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「いやあ、大変だったねえ」
「そのとおりだが、お前は何が大変だったのか具体的に理解しているのか?」
「失礼な。……えーと、みんなが動き回ってて大変そうだったよね!」
「確かにそのとおりだが、それは具体的に分かっているとは言わない」
「まあまあ、落ち着きなって」
「お前の発言を疑っているだけで、俺は完全に落ち着いている」
スン、とした表情を浮かべているが、普段のエドならそもそも私の発言にここまで突っかからない。
私の発言に具体性がないのはいつものことなので、通常であれば「そうだな」の一言で終わらせているはずである。
忙しかったからちょっと気が立ってるのかな、と思いつつ、「ところで」と話題を切り替える。
「ミューちゃんたち、無事に戻れて良かったよね」
「……そうだな」
あの後、光の神殿に、火と水の聖人や神官長が集まり、聖獣たちから事の次第を聞き取った。
どうやら、火や水の聖人選定の試練も同じような内容らしく、聞き取った後の時間は、聖人をはじめとしたお偉いさん方が輪になって、これからの試練をどうするかについて、話し合いを始めたため、暇になった私と聖獣たちは、とりあえず端の方でこそこそと遊び始めた。
もっとも、遊びといっても流石にかくれんぼ的なものはできないし、こんな時に何を考えているんだと怒られそうなので、体を動かさずにできるもの―――たとえば、しりとりなどに限られた。
とはいえ、しりとりも20回目となると飽きてくる。
口にはしないが、どうしよう飽きてきたねと目で会話し始めた頃、突如聖獣たちの身体が輝き始めた。
突然の事態に、お偉いさんたちが身構えたり、こちらに近づいてきたりしているのを視界の端で捉えつつ、私は驚きながらもその場に留まって聖獣たちを見守る。
眩しくてあまりよく見えなかったけれど、数秒後には聖獣たちを包んでいた光が消えたときには、ミューちゃんたちはぬいぐるみから普段の姿へと戻っていった。
想定よりも早い事態の解決に安堵しつつ、聖獣たちの状態を確認してから、当初の予定通りの内容、つまり一定の範囲に聖獣がいる前提で、試練を続けることとなった。
ちなみに、エドは試練が仕切り直されてからすぐにミューちゃんを見つけたけれど、リリアちゃんの婚約者くんがシュアの花を差し出したところ、残念ながら受け取ってもらえなかったらしい。
後でミューちゃんに聞いたところ、「なんか受け取ったら面倒な気がしたし、それを敢えて受け取るほどの魅力はなかった」と言っていた。
まあ、リリアちゃんの様子を考えれば面倒事が起こるのは必須な気がするし、悪い選択ではなかったんじゃないかなと思う。たぶん。
「結局、第9の試練の通過者は3人なんだって?」
私と、赤髪のお嬢さん……ミュリさんと、会場にいた名前も知らない少年の3人が残っているらしい。
選定基準は何だったのかとミューちゃんに質問したところ、ミュリさんはやる気が凄かったこと、少年は何となく通過させておこうかなと思ったことが理由だそうだ。
割と適当だねと言ったら、世の中そんなものだと返された。
後方では、サイラス先生が悟った顔で遠くに視線をやり、神官長は頭が痛いといったような顔をしていたが、聖獣であるミューちゃんがそんなものだと言うのだから、そんなものなのだろう。
みんなには気を強く持ってほしいと思う。頑張れ!
「多いのかな?少ないのかな?」
「どうだろうな。サイラス様の時は4名が残ったという話だから、妥当な人数なんじゃないか」
それより、とエドが真剣な瞳で私を見る。
どうしたんだろうと首を傾げて言葉を待っていると、
「アウローラ。お前、聖獣さま方が元の姿に戻る時、すぐ近くにいたんだってな」
「うん、そうだよ」
急に輝き出したみんなに驚いたことを思い出しつつ頷く。
すると、はあーっとため息を吐いたエドが、私の肩をギュッと掴んだ。
「逃げようとしなかったのは、なぜだ」
「え?」
「聖獣さまが姿を変えられるような事態において、さらに異常が生じたというのに、お前は逃げる素振りもなく動かなかったと聞く。どうしてそんなことをした」
「……でも、私は無事だったよ」
「それは結果論だろう。俺が言っているのは、お前に危機意識の欠如があったのではないかということだ」
静かに、けれど胸の奥底に何かを抑えつけているような声色に、私は戸惑う。
どうしたんだろう、急に。
だって、あの時は、みんな忙しそうで、ミューちゃんたちと一緒に暇つぶしできるのは、何もすることのない私くらいで。
ミューちゃんたちが元の姿になる時もすぐ側にいて、それは確かに驚いたし何が起こるんだろうとは思ったけれど、でも、逃げようという考えは特に思い浮かばなくて―――それが間違いだったということだろうか。
よく分からないとエドを見返すと、ハッとしたように小さく息を呑み、私の肩から手を離した。
それから、グ、と唇を軽く噛んでから、
「―――ごめん」
「どうして謝るの?」
「アウローラを責めるような言い方をしたから。だから、ごめん」
よく分からないけれど、謝ってもらうようなことをされたとも思わなかったので、私は「ううん」と首を横に振る。
すると、自分を落ち着かせるように息を長く吐いてから、エドは静かな声で続けた。
「視線を変えてみてほしい。お前ではなく、……そうだな、あの候補者の―――リリアといったか。あの少女が、お前がいた場所に座っていたとして」
頭の中に、リリアちゃんを思い浮かべる。
「お前も知ってのとおり、天上には、聖獣という強大な力を持つ存在に危害を加えられるような力の持ち主がいる」
「うん」
「その持ち主が、地上にその力を振るう。何の事前情報もなしに、だ」
「うん」
「その力が、我々地上の者らにとってどういう影響を与えるか分からない。神の力は強大だ。計り知れない。聖獣の身には善でも、人類にとっては害となり得る可能性だって当然ある」
「そうだね」
「その力を向けられたすぐ側に、神の力への対処法も知らない人間がいる。逃げもせず、自らを守りもせず、そして自らを守る術さえ知らない人間がいる。―――これを、君はどう思う」
リリアちゃんの頭上に、突然神の力が降り注ぎ、それを離れたところから見たのだとしたら……それは、きっと。
「危ないと、思うかな」
だって、リリアちゃんはきっと、防御魔法を始めとした魔法に詳しくないだろうし、だとしたら何かあった時に自分の身を守ることもできない。だから危険に違いなくて、―――あ。
「気づいたか?」
「……うん」
私は、リリアちゃんと違って魔法を扱える。
けれど、あの時の私は、何もしなかった。身を守ろうとすることさえしなかった。
それは、随分と無防備で、危険に見えるだろう。
「サイラス様をはじめ、神官一同、反省している。いくら緊急事態であったとしても、アウローラと聖獣さまだけを離れた場所に置いて、何かあった時に自分たちが即座に対応できない状況にすべきではなかった。……すまない」
「ううん、それは謝ってもらうようなことじゃないよ」
否定するが、エドは首を横に振る。
「いいや。これは神官側の過失だ。本来ならお前に言うことでもない。だからこれを伝えたのは、……俺が、」
言い淀んで、少し間を置いて、私から視線を外して言う。
「…………心配した」
小さな声だった。
周りに誰もおらず、外の音も聞こえず、私とエドの2人だけで、しかも向かい合っているから聞こえただけで、あと拳一つ分離れただけでも、きっと聞こえない程度には小さな声だった。
エドは普段から大きな声では話さない。けれど不思議と空間を通る彼の声は、時と場所を選ばずにいつでもはっきりと聞き取れる。だから、こんな風に聞き取りにくいことなんて、滅多にないはずなのに。
顔は見えない。けれど、髪の間から覗く形の整った美しい耳が真っ赤に染まっているのを見て、きっと同じ色に染まっているのだろう頬を想像させる。
「……ねえ、エド」
「…………なんだ」
「危ないことして、ごめんなさい」
素直に謝罪を口にした私に、エドは顔を逸らしたまま「別に」と言う。
「先ほども言ったように、アウローラを責めているわけではない」
「うん、知ってる。でも、エドが同じことをしたら、私も心配するし、なんなら私はちょっと怒るかも」
そう告げて、私はふふっと笑った。
相変わらずこちらを見ないエドに、ススッと近づいて肩をピタリと合わせる。
「心配してくれて、ありがとう」
相変わらず微動だにしないまま、「……そうか」とエドらしくない不自然な返答がきて、私は再び少しだけ笑った。




