。
「いやだから、もしアウローラが聖人になっても、結婚できるなら良かっただろう?」
ロレンスさんは私を見る。私はエドを見る。エドは……あれこれどこ見ているんだろう。
視線の三角関係にもなれない中、さすがの私も、場の空気を読むという高等技術の存在を頭の奥のさらに奥の方から何とか引っ張りだしてきて思い出し、新たなお菓子に手を伸ばすのを我慢する。
沈黙が落ちる。
沈黙が続く。
沈黙が支配する。
沈黙が……エドが私を見た。私はエドを見ている。視線がようやく交わって―――勢いよく外された。
「っなにを言っているんですか!!」
怒鳴るような勢いでエドが詰め寄る。
対するロレンスさんはというと、きょとんとした顔をしていた。
「え、結婚しないの?」
「そんな話出たことありませんけど!?」
あまりの衝撃にか、エドの声が初めて耳にするくらい動転している。
それを見て、ロレンスさんが私に視線を移した。
「え、結婚しないの?」
「……え、分かんない」
「分かんない!?」
おお、エドが突っ込みの人みたいになっている。
でも、仕方ないだろう。結婚なんて急に聞かれても、そんなの分かるわけがない。
混乱極めるエドの姿に、あらまあと思う私の前で、エドの慌て様を見たロレンスさんが、にやーっと猫のような表情を浮かべた。
……さては何か言うつもりだな?
「それなら、アウローラは俺と結婚するか?アウローラなら、うん。いけると思うけど」
その言葉を聞いた瞬間、即座にエドの顔がスンと無になる。私でさえあまり向けられたことのないほど冷たい目がロレンスさんを貫いた。
「何を言っているのですか。寝言は寝ていってください。この国を滅ぼすおつもりですか」
「失礼な。私、国を滅ぼすなんて怖いことはしないよ。ただ栄えもしないだけだよ」
頬を膨らませて異議を申し立てると、「俺のお菓子を分けるから少し黙っておいてくれ」とクッキーを差し出された。……仕方ない。アウローラちゃんは心優しいので、一旦引いてあげよう。
だが一応「毎度お菓子で引くとは思わないでよね」と言っておく。けれどすぐに、「そういうのは食べるのをやめてから言え」と一蹴された。
えーだって、口元に差し出されたら食べないともったいないし。
すると、そんな私とエドのやりとりを見ていたロレンスさんが吹き出すように笑い出した。
兄上?とエドが睨むと、ごめんごめんと大して心のこもっていない謝罪を口にする。
「冗談だよ。エドアルドの反応が思ったより良かったから、つい」
「そんな軽い謝罪と薄い言い訳で許されるとでも?」
それから数分程度言い争った後、どうやら勝負は引き分けという結果になったらしい。
あんまり興味がなかったので内容は聞いていないが、どちらかといえばエドが優勢だったようである。
角度的にエドは気づいていなかったけれど、ロレンスさんの片頬が若干引き攣っていた。
「まあでも、エドアルドもアウローラも、そういうことを考える歳になった、ってことは自覚しておいた方がいい。……もっとも、エドアルドは既に自称婚約者候補がたくさんいるから今さらだけどね」
ロレンスさんの言うとおり、エドの自称婚約者候補はこれまでに何度も登場してきた。
そのおかげと言うと皮肉になるが、その度に断ってきた経験が、彼自身と彼の周囲を慣れを生み出し、今となってはエドの婚約者だと言われても驚くことなく、『また出たか』で終わってしまう。
「ご心配はありがたいですが、……俺よりもまずは兄上が先でしょう。王太子妃に相応しい方を探してはいかがですか」
「うーん、そうだね。たとえば、遠縁でもいいから帝国の皇室と繋がりがあって我が国の貴族でもあるご令嬢がどこかにいたら良いんだけどな」
「そうですか。どこかにいるといいですね」
エドがにっこりと笑った。ロレンスさんもにっこりと笑っている。
……なぜだろう。なんとなくだが、2人ともどこか胡散臭い。
それにしても、やはり王太子の婚約者ともなると、色々と条件があるらしい。私には難しいことが分からないし分かりたいとも思っていないけれど、お偉いさんたちはあれこれ考える必要があって大変そうだ。
あれ?そういえば、私は曽祖母が帝国の皇女で、父がこの国の伯爵家出身だった気がする。でもまあ、多少条件に当てはまっているとしても、ロレンスさんが私を求めるわけがないだろうから、私には関係ないはず。
そんなことより、さっきまであの鳥、あそこにいなかったっけ?なんか気づいたらあっちに移動してたんだけど。なんでかなあ……うーん……あれ…また移動し、て…………。
「―――アウローラ」
「っふぁい!」
急にエドに名前を呼ばれて、私は慌てて返事をする。
「……お前、今寝てなかったか?」
「やだなあ、エド。そんなわけないでしょ。ちょっと偶にあっち側にこんにちはしてただけだよ」
「つまり、眠くてところどころ意識を飛ばしてたんだよな?」
「違うよ!私はあくまで現世にとどまっていたもん!」
「お前は寝ると死ぬのか?」
エドから呆れた顔を向けられるが、私は頑として否定する。
ちなみに、もしここにいるのがお兄ちゃんであれば、「さすがに無理あるぞ?」と大変慈愛のこもった笑みとともに肩を叩いてくる。あの無駄に穏やかで優しい笑みが、逆に人の心を抉ってくるともっぱらの噂である。
そんなお兄ちゃんの抉り笑顔にも耐えられる私なんだ。それよりよほど良心的なエドの呆れ顔には負けないぞ!
私の思いが伝わったのか、エドが仕方なさそうに話の矛先を納める。
ただ単に面倒になっただけの可能性もあるけれど、追及されなくなれば理由なんて何でもよい。理由に思い悩むなんてレベルはとうの昔に卒業しているのだ。……え?お前は最初から悩んだことなんてなかっただろうって?そんなわけないでしょやだなあもう!
「まあ、いい。……そろそろ出るぞ」
「んー…分かった」
頷きつつ、名残惜しげに余ったお菓子を見ていると、「包ませるから持って帰ったらいい」とロレンスさんが言ってくれた。
さすが王子様。太っ腹だ!
「エドアルド。これから母上のところにも顔を出すだろう?」
「はい」
エドの返事に満足気に頷いてから、ロレンスさんが私に視線を移す。
「アウローラにも会いたそうだったから、よければ行ってやってほしい」
「分かりました」
ロレンスさんにはお菓子の恩があるし、そもそも王妃様は優しいので行くのは全然構わない。マナーがどうのこうのと言われる場であれば、私を連れていくのは基本的に推奨しないが、王妃様の部屋はそんなことないし。
「菓子は包ませたら母上のところに持って行かせる。―――じゃあ、またな。エドアルド、アウローラ」
「はい。また伺います」
「また来ますね!」
エドの真似をしてぺこりと頭を下げた後、部屋を出ていく。扉の前でひらひらと手を振ると、ロレンスさんも振り返してくれた。
ようし、次は王妃様のところに行くぞ、と前を見ると、なぜか微妙な顔をしたエドと目が合う。
「なに?」
「……何も」
なんだろう。何か言いたげな雰囲気である。
あれかな、お菓子の分け前でも気にしているとか?……うーん、多分絶対違うだろうな。
だが、それ以外には思いつかない。私の頭の中を何度ひっくり返して探そうとも、エドの心の中を察知するなどといった高等技術は、残念ながら待ち合わせていないのである。
しかし、私が一人で悩んでいる間に、エドが自分で解決したか、それとも気を取り直したか、はたまた放置することにしたかは謎だが、いつの間にか通常通りの雰囲気に戻っていた。
「行くぞ」
上げていた手を下ろされ、その流れで握った手をそのままに、エドが歩き始める。
今のところ、別に手を繋がなくてもはぐれずについて行くし、迷子にはならない予定だが、あえて手を離してと言う理由もないので黙っておこう。
―――ちなみに。
王妃様からは、なんとお菓子と服をもらい、とっても幸せな気分になった。やったね!




