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同位体の双星因果律〜金の姫は五行の摂理を紐解きます。ただし、相棒の愛は定義不能〜  作者: 迷子
序―天緋金編―

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File-02【被害報告】真っ白な召喚状 ――手紙テロには屈しません

 木葉の隙間からこぼれる柔らかな太陽の光に淡く包まれ、心地よい微睡みの中をたゆたう。

 穏やかで、優しい夢。


 過酷な修行で傷だらけになった私の手を、温かく小さな手がそっと包み込んだ。


「僕が琥珀ちゃんの双星になる! 僕は、ずっと、ずーっと、琥珀ちゃんのそばにいるよ」


 ふわりとした灰色の髪に、天使のように優しい微笑みを浮かべる赤い瞳の少年――緋月。


 彼の透き通るような白い手のひらから星屑のような赤い粒子が舞い上がり、不器用な花の形を作った。

 金行の術師の中でも極めて稀な、太陽のように赤く輝く不変の金属『天緋金(あまひがね)』。

 まだ幼く不安定な霊力で作られたそれは、ふっと宙に霧散し、キラキラと頭上に降り注いだ。


 緋月が天緋金を作り出せることは二人だけの秘密。

 額を寄せ合って笑い合う日々が、息の詰まるあの家の中で唯一の救いだった。


――緋月はずっとそばにいてくれる。幼い私は本気でそう信じていたのだ。



「琥珀、逃げなさい……!!」


 緋月の母の悲痛な叫び声が、微睡みを唐突に引き裂いた。


 直後、耳をつんざくような霊力の爆ぜる音が響き、視界が鮮血に染まった。

 緋月の両親が、無残にも彼自身の刃に貫かれて倒れる凄惨な光景。


 惨劇の中心に立っていたのは、緋月だった。


 莫大な霊力が少年の『器』を内側から砕き、周囲の澱んだ空気を渦のように吸い上げている。

 ふわりとしていた灰色の髪も、無垢な白い肌も、べっとりと這うような返り血と汚泥にまみれていた。


 太陽のように優しい光を放っていたあの赤い鉱石は、血のように赤黒い無数の狂気めいた刃へと変貌し、周囲を見境なく破壊していく。


 暴走した力の奔流に飲み込まれ、完全に理性を失った虚ろな赤い瞳が、血だまりの中から私を捉えた。


 刃が私を串刺しにしようと迫った、その瞬間――。


 狂気と絶望の底で、見開かれた赤い瞳。

 目に正気の光が宿り、異形に呑まれかけていた彼の自我が、一瞬だけ人の形を取り戻す。


『ハクっ……琥珀ちゃんを連れて、逃げて……!』


 緋月の命を絞り出すような叫び。

 それに呼応した白虎(ハク)が真の姿で顕現し、私の身体を咥えて後方へと大きく跳躍する。


 血だまりの中。

 赤黒い泥に塗れた少年は、夥(おびただ)しい血を吐きながらも、あの日のような優しい微笑みを浮かべていた。


『僕が、君の双星になるって約束したのに……ごめん』


 掠れた、けれど確かに愛に満ちた声が脳内に響く。


『琥珀ちゃんは、生きて』


 次の瞬間、宙に展開された無数の赤い刃が、一斉に、彼自身に向かって降り注いだ。

 彼が私を守るために選んだ、自死という名の慈雨。


 視界が赤く……赫く……塗りつぶされていく――。



* * *



「緋月っ……!!」


 跳ね起きると同時に、シーツを強く握りしめていた手が微かに震えていることに気づく。

 全身は冷たい汗にまみれ、心臓が肋骨を突き破りそうなほど早鐘を打っていた。


 書状が来てから数日、毎晩昔の夢を見る。

 すでにこの世にはいないはずの彼の赤い瞳が、網膜にこびりついて離れない。


「はぁ……。これじゃ休めたもんじゃない……」


 荒い呼吸を整えようと視線を彷徨わせた私は、次の瞬間、文字通り絶句した。

 視界が、異様なまでに真っ白だったのだ。


「……は?」


 布団の上からサイドテーブルまで、散乱しているのは、『宛名のない真っ白な和紙の封筒』。

 それが、まるで雪でも積もったかのように無数に増殖していた。


『んにゃあ……』


 同じベッドで眠る、白虎の神獣ハクが、頭に真っ白な封筒を一枚ちょこんと乗せたまま、困った様子で私を見上げていた。


 ベッドだけではない。


 床。

 ソファの上。

 冷蔵庫の中。


 ハクを背に乗せ、這うようにして向かったトイレの便座の蓋にまで、几帳面な等間隔でびっしりと封筒が並べられている。


「ここまでするって……暇なの……?」


 これだけ大量の書状をご丁寧に送る時間も霊力もあるのだ。

 本家は相当平和に違いない。


 事の始まりは『双星比和の儀』を執り行うための一通の召喚状。


 一通目は即シュレッダー行き。

 翌日には五通。当然、破り捨ててゴミ箱へ。


 届いてはゴミ箱へ捨て、無視を決め込んでいたら、日毎送られてくる数が増え、遂には嫌がらせのごとく家中が和封筒まみれになってしまった。


 否、「なってしまった」どころではない。

 今この瞬間も、エアコンの吹き出し口からパラ、パラリと新たな封筒がコピー機の出力がごとく吐き出され続けていた。


 呆れを通り越した結論はただ一つ。


「これじゃハクが快適に暮らせないじゃない!!!」


『にゃっ!?』


「え、気にするのそっち!?」といった反応のハクをベッドにそっと寝かせ、特大のゴミ袋を引っ張り出した。


 大量の封筒をかき集め、ついでに家具の裏まで徹底的に「ふんす!」と鼻息荒くモップと掃除機をかけて回る。


 結果として、朝から大汗をかき、ホコリ一つないピカピカの部屋が完成してしまったことには、実家に対する敗北感と謎の達成感があった。

(なお、エアコンの吹き出し口の下にはゴミ袋を設置した)


 スマホが震えたのは、掃除を終えて一息ついた直後だった。

 画面に表示された『姫ちゃん』の文字を見た瞬間、私の顔が引き攣る。


 五行の頂点――土行の次期当主にして、私の探偵業の重要な取引先。

 逆らえば即座に生活の首根っこを掴まれる、絶対的な上位者だ。


 金行本家、つまり、鳴神家からまさか、彼女のところにまで今回の召喚の件が伝わっているとしたら――。


 嫌な予感を覚えつつ、通話ボタンをスワイプすると、耳元で優雅にくすくすと笑う声が響いた。


『おはよう、琥珀。随分と部屋が綺麗になったみたいね』


「まーた監視カメラでも仕掛けてるんですかー?」


 汚い部屋で悪かったね、と言いたい気持ちを抑えて皮肉を込めてぼやくが、通話の相手は意も介さず上品に笑う。


『ふふ、まさか。ただの直感。あなたに監視カメラをつけたことはないわ』


「…………」


『監視カメラをつけたことはない』けれど、あなたのことはお見通しという含みのある言葉に若干の怖気を感じる。


『で、今日は一緒にお茶でもどう?』


 これは……。

 ただ楽しくお喋りするようなお茶会なわけがない。

 今の状況について、おそらく面倒なお説教が待っているのだ。


「いやーーー……今日は、……ちょっと、他のお得意様との打ち合わせがあーー」


『あら、貴女のお得意様なんて、この私しかいないじゃない』


 容赦なく繰り出される彼女お得意の『正論パンチ』にぐうの音も出ない……。


「はい、そうです、そうでした……わかった、どこへ行けば?」


 この姫がいなければ、独立して一年足らずの私の生活が回らなくなるのは目に見えている。


 即座に降参して外出の準備を始めた。


琥珀は秋生まれの二十歳です。

ビジュアルイメージはi-dleというアイドルグループのウギちゃん(ショートカットヘア)です。

とってもかわいいお方なので、気になった方はぜひチェックしてみてください!

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