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同位体の双星因果律〜金の姫は五行の摂理を紐解きます。ただし、相棒の愛は定義不能〜  作者: 迷子
序―天緋金編―

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File-37【潜入報告】船通山戦(5) ――踊るなら、もっと上手に踊りなさい


「言ったろう。『欲望に溺れた術師は『禍憑き』へと身を窶(やつ)す』と――」


 昔から聞き慣れたその声色は、この悍ましい惨状を前にしても微塵も揺らいでいない。

 ゆっくりと振り返った私の視線の先には、まるで幼子に言い聞かせるように柔和な笑みを浮かべる老紳士が立っていた。


「大叔父様……やはり、貴方でしたか……」


 鳴神家の重鎮。

 そして、幼い頃から常にその異常なまでの狂愛と信仰を私に向けてきた人物。


 男の姿を見咎めた瞬間、すでに顔の半分までが腐臭を放つ汚泥へと変わり果てた斑目が、縋るように血走った目を向けた。


「あ、主様……ッ!! 私は、私はここまで貴方様に尽くして参りました!!! どうかお助けを……!!!」

 

 肉を溶かす激痛に身を捩りながら、斑目は泥と化した腕を大叔父へと必死に伸ばす。

 しかし、彼女を見下ろす男の瞳は、凍て付いた刃のように冷酷だった。


「尽くしてきた? 私に……?」


 大叔父は、この凄惨な状況にまったく似つかわしくない無邪気な様子で首を捻った。


「はて。君は他人から与えられた権力で、ただ贅の限りを楽しんでいただけのように見えたがね」

 

 すげなく言い放ち、私の方へと優しく微笑みかけた。


「さあ、琥珀。その汚物から離れなさい。お前の美しい手が汚れてしまうよ」


「……っ、大叔父様! こいつに刻んだ『偽胎の呪印』を解呪してください! 今ならまだ、少なくとも禍憑き化は逃れられるはずです……!」


 不本意ではあるが、自分で対処できない以上、斑目を人に戻すためには諸悪の根源たるこの男に頼る他に術がない。

 私が叫んだ途端、大叔父の顔がパァッと華やいだ。

 爛々と輝く歓喜の目で私を見つめ、心底誇らしげに顔をほころばせている。


「おお……! もはや使い道のない、このような下等な土泥に対しても、その慈悲を与えるというのか……! さすがは私の琥珀だ。お前は本当に、優しく気高い子に育ったねえ」


「そんなことを言っている場合ではありません……!」


 切迫した状況と完全に噛み合わない狂気。

 言語の通じない相手に、私の頬にじっとりと嫌な汗が伝う。


 一方、絶句していたのは斑目だった。

 汚泥になりかけながらも、大叔父から吐き捨てられた言葉の意味を必死に咀嚼しようとしている。


「汚物……? 下等……? 私は……貴方様に、選ばれたはずでは……?」


「選んだ……? ああ、そうだったね。君のその狂った性癖と権力への執着心は、素晴らしい資質だと思ったのだがね。どうやら私の見立ては間違っていたようだ。その点については、謝罪しよう」


 そう言って、大叔父は泥のように崩れゆく斑目に対し、洗練された所作で優雅な一礼をしてみせた。

 そこには嘲笑や皮肉など微塵もなく、ただ心からの謝罪の意だけが見て取れた。


 しかし――。


「君は欲が深すぎる。責任をもって、私が直々に処分を下そう」


 その言葉の真意を悟った瞬間。

 私は右手に限界まで霊力を束ね、白銀の光を纏った鋭い日本刀を錬成する。

 そして――己の体に流れる血の繋がりすら呪わしく思うほどの明確な敵意を込めて、その狂人へと切っ先を突きつけた。


「お待ちください……! こいつは法で裁かれる存在! 今すぐ解呪を!」


 私が切羽詰まった声で叫ぶと、大叔父は困ったようにふっと眉を下げた。


「君の高潔な精神は賞賛に値するものだが、じいじの言うことはきちんと聞きなさい。――悪い子には、こうだよ」


 まるで駄々をこねる孫をたしなめるような、ひどく甘やかな声音。


 その直後、大叔父の周囲の空間がぐにゃりと歪み、無数の鋭利な刃が一斉に顕現した。

 しかし、その切っ先が向いていたのは、私でも、背後の斑目でもない。


 数メートル後ろに浮かぶ、ハクの光の繭と――無防備な緋月だった。


「――っ!!」


 人間の作った刃など、本来ハクには通用しない。

 だが、今は緋月という極めて脆い存在がいる。しかも、ハクは今、緋月の治癒と霊脈の安定に全神経を集中させている状態だ。


 もし、この凄まじい殺意を孕んだ刃の群れがハクたちを襲ったらどうなる?

 今の状況でハクは結界を張れるか?

 そしてその強度は?

 緋月の命は保証される?


 背後の罪人か。

 緋月とハクか。


 突きつけられた究極の二択。


「クッソジジイ……!!!」


 私は斑目を背に庇うのをやめ、ハクの繭の前に立ちはだかった。

 襲い来る無数の刃を全て己の刀で薙ぎ払う。


 ガガガッ! と金属の衝突音が響き渡る中、大叔父の心底嬉しそうな声が鼓膜を打った。


「良い子だ。琥珀ならそうすると思ったよ。じいじはなんでもお見通しだ」


「………ッ」


 私は唇を強く噛み締めた。

 既に、斑目の下腹部には――禍憑き化の起点となっている擬似丹田に、一本の銀色の刃が深々と突き刺さっていた。


 急所を貫かれた斑目が、ビクンと大きく跳ねる。


「なん、で……?」


 口からおびただしい血と泥を吐き出しながら、斑目は信じられないものを見るように大叔父を見上げた。


「我らにとって、最も重要な存在は誰だと思うかね? 答えは簡単だ。琥珀と、緋月くん。……君はただの、使い捨ての駒だよ」


 一切の情を含まない、完全なる死刑宣告。


「そんな……! 私は、貴方様に選ばれた……特別な存在……! すべてを、手に入れるはずじゃ……!」 


 自分が信じて疑わなかった前提をすべてひっくり返され、斑目は絶望と執着の混ざったうわ言を口走りながら、ボロボロと崩れていく。

 そんな彼女へ、大叔父は哀れみすら浮かべずに見下ろした。


「斑目……はて、下の名はなんだったろうか。まあ、どうでもいい。斑目くん、冥土の土産に、君にこの言葉を送ろう」


 大叔父がパチン、と指を鳴らす。


「踊るなら、もっと上手に踊りなさい」


 その直後、丹田に突き刺さっていた刃が強烈な光を放った。

 斑目の全身にまとわりついていた瘴気が一瞬にして浄化の光に包まれ、悲鳴を上げる間もなく、彼女の肉体ごとボロボロと風化していく。


 そして数秒後。

 妄執と愛憎にまみれた斑目砂羽という存在は、ただの乾いた塵となって、工場の冷たい床にサラサラと崩れ落ちた。


「…………」


 あまりにも呆気ない幕引き。

 緋月を地獄の底でいたぶり、私の姿を悪用して彼を貪ってきた女は、舞台へと引き上げた張本人によって一瞬で消し去られた。


 ――ふざけるな。


 身勝手な欲望で他人の尊厳を蹂躙した罪人が、あんな都合のいい死に逃げをしていいはずがない。

 法の下で、然るべき裁きを受けさせるはずだった。

 ハクと緋月を盾にされ、目の前で命を奪われるのをただ見ているしかなかった己の無力さに、ギリッと奥歯が鳴る。


 静寂に支配された工場の中。


「……なぜ、殺したのですか」


「なぜって、人に戻れたとしても、もう五体満足とはいかないだろう? それは彼女の望むところではなかろう……。せめてもの手向けだ」


 悪意ですらない。

 ただ純粋に、斑目のことを思ってとった行動。


「それでも……! 死んで終わりなど……!!」


 そんなこと、私が許せない。

 私は切っ先の震えを抑え込み、大叔父を真っ直ぐに睨み据えた。


「琥珀、あの女は緋月くんを危うく死なせるところだったではないか。あまつさえ、金行の次期当主は自分だなどと宣っていたそうだ。人には相応の居場所があるものだよ。それを今際の際になってすら理解できない人間など、生かしておく価値もない」

 

 緋月を、死なせる――。

 それをお前が言うのか。


 私の金色の瞳の奥に、研ぎ澄まされた刃の如き、冷たく静かな殺意が宿った。


「……緋月を殺しかけたのは貴方も同じでは? 大叔父様」


 その言葉を聞いた大叔父は、一瞬「はて、なんのことやら」とでも言いたげな、きょとんとした顔をした。

 しかし次の瞬間、合点がいったとばかりにポンッと大袈裟に手を打ち鳴らす。


「ああ、そうかそうか。賢い琥珀はすべて気付いて当然だ。ああ、なんと誇らしい……!」


 私から明確な殺意を向けられてなお、大叔父は唇の端を吊り上げ、恍惚とした笑みを深めた。


「さあ、答え合わせの時間といこう」


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