File-25【決戦準備】姫様の援護 ――ところでこの端末、怪しすぎませんか
自室に滑り込むなり、私は逃げるように襖をぴしゃりと閉めた。
さすがの大叔父も私室まで追ってくることはないだろうが、念のため、部屋全体に白銀の冷光を帯びたエネルギーの結界を張り巡らせる。
外部からの探査や視線を鏡のように弾き返す、拒絶の波動が部屋を覆い尽くしたのを確認し、私はようやく肺に溜まっていた息を深く吐き出した。
「っあーーー、疲れた……。霊力より精神力がゴリゴリ削られる」
ドサリ、と畳の上に座り込む私に、ハクが同情めいた視線を送ってきた。
《彼奴と遭遇したのか……》
「うん。……相変わらず、話の通じない気色悪いジジイだったよ……。おかげでご飯が冷めちゃった」
お盆の上に乗せられた、すっかり冷めてしまったおにぎりを一つ手に取る。
「ハクも食べる?」
私が声をかけると、ハクがノソノソと私の近くへと寄ってきた。
ハクは強大な霊力のエネルギー体だ。
故に、生物のように食事を摂る必要はないのだが、こうして時折、私と食卓を囲むことがある。
《肉はあるのか?》
「肉ぅー? ないよ、鮭のおにぎりならあるけど」
《では、それをよこせ》
(虎だけあって、やっぱり肉が好きなんだよなあ……)
魚で妥協したのか、ハクは大きな鼻先をぐいっと私の手元へ押し付けてきた。
「えーー、これはだめ! 私の貴重なエネルギー源なんだから!」
私が両手でおにぎりを庇うと、ハクから無言の『なら最初から聞くな』という痛烈なジト目が送られてきた。
「うそうそ、半分こね」
私は苦笑しながらおにぎりをふたつに割り、鮭がたっぷり詰まった方をハクの前に差し出す。
ハクは満足げに喉を鳴らし、器用にそれを食べ始めた。
そんな相棒のモフモフした頭を撫でながら、私も残りの半分を口に運ぶ。
冷めてはいるが、空っぽの胃袋に塩気と米の甘みが染み渡り、ささくれ立っていた神経が少しだけ落ち着いていくのを感じた。
「そういえば、姫ちゃんがくれたケースの中身ってなんだろ?」
お腹を満たし終えた私は、荷物の傍らに置いてあった銀色のジュラルミンケースを引き寄せた。
母屋に到着してすぐに身一つで当主の間に連行されたため、勝手に開けられないよう、隙を見てガチガチに防護の結界を掛けておいたのだ。
どうやら誰かに触られた形跡はない。
カチャリ、と自らの結界とロックを外して蓋を開ける。
中には、黒い緩衝材に守られるようにしていくつかのアイテムが整然と収められていた。
霊脈回復の呪符が五枚。
身体強化の呪符が五枚。
ジュエリーボックスのような黒革の箱が一つ。
見慣れない黒いスマートフォン型の端末。
そして――神々しい黄金色の液体が満たされた小瓶が一つ。
私はその小瓶を指差して、素っ頓狂な声を上げた。
「ええ!!?? ちょ、万霊の秘薬!!?? これ、オークションで斑目も落札してたやつじゃん!!」
確か、あの女はこの品に数億という値をつけて落札していたはずだ。
こんな高価な品が入っていると事前に知っていれば、私は絶対に受け取らずに固辞していただろう。
実家に着いてから開けろと指示したのは、私に無理やりこれを持たせるための、沙羅姫なりの気遣いだったというわけだ。
相変わらず、彼女には敵わない。
深い溜息をつきながら、次は黒革の箱を開ける。
中にはベルベット地の上に、革紐に通された黄玉の装身具が三つ、綺麗に並んで収まっていた。
そのうちの一つを手に取り、黄玉を見つめると、あることに気がつく。
「これは……『土剋水』の結界が編み込まれてる?」
『土剋水』――土が水を堰き止めるという五行の相克関係。
土行の術師はそもそも水に強いため、こんな守護具は必要ない。
だが、私たち金行が強い水神の気に当てられれば、『金生水』の理によって霊力を根こそぎ吸い取られてしまう。
私が水神の霊脈が強く宿る奥出雲に出向くと踏んで、わざわざ土御門の職人に打たせた特注品なのだろう。
「しかもこれ、ハクと緋月の分もある……!」
三つの装身具は、それぞれ用途に合わせて作り分けれていた。
一つは、戦闘の邪魔にならない、首に密着するチョーカー。
一つは、白虎の太い首にも回せるような、長くて頑丈な革紐のもの。
そしてもう一つは、ゆったりと身につけられるネックレス型のものだった。
後で鳴神家の宝物庫に水神対策になりそうなものを漁りに行こうと考えていたのに、見事に先回りされていた。
本当に、あのお姉様はどこまで気が利くんだか。
「……で、このスマホは何? 使い方は……」
端末の下には、可愛らしい付箋で簡単な説明書きが添えられていた。
+ーーーーーーーーーーーーーーーー+
☆傑作・ハッキング専用端末☆
+ーーーーーーーーーーーーーーーー+
使い方は、超カンタン!
あなたの霊力で対象とこの端末を
繋ぐだけっ!
痕跡を残さず、サクッと
ハッキングできちゃいます( *´艸`)
Happy Hacking♡
〜土御門家専属開発部♪〜
「なにこれ怪しい……」
ポップな文面と機能のえげつなさが全く釣り合っていない。
一体誰が書いたのだろうか。少なくとも沙羅姫の趣味ではない。
「まあ、姫ちゃんのお墨付きならいいか」
『備えあれば憂いなしよ』という彼女の言葉を思い出し、私は呪符と秘薬、そしてこの怪しげな端末を、ポケットがたくさんついた黒のナイロンジャケットへ次々と突っ込んでいった。
そして最後に、荷物の底から一本の細い金属塊を取り出す。
闇オークションで沙羅姫が競り落とした三百本の『天緋金製・小型呪槍』――そのうち、私が譲り受けた三本の中の、最後の一本だ。
緋月の犠牲のもとに作り出されたこの呪具を身につけるのには、正直、強い嫌悪感がある。
だが、私の中には一つの仮説があった。
『霊力の超伝導』を起こすこの呪槍同士を全力で激突させれば、組み込まれた呪式をショートさせられるのではないか、というものだ。
だから、もし敵が同じ武器を持ってきた場合、これをぶつければ相手の武器もろとも破壊できる。一度きりの盾となってくれる可能性があるのだ。
(ごめん、緋月。力を貸して)
緋色の光を放つその冷たい感触を手のひらで確かめると、私はそれをジャケットの内ポケットへと大事に滑り込ませた。
(今夜やるべきタスクは四つだ)
一つ。
これから記録院に潜入し、金行が奥出雲に根付き始めた千年以上前の『霊脈図』を見つけ出して、緋月が囚われている場所を特定すること。
二つ。
場所が判明次第、ハクの背に乗って、上空から最短ルートで現地へ向かうこと。
三つ。
緋月を必ず救出すること。
四つ。
これは余裕があればになるが、生産拠点を制圧し、連中の罪を問うための決定的な『物的証拠』として確保すること。
ただし、救出や制圧の過程での『殺し』はなし。
五行の法の下に晒し、生きてその罪を償ってもらう。
脳内でミッションの順序を反芻し、自らに言い聞かせるように深く息を吸い込む。
(さて、準備はできた。……そろそろ動き出すとしようか)
私は気合を込めて、ジャケットのジッパーを首元まで引き上げる。
襖を開けると、夜闇が深く沈み込み、屋敷の静寂が辺りを支配していた。




