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同位体の双星因果律〜金の姫は五行の摂理を紐解きます。ただし、相棒の愛は定義不能〜  作者: 迷子
序―天緋金編―

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File-24【潜入報告】想定外の温もり ――なお、ご飯は冷めました

 鳴神家本邸・母屋の屋敷にて。


(……なーーんか、記憶と違う)


 使用人に案内され、自室へと続く長い廊下を歩きながら、私はぼんやりと当主の間でのやり取りを反芻していた。


 五年前の祖父は、もっと冷酷で、家の体面と規律だけを重んじる血の通っていない男だったはずだ。

 私が何を考えているかなど気にも留めず、ただ一族の駒として鍛えるだけの目。


 しかし、先ほど私に向けられていたのは、間違いなく「孫を案じ、過去を悔いる老人の目」だった。


(年を取って、丸くなったってやつか?)


 ふう、と小さく息を吐き出す。

 金行の狂信的な一族の長に立ち向かうつもりで乗り込んできたというのに、これでは拍子抜けだ。


 そして、五年前まで使っていた自室の襖を開けた私は、息を呑んだ。


 五年もの間、主が不在だったはずのその部屋は、あの頃のままだった。

 いつ帰るかなんて、一言も報せていなかったのに――埃一つなく、完璧に整えられている。


(……さっきから、調子狂うなあ)


 どかりと床に腰を下ろすと、張り詰めていた糸がふっと緩むと同時に、強烈な違和感と居心地の悪さが押し寄せてくる。


 記憶の中の祖父は、血も涙もない怪物だった。

 いくら叫ぼうと私の声など届かない、非情な冷血漢。


 なのに、先ほどのただの老爺のような姿といい、この「いつでも帰って来て良い」と言わんばかりに手入れの行き届いた部屋といい。

 まるで本物の『祖父』のようではないか。いや、血縁上は紛れもなく本物の祖父なのだが。


「急におじいちゃん感出し過ぎっていうか……なんかおかしくない? ハク!」


《不器用なところなど、驚くほどそっくりではないか》


「どこが!? 全然似てないよ!!」


 足元に寝転がったハクに問い正すも、「知らん」とばかりに大きな欠伸をされた。


 今更になってそんな顔を向けられても、失われた時間は戻らないし、置き去りにされた私の痛みも消えない。


 どうしてあんなにも冷酷に私を縛り付けたのか。

 どうしてあの時、私の心を壊すような真似をしたのか。


 私が行き場のない複雑な感情を抱え、ぐるぐると暗い思考の渦に沈みかけていると――ふいに、大きな白い頭が私の膝にドスンと乗せられ、強制的に思考を中断させられた。


《堂々巡りだぞ、琥珀。過去を紐解くのは後にしろ。それより、今夜記録院に行くのだろう? 食事をとって少し休んだ方が良い。ここからは何があるかわからん》


 ハクに呆れたように鼻を鳴らされ、私は小さく苦笑した。


「……それもそうだね」


 腹が減っては戦はできぬ、だ。

 散々吐いて、今日はスープしか口にしていない。お腹が空いて潜入任務に失敗など、笑えなすぎる。


「何か適当にもらってくるよ。ハクはここで待ってて」


 私はハクを自室に残し、一人で廊下へと出た。


 だが――だだっ広い本邸の廊下には、不自然なほど人の気配がなかった。


(あー……。私が結界を半壊させたから、今頃総出で警備と修復に当たってるのか……)


 普段ならすれ違うはずの使用人や分家の者たちの姿すら見当たらず、屋敷はひっそりと静まり返っている。


 結局、裏手の炊事場に着くまで誰とも出くわさず、私は直接そこにいた料理人に声をかけ、すぐにつまめそうなおにぎりと温かい汁物をお盆に乗せてもらうこととなった。


 その帰り道だった。


 お盆を手に、薄暗い廊下を自室に向かって歩いていた私の耳に、前方からヒタヒタと近づく規則的な足音が聞こえてきた。

 途端に、背筋を撫であげられるような猛烈な悪寒がする。


 ハクは部屋に置いてきてしまった。

 今、ここには私一人しかいない。嫌な予感がする。


 私が警戒を強めると、角の向こうから姿を現したのは――仕立ての良いスーツを纏った白髪の老紳士。私の大叔父だった。


 私を見つけた瞬間、彼の瞳にパッと華やかな光が灯る。


「こぉおおはくぅううう!!」


 背景にハートマークが見えるほどの満面の笑みを浮かべ、老紳士とは思えない軽快なステップで、大叔父が猛烈な勢いで駆け寄ってきた。


「琥珀ぅううう! よくぞ無事に帰ってきたぁあああ!! 会いたかったぞ我が愛しの孫よ……!」

「孫じゃないですー」


 私は顔に世界一爽やかな営業用スマイルを貼り付け、持っていたお盆を片手で庇いながら、もう片方の霊力を込めた手で猛烈な勢いでダイブしてくる大叔父の顔面を華麗にブロックした。


(あーーー、できればこいつとは、一番鉢合わせたくなかったのに)


 肚の底でぐらりと煮え滾りそうになる黒い感情に、私は分厚い蓋をした。


「なんと冷たい! そのツンとしたところもまた尊いがね!」


 私が拒絶しても、大叔父はむしろ「これこれ!」と言わんばかりに目を細めてメロメロになっている。

 それどころか、老紳士とは思えないほど大袈裟な身振りで、私の全身を心配そうに見回し、ひどく悲痛な面持ちを作った。


「少しやつれたのではないか? あのような侘しい土行の環境では、お前という至宝を持て余していただろう? 誇り高き金行の姫であるお前が、あのような無骨な土の器の中で息を潜めねばならなかったとは……」


(……相変わらず、ナチュラルな上から目線でゲロ出そ……) 


 土生金――土が金を産むのは天理だとしても、この男にとって土行とは、ただ自分たちの輝きを引き立てるだけの無機質な泥に過ぎない。

 「土は金という宝を入れておくための器」という、他者をモノとしか見ていない傲慢な見下しだ。


 昔から、この男はこうだった。


『ああ、琥珀……! 私の宝よ……! 琥珀さえ生きていてくれれば良いのだ……!』


 私の両親が命を落とした時も、音無家が無惨な死を遂げた時も。

 大叔父は、ただ私の無事だけに歓喜の涙を流し、血濡れた惨劇には一片の同情すら向けなかった。


 この男にとって他者の命とは、利用可能な「資源」か「道具」、あるいは金を引き立てるための石ころに過ぎない。


 不純物を切り捨て、己が存在価値のみを研ぎ澄ませた、感情を持たない冷たい刃。


 これが、金行の本質。


 この男は、一族の誰よりも『金行らしい』のだ。


 そんな私の思考は他所に、大叔父は再びパッと顔を輝かせて、演劇の舞台にでも立つかのように両手を広げた。


「それにしても、我が孫は素晴らしい! 十七歳で名門大学に飛び級入学! おまけに早期卒業して探偵事務所を開業するなんて、泥の中でも気高く咲く一輪の花、我が鳴神家の血を引く天才の所業だよ……っ!」


 自分の脳内フィルターを通した「不遇の天才美少女・琥珀(健気で泣ける)」の姿に、大叔父は勝手に感動してハンカチで目頭を抑えている。


 ――そう、十五歳で家出した私の公的な扱いとしては、『出雲の田舎で都会への憧れを募らせ、単身で家を飛び出した結果、土行に保護された』ということになっている。


「どうしても都会の大学に行きたい」と駄々をこねた私(という設定)に対し、西方の分家に預けるよりは安全な土御門家直々の庇護下に置き、大学卒業まで土行の支援を受けることになった……というシナリオだ。

 つまり、田舎の『わがまま娘』を土行が保護してやった、という構図である。


 しかし、大叔父の脳内では、その事実がまったく違う形に歪められていた。


「お前の弛まぬ努力によって、もう大学も卒業したのだ。あちらの連中の『保護』という名の管理下に、これ以上義理立てしてやる必要はないのだよ? 彼らもよくしてくれたとは思うがね、そろそろお前には、相応しい本来の価値ある環境を与えてやらねば。じいじがいくらでも最高級の舞台を用意してあげるからね!」


 完全に捻じ曲がった大叔父の思考回路に、私は内心で盛大に白目を剥きつつ、祈るようにすり寄ってくる彼の手を――決して肌が触れないよう――華麗にかわした。


「ご心配なく、大叔父様。私なりの計画がありますので。それではご機嫌よう」


 顔に貼り付けた営業用スマイルを一切崩さず、私はさっさと踵を返し、足早に自室へと逃げ帰ることにした。


「そ、そんなあ……久しぶりの再会だというのに……。そういえば、白虎様にご挨拶させていただきたいのだが……。あっ、待ちなさい琥珀ぅーーーっ!」


 背後から大叔父の未練たらしい絶叫が響くが、知ったことではない。

 手元のご飯が冷めてしまう。


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