File-27【潜入報告】奥出雲原初霊脈図(1) ――警備がザルすぎました
琥珀パートに戻ります。
奥出雲の謎をめぐる推理を、琥珀・ハクと共にお楽しみください。
【時刻:二二時〇〇分】
【現在地:鳴神家・記録院最深部――最重要保管庫】
鳴神家本邸の山を覆う大結界を派手に吹き飛ばしてしまったのは、完全にノリと勢いだったわけだが――。
冷静になって考えてみれば、これ以上の好条件はなかった。
配備された警備の術師たちは外周の修復に総出で駆り出され、本邸内部の警備はスッカラカン。
当主をはじめとする本家の重鎮たちや、水面下でコソコソ動いている連中も、今頃はこの前代未聞の大騒ぎの対応で手一杯だろう。
(うん。結果オーライ、大正解)
さらに、かつて大人たちの目を盗んで記録院に通い続け、独学で解き明かした『結界の抜け道』――その成果を存分に活用させてもらった結果がこれだ。
「――あっさり入れちゃった」
私は誰もいない静まり返った保管庫の中で、ポツンと独りごつ。
《外は大惨事だ。そう得意げになることではないぞ》
光の粒子を集め、背後に顕現したハクが呆れたように鼻を鳴らす。
「もー、ハクは真面目だなあ。さ、お目当てのものを探すよ。ハクも手伝ってね。なんてったって、千年前――平安時代まで遡らなきゃいけないんだから」
ハクの深い溜め息を背中で受け流しつつ、以前マッピングした知識を総動員して、広大な保管庫の奥へと進んだ。
書架の配置から五行の法則を読み解き、目当ての区画へたどり着く。
だが――。
「……うわ、さすが千年の歴史。法則通りに絞り込んでも、まだこれだけあるか。一つずつ開けてたら時間が……」
《……私が絞り込もう》
舌打ちしかけた私を遮り、ハクがふいっと鼻先を伸ばした。
《探しているのは、大地の設計図たる『原初霊脈図』だろう? ならば、たとえ千年前の紙切れであろうと、そこには必ず五行が入り混じった濃密な霊的残滓が染み付いているはずだ。私の鼻なら容易く嗅ぎ分けられる》
「ハク……神様……!」
私は思わず、目の前の頼もしい相棒に尊敬の眼差しを向けた。
《フン。私は神ではなく神獣だ》
ハクは照れ隠しのようにぷいっと顔を背けつつ、その鋭い嗅覚で一角に積まれていた桐箱をいくつかピックアップしてくれた。
そうして、私はハクが指定した箱を片っ端から開けていく。
箱に掛かっているのは、無理に壊せば本邸の警備員が総出で出張ってくる金行特製の『絡繰錠』。
コンマ一ミリ単位の金属操作ができる上位の術者しか開けられない精巧なパズルだが――ここは私の独壇場だ。
錠前に指を添え、内部の複雑なシリンダーを霊力で直接動かしていく。
カチャリ、と。
警報一つ鳴らすことなく解錠することができた。
まず、一つ目を開ける。
……違う、これは古い寺社の寄進録だ。
すぐさま二つ目の錠を同じように外す。
これもハズレ。
慣れた手つきで次々と確認作業を進め――七個目に差し掛かった時。
「……あった」
私は小さく息を呑んだ。
劣化した和紙に描かれていたのは、探していた千年前の『奥出雲原初霊脈図』だった。
「ハクお手柄!!」
私は思わず声を弾ませ、劣化した和紙を破らないよう慎重に床の上に広げた。
そこに記されていたのは、現代の正確な測量地図とは似ても似つかない、禍々しくも美しい『五行の理が息づく大地の設計図』だった。
色褪せた墨で描かれた奥出雲の山々は、まるでうねる巨大な大蛇のよう。
その間を縫うように、木(翠)、火(朱)、土(黄)、金(白)、水(蒼)――五つの気脈が、極彩色の血管のように複雑に絡み合いながら脈打っている。
これが、人間の手による大規模な開発が入る前……五行が自然の摂理に従って流れる、本来の霊脈。
《見事な霊脈図だ。だが……情報量が多すぎるな。五行の気がこれほど複雑に絡み合っていては、どこから生産拠点を見つけ出せばいい?》
広げられた図面を見下ろし、ハクが鼻を鳴らす。
私は図面上の川の流れを指でなぞりながら、思考を整理するように口を開いた。
「大丈夫。拠点を絞り込むための絶対条件は決まってる。まずは図面のここ――」
私は、極彩色の気脈の中でもひときわ太く、禍々しいほどの存在感を放つ『蒼い線』を指でなぞった。
「奥出雲の中で、最も突出して強大なのがこの『水行』の力。水行の湊の探知呪式ですら吹き飛ばすほどだし。ヤマタノオロチ伝説で神話クラスの化け物として語り継がれるくらい、この土地の『水神の気』はケタ外れに強い」
《なるほど。他を圧倒する巨大な水神の霊脈が、天然の分厚いヴェールになるというわけか》
「うん。天緋金の大量生産なんてやったら、普通なら強大な霊力がダダ漏れになって一瞬で足がつく。それを完全に覆い隠すには、奥出雲の『水神の霊脈』の奥底に沈めるのが一番合理的」
「それと、私たち鳴神家は古くから奥出雲の霊脈と土着神を管理してきた一族だ。その管理の総括をしているのは、当主であるお祖父様」
ここで私は、あえて一番嫌な可能性を口にした。
「だから、怪しい場所の条件はさらに絞られる。一つは『管理者であるお祖父様が一枚噛んでいるか、黙認している場所』。もしくは……『当主であるお祖父様ですら、おいそれとは立ち入れない場所』」
《ふむ……。可能性としては、どちらもあり得るだろうな》
鳴神家の詰め込み教育を受けてきた私の知識と、千年の歴史を見てきたハクの記憶。
そしてこの原初霊脈図の情報を総動員して重ね合わせれば、隠し場所のボロは必ず剥がせる。
「まずは第一関門。天緋金の膨大な呪力を完全に覆い隠せるほどの――『水神の霊気が最も強い結節点』から炙り出していくよ」
図面の上でひときわ激しく霊力の奔流が描かれている地点を指で押さえる。
「一つ目は、『鳥上』。ここは、スサノオノミコトがヤマタノオロチを討った神話の場所だね」
《あぁ》
ハクは細めた眼差しを虚空に向け、当時を懐かしむように告げた。
《あの男が暴れていた水神を切り伏せたのは、紛れもない事実だ。あの時の一戦で地の底の荒ぶる気が一網打尽にされ、結果として奥出雲の強大な水脈の起点として固定された。今でも純粋な水神の気が絶えず湧き出し続けているのはその名残だな》
「ふむふむ。現在の地形に落とし込むと……『船通山』の山域。よし、一つ目、っと」
スマートフォンから宙にホログラムを投影し、船通山の位置にピンを立てる。
「それじゃ、二つ目は……ここ、『大馬木』のあたりだね。確か、土着の女神が巨岩で川を塞いだっていう神話の場所だったっけ? たしか、ワニが女神様をストーカーしてた、的な」
霊脈図の次のポイントを、指先でトントンと叩く。
《おおむね間違いではない》
ハクはやれやれと、呆れたように短く息を吐き出した。
《しつこい水底の巨獣を嫌ったあの女神――玉日女命が、自らの手で膨大な岩を積み上げ、川の流れを完全に遮断した一件だ。……奴を退けるため、巨岩と水圧で無理やり霊脈をねじ曲げたのだ。今でも地形の底には異常な呪圧がこびりついている》
「水を生み出す源流とは真逆で、水の圧力が地形そのものに刻み込まれている場所か。……現代の地形に直すと、『鬼の舌震』の最深部だね。はい、二つ目もピン留め」
画面上の大峡谷の奥深くに赤いピンを突き刺し、そのまま霊脈図の最後のポイントに視線を移す。
「最後、三つ目はここ、『玉峰』。ここは確か、玉上神の鎮座地だよね」
《あそこは少し毛色が違うな》
ハクは前足を揃え、静かに頷いた。
《派手な英雄譚ではなく、鉱物や玉作を司る者たちがひっそりと神を祀ってきた霊地だ。水と大地の気が混ざり合うあの山域なら、工房の気配を自然の神気に紛れ込ませて完璧に偽装できる》
「亀嵩川の水源であり、幾つもの滝を抱く霊山……現代の『玉峰山』の山域、っと」
最後のピンをマップ上に落とす。
空中に浮かぶ奥出雲の地図に、三つの赤いピンが綺麗に並んだ。
私はそれを満足げに見つめながら、スマホを傍らに置き、ぐっと両腕を伸ばして凝り固まった首をコキリと鳴らした。
「船通山、鬼の舌震、玉峰山。――これが、千年前の霊脈図から導き出した候補地三箇所。次は、お祖父様が管理する、水神の気が強い聖域だね」
これを調べるためには別の資料も必要だ。
私は即座に立ち上がり、暗い書架へ歩を進めた。




