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同位体の双星因果律〜金の姫は五行の摂理を紐解きます。ただし、相棒の愛は定義不能〜  作者: 迷子
序―天緋金編―

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File-22【出立報告】双星比和の確信 ――実家ごとぶっ壊しに帰ります

 

 宙を舞っていた赤い光の残滓が私の体内に収まり、手のひらに微かな熱だけが残っていた。

 その手をじっと見つめ、緋月と双星であることの喜びを深く噛み締める。


「……はい、余韻はそこまで。風邪を引くわよ」


 沙羅姫の呆れ返ったような声と共に、パチン、と小さく指が鳴らされる。

 それが合図だった。


 控えていた侍女が目にも止まらぬ早業で背後から迫り、ふかふかの上質なバスローブで私の濡れた体をバサァッ! と簀巻きにするように包み込んできたのだ。


「えっ、あ、ちょっ……」

「髪もしっかり乾かしてちょうだいね」

「かしこまりました」


 有無を言わさぬ主従の完璧な連携プレーに、私は抵抗する間もなくソファへと連行された。



 それから数分後。


 バスローブに身を包まれた私は、大人しくソファに身を預けていた。

 背後では、侍女が音の出ない、見るからに高級なドライヤーを使って、私の濡れた髪を丁寧に乾かしてくれている。


 目の前のテーブルには、ルームサービスで運ばれてきた濃厚なポタージュ。

 白磁のスープ皿から立ち上る湯気が、ふわりと上品な香りを運んでくる。


 銀のスプーンですくって一口飲むと、空っぽだった胃に優しい熱がじんわりと染み渡る。


 バスルームでの閃きから天緋金の吸収まで、怒涛の勢いで跳ね上がっていた興奮と心拍数が、ゆっくりと落ち着いていくのを感じた。


 対照的に、正面に座る沙羅姫は、ティーカップを静かにソーサーに戻すと、心底困り果てたように額を押さえた。


「……まったくあなたは。体を拭きもせず、バスタオル一枚で裸のまま飛び出してきて何をするかと思えば……本当に肝が冷えたわ」


「ごめん。ちょっと、興奮しちゃって……」


 私が苦笑いで誤魔化すと、沙羅姫は深々とため息をつく。


「本来、金行の術師といえば、刃のように研ぎ澄まされた冷静さが特徴でしょう? なのにあなたは、時々ひどく直情的な動きをするのだから」


 文句を言いながらも、その眼差しには私を本気で心配してくれた親愛の色が滲んでいる。

 沙羅姫は居住まいを正すと、私を真っ直ぐに見つめた。


「それで? つまり、八年前のあなたと緋月の『双星比和』は、成功していたということね?」


「うん。間違いないと思う」


 双星とはつまり、根源の霊的性質が同じである『同位体(アイソトープ)』であること。

 だからこそ、実戦の激痛の中でもコンマ数秒で波長を完璧に合わせ、互いの霊脈が直結した回路を作り出せる。

 そこへ莫大な霊力を一気に流し込み、呪式だけを破壊する、という一連の理屈だ。


 黙って私の説明を聞き終えた沙羅姫の顔には、安堵ではなく、より深い懸念が刻まれていた。


「……理屈は分かったわ。けれど、リスクが高すぎるわ。強烈な『攪拌』のエネルギーが、あなたの霊脈に直接逆流してくるのよ? コンマ数秒とはいえ、激痛で集中力を欠いて波長がズレれば、致命傷を受ける可能性があるわ」


 沙羅姫の指摘はもっともだった。


 一瞬でも意識が飛べば、同調は失敗し、私は文字通り内側からズタズタに引き裂かれて死ぬ。

 それは、絶対に失敗が許されない『死と隣り合わせの綱渡り』だ。


「でも、現状それしか手がないんだ。今までも死線をくぐるような戦闘はあった」


「……それはあなたが突っ走るからよ」


 沙羅姫は呆れたように長く息を吐き出すと、形の良い指先でそっとこめかみを押さえた。

 心底困り果てているはずなのに背筋は凛と伸びていて、頭痛を堪えるようなその仕草すらも、昔から変わらず、ため息が出るほど優雅だ。


 これ以上、彼女に心配をかけたくはない。

 けれど、私には引くという選択肢はなかった。


「さっきも伝えた通り、量産品の小型呪槍は、術式の精度が劣化してる。なら、逆流してくるダメージも本来より多少は低いはず。……それに――」


 私は白磁のスープ皿から目を上げ、ふっと自嘲気味に笑った。


「皮肉なことに、『痛みに耐える』のだけは、昔から得意なんだ」


 幼い頃から、一見すれば虐待としか思えないような苛烈な修行を強いられてきた。

 どれだけ霊脈に負荷をかけられ、激痛にのたうち回っても、歯を食いしばって意識を保つ術だけは体に叩き込まれている。


 あの日々の地獄が、まさかこんなところで役に立つ日が来るなんて。


「とにかく、この作戦《ルート》しかない」


 真っ直ぐな私の視線を受け止めた沙羅姫は、数秒の沈黙の後、負けたように小さく息を吐いた。


「……何を言っても、あなたは引かないのでしょうね」

「うん。……心配してくれてありがとう」


 私が素直に頭を下げると、沙羅姫は諦めたように微笑んで、ティーカップに口をつけた。

 他に打開策がないことを、彼女の聡明な頭脳も理解しているのだろう。


「それで? これからすぐに緋月を助けに向かう気?」


「いや、その前に、一つだけ試しておきたいことがあるんだ」


 私はテーブルの上に視線を落とした。


 そこには、沙羅姫が用意してくれた『量産型の小型呪槍』が、さきほど吸収した一本を除いてまだ二本残っている。

 私はそのうちの一本を手に取った。

 天緋金に刻み込まれた、禍々しい幾何学模様。


 先ほどはあらかじめ呪式を剥離させ、純粋な天緋金だけを迎え入れたが、今回は違う。


「見てて」


 私は呪槍を握る手に、己の霊力を一気に流し込んだ。


 ――ギチチチッ!!


 強烈な反発が起き、呪槍が私の手の中で激しく振動する。沙羅姫が驚いて目を見開いた。

 今の段階で、私の霊脈に『攪拌』のエネルギーが流れ込んでくる様子はない。

 私自身にも、天緋金の『弾き返す性質』が現れていることを確認する。


 そして私は、刃を交えたと仮定し、瞬時に天緋金本体の波長にピタリと『同調』させた。


 波長が重なった瞬間、激しい振動と反発が嘘のようにフッと消え去る。

 呪槍と私の霊脈が、ひとつの超伝導回路として直結した証だ。


 代わりに、私の霊脈へ、呪槍から強烈な『攪拌』のエネルギーが逆流してくる。


「――――ッ」


 痛い。

 だが、想定内だ。

 幼い頃に骨の髄まで味わった激痛に比べれば、意識を保つことなど容易い。


 私は歯を食いしばり、一切の抵抗がなくなった回路へ、圧縮した霊力を叩き込む。


 波長が完全に一致した私と天緋金の間では、エネルギーの減衰も反発も起こらない。

 だが、そこに寄生している『呪式』という不純物だけは別だ。波長の違う異物にとって、莫大な霊力の奔流は耐えきれないほどの過負荷(オーバーロード)となる。


『――ッ!?』


 バチィッ!!

 まるで呪式そのものが断末魔の悲鳴を上げたかのように、鋭い破裂音がリビングに響き渡る。


 天緋金の溝に定着していた禍々しい呪式のエネルギーが、極端な負荷に耐えきれずに激しく明滅し――次の瞬間、ショートしたヒューズのように一瞬で焼き切れ、黒い塵となって溝から弾け飛んだ。


 呪式という不純物を完全に焼き切られた天緋金は、先ほどと同じように赤い光の粒子へと還り――なんの抵抗もなく、スッと私の霊脈の中へと吸い込まれていった。



「ほら、できたでしょ」

「机上の空論を、たった一度で……。もう、こんなに優秀な子、誰に自慢して回ればいいのかしら」


 先ほどまで呪槍を握り込んでいた手のひらをひらりと見せ、ニッと笑う私に、沙羅姫は降参したように目元を優しく和ませた。


 理屈は、完全に実証された。

 あとはこの熱が冷めないうちに、敵の喉元に食らいつくだけだ。


 私は残っていたスープを飲み干し、決戦の準備をするため、勢いよく立ち上がった。



⭐︎



 時刻は正午。


 身支度を整え、決戦の地である島根の山深く――私の生家、鳴神家の本拠地へと向かうため、ホテルの地下駐車場へと降り立った。

 薄暗いコンクリートの空間には、沙羅姫が手配してくれたフルスモークの黒塗りの大型車が、静かにエンジン音を響かせて待機していた。

 要人警護用の特注車だろう。


 後部座席は、私が手足を伸ばして横になれるほど広いスペースが確保されている。


「琥珀」


 車に乗り込もうとした私を、見送りに来てくれた沙羅姫が呼び止めた。

 振り返ると、彼女の侍女が、銀色に鈍く光るジュラルミン製のアタッシュケースを差し出してきた。

 重厚なダイヤルロック式のそれは、中身の想像が全くつかない。


「……?」

「持っていきなさい。備えあれば憂いなし、よ」


 沙羅姫は優雅に微笑んだ。


「開けるのは、実家(むこう)に着いてからになさい」


「わかった。……色々、本当にありがとう」


 私がアタッシュケースをしっかりと抱えると、沙羅姫はふと真剣な眼差しになり、真っ直ぐに私を見据えた。


「必ず帰ってくるのよ。あなたと緋月で。――ハクもよ」


 その短い言葉に込められた、彼女の深い祈りと親愛。

 私は一切の迷いを捨てて、ただ力強く頷いた。


 もう、言葉はいらなかった。

 私はきびすを返し、車の後部座席へと乗り込んだ。


 分厚いドアが閉まると、外界の音が完全に遮断され、完全な静寂が訪れる。


 車が滑るように走り出したのを見計らって、私はふっと息を吐き、霊力を解放した。

 淡い銀の光が粒子となって集まり、真っ白な毛並みを持つ白虎――ハクが、広々とした後部座席に音もなく顕現する。


 ハクは私の体を守るように長い体を丸めると、その黄金の瞳を優しく細めた。


 私は革張りのシートに横たわり、ハクの柔らかい首筋に顔を埋めながらポツリと呟いた。


「ねえ、ハク」


《………》


「私と緋月の『双星比和』が成功してたの、知ってたんでしょ。あと……緋月が生きていることも」


 ハクは何も答えない。

 ただ、私の体を包み込むように、白銀の尻尾をふわりと動かしただけだった。


「なんで、教えてくれなかったの?」


 静かな車内に、私の声だけが溶けていく。

 数秒の沈黙の後、私の頭の中に、直接ハクの深く落ち着いた声が響いた。


《……私の使命は、お前を守ることだ。緋月の願いも同じこと》


 ハクの黄金の瞳が、静かに私を見下ろす。


《緋月が生きていると知れば、お前は死の覚悟をしてなお、彼奴を助け出そうとするだろう。今のようにな。……私は、お前に生きていてほしいのだ》


「そっか……」


 責める気にはなれなかった。

 直結した霊脈を通して、ハクがどれほど私を大切に思い、心から案じてくれているのか、その切実な感情が痛いほど伝わってきたからだ。


 ハクはハクなりに、緋月の願いと私の命を天秤にかけ、ずっと一人で背負ってくれていたのだ。


 私は小さく笑って、ハクのふわふわの毛並みに両手を回し、思い切りモフモフと顔を擦り付けた。


「姫ちゃんといい、ハクといい……みんな、過保護だなあ」


《当たり前だ。少し目を離せば、すぐに死地へ飛び込もうとする危なっかしい主だからな》


 ハクは呆れたような、けれどどこまでも優しい思念を返し、私の背中を大きな鼻先でトン、と押した。


《――さあ、眠れ》


「うん。……少しだけ、寝るね」


 ハクから放たれる、白虎の清浄で爽やかな神気。

 脈打つ命の鼓動と温もりを感じながら、私はゆっくりと目を閉じた。


 これから向かうのは、私の命を削り、緋月を絶望の底に突き落とした元凶が待つ場所。

 かつての生家とはいえ、数時間後には、敵陣のど真ん中へ足を踏み入れ、緋月の居場所を暴き出さなければならない。


 だから今は、ほんの少しだけ。

 絶対的な安心感に包まれながら、私は深く、泥のような眠りへと落ちていった。


これにてオークション編完結です。

ここまでお読みくださり、本当にありがとうございます。


次話からは、出雲編に入ります!

推理パートなども出てくるため、皆様に読みやすく楽しんでいただけるよう、二話連続投稿などを交えながら更新してまいります。


引き続き毎日更新の予定ですので、何卒よろしくお願いしますo(^-^)o

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