File-33【潜入報告】船通山戦(1) ――万能(ただしUIが残念)アプリと、少年の悲鳴
【時刻:二時五分】
【現在地:船通山・亀石谷――上空】
「見えた! ハク、あそこ!」
夜空から見下ろすのは、『亀石高殿鈩跡』のすぐ東。
本来なら深い原生林に覆われているはずの山腹に、ぽっかりと不自然な空白地帯が広がっている。
月明かりに照らされて浮かび上がった茶色い地肌――航空写真で見つけた『伐採跡地』だ。
《琥珀、どうする? あの広場に直接降りるか?》
「ううん、周辺の木立の中に降りて。監視カメラか生体センサーがあるかもしれないから」
ハクは短く喉を鳴らすと、伐採地から少し離れた鬱蒼とした林の中へ、音もなく滑空し、ふわりと着地した。
上空でも薄々感じていたが、地に降り立つと、いっそう鮮明になった。
強大な水神の力が私たちの『金』の力を根こそぎ吸い取ろうとしてくるのだ。
「うっ……これ、かなりキツいな。ハク、ちょっと邪魔かもしれないけど、姫ちゃんからもらった守護具を付けよう」
金の力が強いほど、水神はその力を奪い取ろうとする。
私ですら目眩を起こしそうなほどの吸引力だ。
神獣であるハクの方が、ずっと辛いだろう。
私は急いでポケットから黄玉の守護具を取り出し、ハクの太い首に革紐を回す。続いて自分にもチョーカーを巻いた。
すると、先ほどまでの嫌な脱力感が嘘のように消え去った。
「ハク、平気?」
《うむ。少々窮屈だが、仕方ない》
神獣にもしっかり効果が出ているようで、ホッと息をついた。
ふと、己の霊力が底上げされているような、体内でより力強く脈打つ感覚に気づく。
「――これ、『土生金』の効果もある…?」
《土は金を育む存在だ。金の力が増すのも道理だろう》
「うぅーー、姫ちゃん……!」
私は両手を合わせ、感謝の思いで夜空を見上げた。
暗い雲の向こうで、沙羅姫がウインクしている幻影が見えた気がした。
時刻は二時十分。
斑目の到着予想時刻まであと五十分。
彼女の到着までに緋月を奪還するには十分な時間だ。
「よし、入り口探しだ」
気を取り直し、私たちは林の影に身を潜めながら、伐採跡地に沿って進んでいく。
月明かりがあるとはいえ、あたりは暗い。
私は歩みを止め、両目のまぶたに軽く指を添えた。
「――銀鏡結像」
指先から霊力を流し込むと、眼球の表面に淡く光る銀色の幾何学模様――極薄の金属結晶のレンズが展開される。
瞬きを一つすると、暗闇に沈んでいた森の景色が、まるで白昼のように明るく、そして数十メートル先の木の葉の脈まで鮮明に映し出された。
金行の術式の一つ。
微弱な光を曇りなき鏡のように屈折・増幅させる即席の眼鏡だ。
視線を巡らせ、航空写真に写っていた「うねるような白い筋」――重機が通ったと思われる轍の跡を辿る。
その轍は、鬱蒼とした杉林が覆い被さる急斜面、その切り立った岩肌の目の前でプツリと途切れていた。
「……行き止まり?」
《いや。よく見ろ、琥珀》
ハクに促され、拡張した視覚でさらに岩肌をズームして目を凝らす。
一見すると、ただの崩落した赤茶けた岩壁だ。
だが――。
「あそこだけ土の気が周囲より薄い……。むしろ金……岩肌を模した、金属製の扉だ……!」
霊気だけではない。
拡大すると、ひび割れや土くれがどこか規則的に配置されているのがわかる。
一部を注視しなければわからない、巧妙なフェイクだ。
「これは……航空写真も一般の目もごまかせるわけだ」
林に紛れ、その巨岩、もとい金属扉に慎重に近づく。
フォーカスで見ると、セキュリティと思われる装置があった。
指紋認証と網膜認証だろうか。
「……これがあってよかった。危うく扉を吹き飛ばして入らなきゃいけないところだったよ」
そう、私が取り出したのは沙羅姫から支給されたあのポップな説明書きがあった端末――
☆傑作・ハッキング専用端末☆
である。
画面をつけると、これまたファンシーなアプリ画面が展開された。
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ハッカーさん、ようこそですっ(ノ*>∀<)ノ♡
さぁ、あなたの霊力でこの端末と対象を
ピトッと繋いじゃってくださいっ♪
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「……ピトッと、ね」
緊迫感を根こそぎ奪っていく文面に小さく毒づきながらも、アプリの指示どおり手元の端末へと静かに自身の霊力を流し込む。
私の指先から霊力の糸が伸び、数十メートル先のセキュリティパネルへと『ピトッ』と吸着する感覚があった。
同時に、ふざけたUI画面の裏側で、土御門の粋を集めたであろう凄まじい速度の演算プログラムが走り始める。
――カチッ。
十秒も経たないうちに、重厚な金属扉の奥からロックが外れる低い音が響いた。
直後、ズズズ……と地響きのような重低音を鳴らし、巨大な岩肌の一部が滑らかに横へとスライドしていく。
擬岩の隙間から、無機質な人工の光が漏れ出した。
手元の端末の画面が切り替わり、またしてもファンシーな文字が躍る。
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ロック解除完了ですっ( ⁎ᵕᴗᵕ⁎ )❤︎
今のうちにどうぞ中へ〜っ☆
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「行こう!」
私たちは音もなく地面を蹴り、開いたばかりの隙間から施設内へと滑り込んだ。
内部に足を踏み入れた途端、背後の扉が再び動き出し、ガコンッという重い音を立てて完全に閉ざされる。
外の夜の気配が完全に遮断された。
扉の向こう側には、外の山間の風景とは真逆の、近代的な空間が広がっていた。
壁や床は霊力や外気を完全に遮断するためか、鈍く光る鉛色の分厚い特殊合金のパネルで隙間なく覆われている。
まるでサイバーパンクの映画に出てくるような、冷たく無機質な金属のトンネルだ。
視線を上げると、天井には極太の冷却パイプが何本も這うようにして奥へと伸びていた。
分厚い金属管の奥から、大量の水がドクドクと勢いよく流れる重い音が響いてくる。
『ピコン♪』
軽い電子音が鳴り、手元の端末が新たなメッセージを表示した。
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内部のセキュリティも制圧済みですっ(๑•̀ㅂ•́)و✧
ガンガンいきましょー!
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「……くっ、このUIにしてこの有能さ……惜しい、惜しすぎる」
まともなデザインなら完璧だったのに。あまりのアンバランスさに、私は思わず頭を抱えた。
《早く行くぞ、時間がないのだろう》
ハクのひどく冷静なツッコミに我に返り、私はコホンと咳払いをして端末をジャケットのポケットにねじ込んで、ハクの背に跨った。
冷たい金属のトンネルを、一直線に駆け抜ける。
端末の言葉通り、道中のセキュリティは完全に沈黙していた。
天井のあちこちに設置された、霊力を弾丸として撃ち出す無人機銃。
本来なら侵入者を微塵切りにするはずのそれらは力なく砲身を垂らし、赤い照準センサーも完全に明かりを落としている。
もしあの端末がなければ、ここを通るだけでかなりのタイムロスになっていたはずだ。
一本道での伏兵や罠を警戒しつつも、ハクの脚力で一キロほどの下り坂を一気に走破した。
張り詰めた空気の中を進むうち、不意に視界が開ける。
無機質な金属パネルの壁が途切れ、その先に、突然土と石に囲まれた広い空間が現れたのだ。
「……これが、遺構の跡」
私はハクから降り、周囲を見渡した。
掘り返された地面には、土層や石組みの断面が露わになっている。
古い構造を大きく削り取り、その内側に現代の設備を押し込んだような、ひどく不自然な光景だった。
たたら製鉄の遺構を起点に、地下工場を造った。
記録院で立てた仮説が、目の前の光景と重なる。
やはり、ここだったのだ。
今しがた駆け抜けてきた長い坑道も、一から掘ったわけではない。
空間の両脇に残された小舟。
このトンネル状の遺構を使って、山の内部へ向かって空間を拡張したのだろう。
足場として敷かれた無機質な金属格子越しに、空間の底が見えた。
そこには、青黒い水が脈打つように流れている。
格子の隙間から水面が揺れるのが見えるたび、濃密な気配が足元から這い上がってくる。
首元のチョーカーが微かに熱を帯びた。
肌が粟立つほどの、強大で濃密な水神の気。
この守護具がなければ、格子の下から立ち昇る水神の気に触れただけで、私の霊力は一瞬で空にされていただろう。
さらに奥、最深部の重厚な扉へ向かって駆け出そうとしたとき――無機質な壁沿いに並ぶ、運搬用のトロッコが視界に入った。
足を止める時間はない。
だが、横目に映ったその中身に、私は思わず息を呑んだ。
白い石膏の破片と、溶け固まった蝋。
使い捨てられた鋳型の残骸だ。
それが、いくつものトロッコに山積みにされ、事務的に仕分けられている。
あのオークションで見た、三百本の呪槍。
その完成品を生み出すために使われた『抜け殻』が、ただの無機質なゴミとして整然と処理を待っている。
緋月の体から無理やり力を搾り取り、呪具を鋳造する。
その凄惨な拷問すら、ここでは特別なことでも何でもない、ただの『日常業務』としてシステム化されているのだ。
胃の底からドロドロとした嫌悪感が這い上がってくる。
緋月という一人の人間が、ただの資源として消費されている現実。
私は込み上げる吐き気を飲み込むように、浅く、鋭く息を吐き出した。
最深部の扉を睨みつけ、一気に駆け抜けようとした――その時だった。
『――ぁぁあああああぁぁぁッッ!!』
奥深くから、分厚い金属扉越しにすら鼓膜を裂くような絶叫が反響した。
あの頃とは違う、声変わりを終えた少年のような声。
それでも、聞き間違えるはずがなかった。
「緋月……ッ!」
時刻は二時三九分。
「斑目の到着が予想より早い……ッ!?」
《琥珀、乗れ!》
ハクの背に飛び乗るのと同時。
白虎は銀色の疾風となり、悲鳴の上がった最深部へと駆け出した。




