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 聖人選定の第10の試練、つまり最後の試練の前日。


 休息日だと言われていたはずなのに、なぜか朝早くから叩き起こされた私は、普段どおりエドに引きずられながら朝の礼に参加し、光玉をピカピカ光らせた後、移動した先の部屋でサイラス先生のありがたいらしい講義を受けさせられた。


 神官の服にはいくつか決まった型の刺繍が入れられている。もちろん、それ以外に刺繍するのも自由だが、最初から入れるようにと決まっているものは、どの神官服にも必ず入っている。

 刺繍するのは、魔法陣っぽい何かだ。なんらかの効果があったような気がするけれど、そこらへんはよく覚えてないので一旦置いておこう。たぶん、そのまま一生置いておくことになると思うけれど、まあそれも仕方ないということで諦めてほしい。

 

 話を戻して。

 今回の講義は、その刺繍をする上で必要となる刺繍糸にまつわる話だった。これもまた特別なものらしく、生み出されるまでの歴史や刺繍糸が持つ効果などの話がなされた。


 正直、8割がた何を言っているのか分からなかったけれど、残りの2割はなんとなく分かったのでよいだろう。仮によくないとしても、私がよいと思ったらそれでよいのだ。

 サイラス先生から「理解できましたか、アウローラ」と聞かれたため、「要するに、刺繍糸は貴重で高価ってことですよね」と答えたら、間違ってないけれどなんか違うという顔をされた。すみませんね。

 

 それにしても、今日は休みなはずなのにおかしいなと思う。だが、最後まで席に座っていたご褒美と称してプリンをもらえたので、予定もなかったしまあいいかと水に流すことにした。

 プリンは偉大である。この世で最も偉大なものの一つに数えてもいいかもしれない。もちろん、その時はケーキも一緒に数えることを忘れないようにしなければなるまい。


 ふんふん、とご機嫌にプリンを食べていると、隣に座っていたエドが何とも言えない顔で私を見ていた。うん?


「どうかした?」

「……なんでもない」

「なんでもないって顔はしてないけど」


 まあ別に話したくないなら聞かなくてもいいかとプリンに視線を戻したところ、「いや、」とエドが話し始めた。どうやら聞いてほしかったらしい。もしかして照れ屋さんですか?……あ、違いますかそうですか。


「まさかアウローラが最終試練にまで残ると思っていなかった」

「へえ、奇遇だね。私もだよ」


 同意すると、ジトリとした目を向けられた。

 なぜだ。まずは相手の言葉を受け入れることが大切だとどこかで誰かに聞いたはずなのに。


「絶対にないと思うが、9割がた取り越し苦労だろうが、おそらくただの杞憂なはずだが、」


 なんかだんだん自信をなくしている。元気出してよ。


「ーーーもしも聖人になるとしたら、お前はどうするんだ」


 真剣な問いかけに、私はパチパチと目を瞬かせる。次いで、そうだねぇ、と少し悩んでから、


「どうもしないかなぁ。だって、聖人になるかならないかなんて、私が決めることでもないし」


 私を選んだことに疑問は残るけれど、なってしまったのなら仕方ない。聖人という存在は、なろうと思ってもなれないし、ならないでおこうと思ってもなってしまうものなのだ。


 まあ、なりたくない場合は全力で試練から逃げれば……あるいは逃げられるかもしれないけれど、そんな話は聞いたことがない。

 私が聞いたことがないだけで、過去にはあったのかもしれないけれど、おそらく前例がないはずだ。きっと。


「それはそうだが……」


 なおも腑に落ちないという表情を見せるエドの肩を、私はポンポンと軽く叩き、


「まあまあ、落ち着いて。なるようになるんだから、今から悩んだってどうしようもないって」

「お前はもっと考えろ」

「まあまあ、そこはほら、私たちを足して2で割ったら丁度よいというか?エドが悩む分、私が悩まないことで世界のバランスを保っているんだよ」

「つまりその理論でいくと、俺が悩まなければ代わりにお前が悩むんだよな?」

「よぉし。今の理論は闇に葬ろう!」


 心の中のアウローラちゃんが理論という名の箱を一瞬の躊躇もなく蹴飛ばした。

 ふむ、これで何も問題ない。


 ふぅ、とすっきりした顔をする私を見て、なぜかエドは考えるのをやめたらしい。おかしい。もしや蹴り残しでもあったかな?


「ところで、アウローラ。午後は予定が詰まってたよな」


 ……どうしたんだろう。

 私の記憶が正しければ、午後の予定など何も入っていなかったはずである。それに、なぜかはあえて問わないが、私よりもエドや兄の方がよほど正確に私の予定を把握しているのだから、聞くまでもないと思うのだけれど。


 とはいえ、面倒なことを手伝わされるのは嫌なので、「どうだったかな。すぐには思い出せないかも」と回答しておく。

 断る余地を残しておくことが大事だと、私はこれまでの人生で学んできた。


「王城になんて行きたくないよな」

「え、王城?」


 聞き返すと、エドが低い声で言った。物凄く嫌そうだった。


「兄上が……久しぶりにアウローラにも会いたいと言っている」

「ロレンスさんが?じゃあ行く」


 ロレンスさん。またの名をエドのお兄さん。もしくは、リュースフォルトの王太子ともいう。


 彼がなぜ私に会いたいのかは分からないけれど、ロレンスさんはいつも私に美味しいお菓子とご飯をくれる素敵な人である。

 エドとロレンスさんが意味不明な難しい話をしている隣で、ひたすらもぐもぐと食べ続けるだけの私を妙に気に入ってくれているのだ。


「いや待て。よく考えてみろ。王城は遠いだろう」

「そうでもないよね」


 だってここ王都だし。


「服も着替えないといけないから、面倒なはずだ」

「この服でもよくない?」


 本日の服を選んだのはエドだ。キレイめの服を選んだことが裏目に出ている。


「明日は聖人の試練があるだろう」

「でも今日は暇だよ」


 エドがそれっぽい言い訳をしようとしているが、あまり意味がないのは承知しているのだろう。エドが本気なら、もっと立派な理由を生み出しているはずだ。


 何しろ、今日はエドもお仕事が休みの日だ。

 もしロレンスさんが王太子として神官のエドを呼び出したのなら別として、この様子から察するに、エドは弟として兄に呼ばれているのだ。

 私のことは、せっかくだし友達を連れておいでくらいの話だろう。


 エドは幼い頃から神殿にいる。だから、王城に住む家族と共に過ごした時間は少ない。

 けれど、エドが家族を大切に思っていることも、家族がエドを大切に思っていることも、お互いにきちんと理解している。

 それ故に、エドは継承権を棄てても王族の籍は棄てていないし、家族との交流も大切にしている。


 どうやら私を王城に連れて行くのはあまり好きではないようなので、この渋面の理由はそれだろう。

 大体、連れて行きたくないのなら私に黙っていればいいものを、わざわざ言うところが律儀というか真面目というか。


「じゃあ、行くか」

「うん!」

「こういう時だけ良い返事だよな」


 もの言いたげな目で見られたが、私は気にしない。

 さあ行こう、いざ王城へ。お菓子が私を待っている!


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