File-28【潜入報告】奥出雲原初霊脈図(2) ――ドヤ顔の神獣にジト目を一つ
【時刻:二三時〇〇分】
【現在地:鳴神家・記録院最深部――最重要保管庫】
別の書架区画から、私はある古い図面を引っ張り出した。
『鳴神家直轄霊地図録』――鳴神の当主が代々管理してきた、奥出雲における呪術的な要衝を記した極秘資料だ。
この手の記録は、十二歳の事件後から三年間、狂ったように漁り続け、頭に叩き込んできた。
捜索に一切の迷いはない。
工場の隠蔽に『強大な水神の気』が必要になるというポイントは変わらない。
鳴神家は、千年もの間その水神を鎮め、管理してきた一族だ。
長い歴史のなかで直轄地が多少変化したとしても、水神の力が最も強い『根本の場所』が鍵になる。
であれば、現在の管理地を見るより、千年前の霊脈図と当時の直轄図を照らし合わせるのが、真の拠点を割り出す最も確実なルートだろう。
「まず、さっきの水神の気が強い場所と被るけど――『船通山』、『鬼の舌震』、そして『玉峰山』の三つだね」
空中に展開したホログラムの現代地図に光るピンを立てながら、私はハクに視線を向けた。
「船通山と玉峰山は、定期的な祭事もあるし、修験者や神職の出入りがある。だから、管理やメンテナンスは必須だね」
《ふむ。対して『鬼の舌震』は、あの尋常ならざる荒々しい地形だ。人間の出入りは難しいのではないか?》
「そうみたい。だからあそこは日常的な管理はされてなくて、半世紀に一度だけ、今も残っている『呪圧』を鳴神家の当主が直接赴いて封印することになってる」
そこで私は一度言葉を切り、別の角度で図面を見ることにした。
「あと、水神の力が強いだけじゃなくて、『土着神との繋がりが深い場所』も要注意だよね。神域そのものが、工場から漏れる霊力の完璧な隠れ蓑になるから」
私の言葉に、ハクが静かに頷く。
私は霊脈図をなぞり、水神の霊脈と土着神の神域が重なるポイントを探っていく。
「ええと……鬼神、船燈山、玉日女、伊賀多氣、玉作、三澤……六つかあ。意外とあるね」
《奥出雲一帯は、古くから水の神々と深く結びついた土地だ。連中を鎮めるための神域が多いのは仕方なかろう》
「それもそうかぁ……」
納得しつつ、私は一つ一つの神域の性質を分析し始める。
「まず、『玉日女』は玉日女命と直接関係してそうだよね?」
《そうだな。そこはあの女神を祀っていたはずだ》
「玉日女命は鬼の舌震を形成した女神様って話だよね。それを祀っているってことは、この二つの場所は霊的に繋がりが強い、ワンセットの神域と言えそうだね」
《それで言えば、『鬼神』、『船燈山』、『伊賀多氣』もそうだぞ》
ハクが霊脈図を前足でトントンと叩く。
《あの一帯は、二つの強固な縁で結ばれている。一つは『神の繋がり』だ。まず、スサノオが降り立ったのが『船通山』。そして、そのスサノオの子であるイソタケルを祀るのが『鬼神』であり、裏手にある御陵、つまり墓が『船燈山』だ》
「親であるスサノオの船通山に対して、子であるイソタケルを軸に『鬼神』と『船燈山』が繋がってるんだね」
《うむ。イソタケルを単独で祀る『伊賀多氣』もその系譜だ。さらにもう一つが『水系の繋がり』だな。これらの地はすべて、船通山を源流とする斐伊川の上流域に位置している》
「源流の山から続く一本の川と、スサノオ親子の系譜……。船通山、鬼神、船燈山、伊賀多氣は、地理的にも呪術的にも完全にワンセットってことか」
私は図面上の玉日女、鬼神、伊賀多氣の位置を、現代のマップと照らし合わせていく。
すると、ある地点の周囲に、小さな光点――現代の民家や生活道路を示すデータが密集していることに気がついた。
「待って。伊賀多氣の周辺、現代だと民家の集落の中に入っちゃってる。玉日女も、すっぽり田園集落の中」
マップを拡大しながら、私は首を振った。
「いくら神域が隠れ蓑になるとはいえ、人知れず大量の呪具を作る生産拠点には向かないね」
《物理的な搬入や人の出入りで必ずボロが出るだろうな》
私たちは迷いなく、玉日女と伊賀多氣の二つを拠点の可能性から排除した。
「鬼神も集落沿いではあるけど――隠れ蓑として使えそうなのは、すぐ裏手の船燈山が本命かな」
《そうだな。鬼神そのものでは、人の目を避けきれぬ》
これで鬼神は外れる。
私は船燈山にのみピン立てした。
「次は『玉作』だけど、この霊脈図では玉峰山の山内に記されてる。いかにも水神のパワースポットって感じがする。人の目も避けられそうだし」
《うむ。そこは、鉱物や玉作を司る大地の気と、滝の水気が混ざり合う、非常に特異な霊脈を持っている。玉を作る者だけの山ではない。山から流れ出る水もまた、玉を育てる神の恵みとして崇められていたのだ》
「天緋金っていう金属を扱う拠点としては、これ以上ないカモフラージュになりそう……。最後、『三澤』だけど――ここは神様がこの地の水で沐浴して健康を取り戻したって伝承があるよね」
《アヂスキタカヒコネのことだな》
ハクは少しだけ目を細め、図面の端の方を指し示した。
《確かに霊験あらたかな水の地ではある。だが、その霊脈はあくまで支流――》
「つまり、天緋金を隠蔽できるほどの大きな霊脈ではない」
これで三澤も排除された。
「それじゃあ、鳴神家の管理地として拠点になりそうなのは……船通山、船燈山、鬼の舌震、玉峰山の四つに絞られたね」
残るは、当主の目を掻い潜れる場所――。
「鬼の舌震は、当主が直接出向くのは半世紀に一度。水神の霊脈も強くて、お祖父様の目を盗むのにも打ってつけの場所だよね。ただ、大量の呪具を製造して、そこから流通させる拠点としては……」
ホログラム上に3Dマップを映し出す。
地形は、切り立った両岸、巨岩、急流、深淵が連続している。
渓谷沿いにあるのは、歩ける程度の遊歩道のみ。
「ここもなしかな。この地形じゃ、大量の製品を運び出す経路を確保できない」
これで、鬼の舌震も除外。
「残るは、船通山、船燈山、玉峰山の三つか……。いずれもお祖父様の直轄管理下にある場所、ね」
マップと古い和紙を交互に見比べすぎて、目がシパシパしてきた。
疲労の色が確実に滲んできているのが自分でもわかる。
ふと、思考の引っかかりを覚えて、私は手を止めた。
「……待って。私、水神の気ばかりに注目してたけど、『相生』はどうだっけ」
《金生水、か》
「そう。水神の力が強すぎたり偏りすぎたりすると、逆に金の力が吸い尽くされて、術が機能しなくなる。でも、天緋金を精製して呪具の工場を回すには、膨大な『金』の力が必要不可欠……」
言葉を区切り、私は思考を巡らせる。
いや、金の力だけじゃ足りない。あの呪具はそもそも鋳造品だ。
「……鋳造するためには、主原料である『金』はもちろんだけど、それをドロドロに溶解するための超火力――『火』の力が絶対にいる。そして、鋳造後の冷却に必要な、大量の『水』も」
《なるほど。金生水の理だけではなく、製造工程そのものにも金・火・水の力が必須というわけか》
「うん。だから、ただ水神の力が強いだけの場所じゃダメなんだ。まずは、金からあたってみよう」
新たなピースをはめるため、私は原初霊脈図に再び視線を落とし、金を表す白い線を追う。
「……あ、船燈山のあたり、金の力が弱い」
図面上、船燈山を囲む金行の『白』は、異様なほどに細く、弱々しかった。
代わりにその土地を我が物顔で支配していたのは、木行を示す『翠』の気脈だ。
無数の太い翠の線が、まるで獲物を締め上げる大蛇か蔦のように白い気脈に絡みつき、その力を完全に押さえ込んでいる。
「金剋木――本来なら金が木を制するはずなのに、船燈山は木行の気に完全に支配されてて、金の力がびっくりするくらい微弱だ」
《ふん。そんなこと、私は先から気づいておったぞ》
私の呟きに、ハクが待っていましたとばかりに鼻を鳴らした。
《あそこは木の神であるイソタケルの御陵だ。強大な木行が土地の底まで根を張り巡らせ、あの一帯を掌握している。通常の五行の相生・相剋すら意味をなさぬほどにな》
いかにも『我輩はすべてお見通しである』と言わんばかりに得意げに胸を張るハクに、私は無言でジト目を向けた。
「……気づいてたなら、私が水神の霊脈の推理でドヤ顔してた時に言ってよ」
《フン、己の目で気づいてこそ知識は身につくというものだ》
(一刻も早く緋月を助けたいのに、この相棒ときたら……)
しかし、ハクにばかり頼ってはいられない。
ひとまず、船燈山では金の力はおろか、水も火も、天緋金の加工を賄えるほどのエネルギーは出せないだろう。
どれだけ優れた術師といえど、神様のお膝元では、その力も思うようには振るえない。
「じゃあ、船燈山は候補から落とすよ。他の二箇所だけど――」
気を取り直して、霊脈図に目を向けた時だった。
静寂に包まれた記録院の中で手元の端末が短く震え、沙羅姫からメッセージが届いたことを知らせた。
【0:05】姫ちゃん:
『ターゲット移動開始。ミナミのレンタカーショップから軽自動車で出発』
「動いた……!」
すかさず、私は斑目の指輪に仕込んでおいた追跡印の位置情報を手元の端末に展開した。
しかし、その座標を見た瞬間、私は思わず目を丸くした。
「……し、質屋?」
マップ上で光る点は、移動している斑目本人ではなく、大阪のど真ん中にある深夜営業の質屋でピタリと止まっていた。
現在、本人はレンタカーで移動中。
つまり、あの指輪はすでに売られたか、借金のカタに取られたということだ。
(……もしかして、身ぐるみ剥がされてる……?)
私の脳裏に、オークションでの高慢な姿がよぎる。
もし、沙羅姫の手回しによって個人の口座からカードまでが完全に凍結され、手持ちの現物を売り払うしかなくなっていたとしたら――。
沙羅姫の放った『経済制裁』が、いかに血も涙もない徹底的なものだったか。
あの指輪の現在地と「軽自動車」という響きが、全てを物語っていた。
(絶対に……一生、姫ちゃんだけは敵に回さないようにしよう……)
私は心の中で固く誓い、ブルッと身震いした。
【0:07】姫ちゃん:
『まさか、レンタカーで移動するとは思わなかったわ。明日の始発までは足止めできる手筈だったのだけど、ごめんなさいね』
(そっか、姫ちゃんは根っからのお嬢様だもんなあ……。深夜にレンタカーで爆走なんて考えないか)
だが、悠長に納得している余裕はない。
斑目が乗っているのは軽自動車。
車体の物理的な限界を考慮すると、常識的に考えれば、どれだけ急いでも、奥出雲に到着するのは早くて三時間後か。
あのプライドと自己顕示欲の塊のような女が、全てを失い、なけなしの金で借りた軽自動車を夜道で走らせているのだ。
極限の焦燥と絶望に追い詰められ、後がなくなった彼女は、もはや冷静な判断などできる状態にない。
そんな狂乱状態であの女が拠点に辿り着いた時、失った地位と金を取り戻すための『道具』として、緋月に何をするか――。
最悪の想像に、背筋が凍りついた。
「必ず、斑目より先に緋月の所に行かなくちゃ。ハクも、出し惜しみなしで頼むよ」
相棒に声をかけ、私は再び原初霊脈図に向き直った。




