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同位体の双星因果律〜金の姫は五行の摂理を紐解きます。ただし、相棒の愛は定義不能〜  作者: 迷子
序―天緋金編―

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File-30【潜入報告】人の営みに導かれし因果 ――片付けは後回しです

【時刻:零時二五分】

【現在地:鳴神家・記録院最深部――最重要保管庫】


 私たちは残った二つの候補地について、『金行』の気脈を確認した。

 結果から言えば、どちらも申し分なしだった。


 一つ目の『船通山』。


 スサノオが倒した大蛇の尾から神剣『草薙剣』が見つかったという有名な伝説は、この地で良質な砂鉄が採れ、鉄を生み出していたことの暗喩とされている。

 まさに、日本のたたら製鉄を語るうえで欠かせない聖地。

 当然、金の気脈は太く力強い。


 二つ目の『玉峰山』も、その名の通り『玉作(たまつくり)の神』が鎮座する霊峰だけあって、船通山に負けず劣らず強大な金の気を放っていた。


「よし、どっちも『金』と『水』の条件はクリアしてるね。次は、天緋金の精製に絶対欠かせない『火行(朱)』の力だけど――」


 図面上で二つの山を覆う霊脈の色を確認し、私は思わず首を傾げた。


「……どこも火の力が微弱だな」


 図面上、朱色で描かれた火の霊脈は、他に比べて明らかに細く、頼りなかった。


《当然だ。奥出雲には活火山がない。大地の底から湧き上がるような天然の火行など、この土地には元々存在しないのだからな》


「あ、そっか……。この図面は、人間が大規模なたたら製鉄で『人工の火』をガンガン燃やし始める前の、本来の自然な霊脈だもんね」


 口に出した直後。


 ――人工の火。

 私は、ふとその自分の言葉を頭の中で反芻した。

 そして、ある可能性に辿り着く。


「……千年もの間、人間がたたら製鉄で途方もない規模の『火』を燃やし続けた結果……後天的に火の霊脈がこの地に根付いたとしたら……!?」 


 私は床から弾かれたように立ち上がり、『火行』の書架へと駆け出した。


 目当ては、奥出雲のたたら製鉄が最も栄えた全盛期――『江戸時代後期』から現代に至るまでの火行霊脈図だ。

 保管箱の絡繰錠(からくりじょう)を次々と解除し、数百年の記録が記された図面をひっつかんで元の場所へ戻る。


「ハク、ちょっとごめん!」


 ハクを押し退けるようにして、千年前の原初霊脈図の隣に、江戸時代、明治、そして現代の図面をバサバサと並べて広げた。


「やっぱり……! 火の霊脈が強くなってる!」


 私の予想は的中していた。

 千年前の原初図では弱々しかった朱色の気脈が、たたら製鉄の最盛期である江戸時代の図面では、まるで別物のように太く、力強く脈打っていたのだ。


 人間の営みが、後天的に大地の霊脈そのものを変化させていた。


「船通山だ……ハク、船通山だよ!」


 玉峰山も『玉作』の金行は強いが、大規模な製鉄の歴史――この圧倒的な『火』の力では船通山に遠く及ばない。

 水、金、そして火。

 天緋金の精製に必要な三つの条件が揃うのは、船通山しかない。


 だが――。


《喜ぶのは早いぞ、琥珀。次は『船通山のどこか』だな》


「ああ……うん……そうだね……」


 言われてみれば、その通りだ。

 船通山は標高千百メートルを超える巨大な山。

 「船通山にあります」なんて、広大すぎて具体的な場所の特定には全く至っていない。


 喜びから一転、私はズーンと重く肩を落とした。

 ここから先は、地形や霊脈図という『点』ではなく、土地の権利や人の動きという『線』から絞り込むしかない。


「……船通山の開発記録や、過去の土地の売買記録を調べれば、不自然な立ち入り禁止区画とかが分かるはず。よし、移動しよう」


 気を取り直し、私は別の書架へと踵(きびす)を返そうとした。


《おい》


 その背中に、ハクのひときわ冷ややかな声が刺さる。


《この広げた大量の図面の片付けは、どうする気だ?》


「…………」


 振り返ると、そこには床一面に散乱した数百年分の貴重な図面と、いくつもの桐箱。泥棒が入った後のような惨状だった。

 ジト目を向けてくる神獣からそっと視線を逸らし、私は真顔で宣言した。


「……時間がないので後でやります」


《ハァ…………》


 ハクの呆れ果てた深いため息が、静まり返った記録院に虚しく響き渡った。



⭐︎



【時刻:一時五分】

【現在地:鳴神家・記録院――一般保管庫】


「お、こっちになら資料が残ってる」


 最重要保管庫から一般保管庫へと場所を移した私は、ホッと息を吐いた。


 なぜなら、最重要保管庫にある船通山の開発記録はごっそり誰かに持ち出されていたのだ。こんな芸当ができるのは、お祖父様か、あるいは――。


「ま、無いものはしょうがない! 斑目がこっちに到着するまであと二時間に迫ってる。なるはやで見つけよう」


 気を取り直して、手元の遺構図と、奥出雲の旧地図、そして空中に展開した現代地図を見比べる。


《で、どこに製造拠点があるというのだ? 私は人間のちまちました開拓史などわからぬぞ》


 ハクは数百年に一度現世に顕現する神獣だ。

 神様や霊脈には詳しくても、人間が山を開拓してきた歴史には興味がなかったのだろう。


「まず一つ目は、製品や材料を流通させられる経路があるかどうかがポイントだね。船通山の登山道に入ってしまったら、運搬は難しい。あくまで車がアクセス可能な林道沿いが望ましい」


 空中に浮かぶ一際険しい船通山本山に、指先でバツマークをつける。


「次に目をつけたいのは、歴史的な遺構が残っているかどうか。船通山の山域はたたら製鉄の名残がかなり残ってる。一からどこかに工場をデカデカ作るより、その名残を使う方が効率がいいし、製鉄跡を入り口にして地下に潜れば隠蔽も可能だ。で、着目するのは、ここ」


 私は二つの谷に丸をつける。


「船通山山域東寄りの亀石谷と、西寄りの双子谷だ。地下を利用するなら、この山域の中にある四つの遺構が有力」


 亀石谷に三つ、双子谷に一つ、計四つのチェックマークをつける。


《どうしてここが有力候補なのだ?》


「たたら製鉄の様式の違いだよ。このマークを付けた場所は『高殿(たかどの)式』っていって、炉の湿気を防いで、安定した操業ができるように、地下にも色んな設備を設ける様式なんだ」


 私は空中に浮かぶ資料の中から、高殿式の断面図を引っ張り出してハクに見せた。


「ほら、地下を数メートルも深く掘り下げて、石や粘土、木炭を何層も敷き詰めた地下施設があるでしょ? さらに注目してほしいのはここ。中央の炉の両脇に造られた『小舟』っていうトンネル状の空間だよ」


 私は図面の中の、かまぼこ型の空洞部分をトントンと指差す。


「一から硬い岩盤を掘るより、昔の人が作ったこの地下空間やトンネルを入り口の足掛かりにする方が、圧倒的に早く、しかも重機の音を誤魔化して地下工場を造れる」


《なるほどな。元からある巨大な空間を隠れ蓑にしたというわけか。だが、双子谷の方は畑になっているな》


「そう! あとは現在の地形で絞ればいい。双子谷の遺構は近くが農園として開拓されちゃってるから、人の目が多くて秘密裏に資材を搬入するには不向き」


 私は双子谷のチェックマークにバツをつけた。

 残るは亀石谷の三つの遺構。


「で、亀石谷にも複数の候補地があるんだけど、私が特に気になるのはここ」


 林道中腹にある一箇所を丸で囲う。


「『亀石高殿鈩跡(かめいしたかどのたたらあと)』――この付近の旧地図を見て。この遺跡のすぐ近くから旧道が東側に伸びてる。で、旧道近くには伐採地として切り拓かれた跡があるの」


 空中に展開された航空写真を拡大する。

 そこは、周囲の深い緑に対して、この一帯だけ樹木が刈り取られ、茶色の地肌が露出していた。

 はげ山の中央を横断するように、うねうねとした重機によるであろう轍(わだち)が延びている。


 地下構造が残る遺構。

 その付近から伸びる旧道。

 そして、伐採跡地。


「森林の伐採には、行政と船通山を管理する鳴神家、両方の認可がいるんだけど……」


 私はニヤリと目を細め、その『伐採跡地』を指先で叩いた。


「ここ、怪しい要素しかなくない?」



⭐︎



【時刻:一時四十分】

【現在地:鳴神家・記録院――正門】


 めぼしい資料をスキャンし終えた私は、記録院を後にしようとしていた。


「よし、ハク! 斑目が到着するまで、あと一時間半切ってる! 急ごう!」


 門を過ぎようとした、その時だった。

 

「おお、琥珀! こんな夜更けにどうしたんだい?」


 足音も、気配すらもなく、唐突に視界に入り込んできた男。


(――びっっくりしたあ……)


「……こんばんは。大叔父様」


 私は驚きを抑え、顔にお得意の営業スマイルを貼り付けた。


「五年も会えなかったというのに、今日は二度も琥珀に会えるとは……じいじ感激! 結界の補修に勤しんだ甲斐があるというもの! ――そして、白虎様。ご機嫌麗しゅうございます」


 はしゃいだ声を上げたかと思えば、大叔父はハクに向かって、老紳士にふさわしく恭しい礼をした。


(あ、この人も結界補修に駆り出されてたんだ……)


 視界の隅でハクをチラリと見るも、スンと鼻を鳴らしただけで取り合おうとしていなかった。

 斑目到着のタイムリミットが迫っている中でこの男に出くわそうとは。

 これ以上、もたついている暇は一秒たりともない。


「それでは、私はもう休みますので」


「おお、そうかね……。こんな偶然、滅多にないというのに……」


 私が足早に立ち去ろうとすると、大叔父はひどく大袈裟に肩を落としてみせた。


 しかし、すれ違いざま。


「……知っているかい、琥珀。古い文献によれば、欲望に溺れた術師は『禍憑(まがつ)き』へと身を窶(やつ)すそうだ」


「え……?」


 甘ったるい好々爺のトーンから一転。

 耳元に落とされた金属のような冷たい声に、私は思わず足を止めた。


 振り返ると、大叔父はこちらを見つめていた。

 まるで刃の表面を覗き込んだかのような、一切の感情を排した、無機質で底知れぬ瞳。


「これ以上欲を出さず、今晩は自室でゆっくり休むといい。――夜遊びは、ほどほどにね」


 大叔父はそれだけ言い残すと、コツ、コツと規則正しい足音を響かせて暗い廊下の奥へと立ち去っていった。


(欲に溺れた術師が、禍憑きに……? そんなの、聞いたことない)


 双星比和を拒んだ術師が禍憑きへと成り果てる話は、沙羅姫から聞いた。

 だが、術師が禍憑き化する現象はそれだけではない?

 そもそも欲に溺れたとはどういう――。

 

《………琥珀、急ぐぞ》


 渦巻く疑問を断ち切るように、ハクの低く押し殺すような声が響き、私は我に返った。


「うん。行こう、船通山に」


 細かいことはすべて後だ。

 最優先事項は、斑目とその裏に潜んでいる連中から、緋月を助け出すこと。


 私は記録院を飛び出すと、ハクの背に飛び乗る。

 夜の闇を切り裂くように、私たちは決戦の地・船通山に向けて夜空へと駆け上がった。


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