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同位体の双星因果律〜金の姫は五行の摂理を紐解きます。ただし、相棒の愛は定義不能〜  作者: 迷子
序―天緋金編―

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File-20【回想録】決壊する器 ――君を守るためなら僕は

 私たちは本の情報を頼りに、蔵の床に陣を描いた。

 本来なら、子供の手に負えるような代物ではない。

 

 しかし、二人の持てる知識のすべてと互いを想う執念によって完成したそれは、一点の淀みもない完璧な美しさを放っていた。


「緋月――覚悟はいい?」


「うん。僕たちは、ずっと、ずーっと、一緒だよ」


「……うん。ずっと一緒にいよう」


 陣の中央で向かい合った私たちは、祈るように互いの指を深く絡め合わせ、そっと額を寄せ合った。


 霊力を術式に込めた瞬間、自分の中にある目に見えない扉が開くのを感じた。

 私と緋月が、繋がっていく。

 

 あたたかな、ひだまりのような緋月の霊力が、己の身の内へと流れ込んでくる。


(成功したんだ……!)


 そう歓喜した、次の瞬間だった。

 繋いでいたはずの緋月の指がするりと落ちていく。


「ぐ、ぅあ゛……っ」


 緋月が突然自分の体を縮ませ、苦しみの声を上げた。


「緋月!!?? どうしたの!!??」


「……体が……痛い……ッ……カハッ……!」


 ドプッ、と。

 緋月の口から、おびただしい量の鮮血が吐き出された。

 

 すぐに気付いた。


(私の『器』をもってしても、耐えきれなかったんだ……)


 いや、違う。

 私がどれだけ霊力を引き受けられるかの問題じゃない。


 双星比和によって解放された規格外の霊力に、九歳という未成熟な子供の肉体そのものが耐えきれず、内側から破壊され始めているのだ。


 今すぐこのパスを切らないと――。

 いや、緋月の負担を私がもっと引き受けないと、緋月が死ぬ。


(でも、儀式中に霊力を制御する方法なんてわからない……! ああ、どうして事前に調べておかなかったの……!?)


 失敗する可能性から目を背け、決意のままに断行してしまったことへの後悔。

 しかし、そんなことを考えている場合ではない。


 ハクに助けを求めるしかない。


「ハク、今すぐ私から緋月に流れてる霊力を止めて! それから、もっと私に緋月の霊力を!! お願い!!」


《私の神気は止めた。しかし、お前の霊力が――ッ》


 途端に、ハクの声が激しいジャミングを受けたようにノイズに塗れ、プツリと途切れた。

 

 その刹那。


「ぅ、ぐ、ぁあああああああ゛!!!!」


 緋月の絶叫と共に、莫大な霊気が彼の体から決壊し、暴風となって蔵の中を吹き荒れる。

 ビキビキと空間にひびが入るような異常な圧。


「緋月!!!!!!」


 あまりの霊圧に、吹き飛ばされそうになる。


「ああ……ハク、ハク!! どうしよう!! 緋月が……ハク!? ッ……緋月!!!」


 何度叫んでも、頭の中に響くはずのハクの声は返ってこない。

 暴走する莫大な霊圧によって、内なる相棒との繋がりすらも強制的に遮断されてしまったのだ。


「ッ……、ひ、緋月!!! お願い緋月!!! こっちを見て!!!」


 近寄ることすらできず、私はただ、緋月の名を呼ぶことしかできない。



「緋月!! 琥珀!! どうした――ッ!!??」


 異変を察知し、駆けつけてきたのは緋月の両親だった。


 光を放ち暴走する陣。

 パニックになって叫ぶ私。

 そして――。


 口から血を流し、異形へと変貌しかけている息子の姿。


 二人は即座に絶望的な状況を悟り、そして、覚悟を決めた。

 自分たちに課せられた絶対の使命――『金行の姫である琥珀を守る』ことを。


「琥珀!! 逃げなさい!!!」


 緋月の母の手で、強引に蔵の外へと突き飛ばされる。

 すかさず、緋月の父が息子の暴走を押さえ込むように、命がけで強固な結界を張り巡らせた。


 だが――――。


 直後、耳をつんざくような霊力の爆ぜる音が響き、視界が赤黒い閃光に染まった。

 

 パキ、パキィッ! と、結界が内側から飴細工のように容易く破られる。

 莫大な霊力が少年の『器』を内側から砕き、周囲の澱んだ空気をどす黒い渦のように吸い上げていた。


 そして、太陽のように優しい光を放っていたあの天緋金が、血のようにドス黒い、無数の狂気めいた刃へと変貌し――。


「あ……」


 見境なく放たれたその刃は、瞬きする間もなく、緋月の両親の体を無残に貫いた。


 つい数秒前まで私を気遣い、私を守るために身を挺してくれた、優しくて温かい二人。

 彼らは、愛する我が子の放った刃によって壁に縫い付けられ、大量の血を吐いて絶命した。


 ドクドクと傷口から溢れ出した血が、床一面に凄惨な血だまりを広げていく。


「あ……、あぁ……っ」


 私は、ただ無様に、声にならない悲鳴をあげることしかできなかった。

 

 そして、惨劇の中心に、『それ』はいた。


 ふわりとしていた灰色の髪も、無垢な白い肌も、今はべっとりと這うような返り血と汚泥にまみれている。


 異形と化した彼が、ひたり、と。

 虚ろな赤い瞳で私を捉えた。


 刃が、私を串刺しにしようと迫った、その瞬間。


 ――ピタリ、と。

 鼻先わずか数センチのところで、無数の凶刃が静止した。


 狂気と絶望の底に沈んでいた赤い瞳に、ハッと正気の光が宿る。


「あ、……ああぁあ……ッ!」


 喉を引き裂くような悲鳴を上げたのは、緋月だった。


 血の海に沈む両親の亡骸と、恐怖に竦む私。

 その凄惨な光景を前にして、自分が何をしてしまったのかをはっきりと理解した彼の顔が、苦痛にグシャリと歪む。

 己の犯した罪の重さに耐えきれず、小さな体がガタガタと激しく震え出した。


 それでも。


 ギリッ……と、奥歯を噛み砕くような音が響く。


 絶望に押し潰されそうになりながらも、彼自身が、己を喰い破ろうとする暴走を、その命を燃やし尽くさんばかりに力ずくで押さえ込んでいた。


 完全に止めることはできない。

 それでも、荒れ狂っていた霊気の暴風が一瞬だけ揺らぎ、圧が弱まる。


「ハクッ……琥珀ちゃんを連れて、逃げて……!」


 狂気の渦が引き、暴走の圧に阻まれていたハクが、緋月の命を削るような決意に呼応して実体化を果たした。

 顕現したハクは私の身体を速やかに咥え込むと、後方へと大きく跳躍する。


 血だまりの中。

 赤黒い泥に塗れた少年は、夥しい血を吐きながらも、あの日のような優しい微笑みを浮かべ、その血濡れた唇を動かした。


「僕が、君の双星になるって約束したのに……ごめん」


 掠れた声。

 けれどその言葉と共に、言葉以上の温かな愛と深い謝罪の感情が、私の中にダイレクトに流れ込んでくる。


「待って……緋月……私たちは、ずっと一緒だって……」


「ごめんね……。琥珀ちゃんは、生きて」


 次の瞬間、宙に展開された無数の赤い刃が、一斉に、彼自身に向かって降り注いだ。

 彼が私を守るために選んだ、自死。


 その後のことはあまり覚えていない。

 後から聞いた話によれば、『偶然』現場近くにいた親類に保護されたらしい。


 目を覚ました時に突きつけられたのは、自らの決断のせいで、大切な人たちを死に至らしめてしまったという――取り返しのつかない事実だけだった。



* * *



「――っ、はぁッ!!」


 バシャァッ!!

 激しい水音と共に、私は湯船から勢いよく顔を出した。


「ゴッ、ゲホッ……! ぁ……はぁッ、はぁ、はぁ……!」


 気管に入ったお湯を激しく咳き込んで吐き出しながら、ヒュー、ヒューと浅い過呼吸を繰り返す。

 耳の奥で、自身の激しい脈拍が警鐘のようにガンガンと鳴り響いていた。


 真っ白な湯気が立ち込める、静かな浴室。

 ここはオークションを終えて滞在しているホテルのバスルームだ。

 緋月の血で染まった蔵ではない。


 徹夜明けのひどい疲労を癒すため、ただ、彼と笑い合っていた幸せな頃の記憶に浸りたかっただけなのに。

 そのままお湯の中で意識がまどろみ、気づけば、一番思い出したくないトラウマの底まで引きずり込まれてしまっていた。


 震える両手を、ゆっくりと持ち上げる。

 あの日、彼と指を絡め合った感触が、八年経った今でも、まだ火傷のように残っている気がした。


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