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同位体の双星因果律〜金の姫は五行の摂理を紐解きます。ただし、相棒の愛は定義不能〜  作者: 迷子
序―天緋金編―

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File-15【解析報告】反転する天沼矛 ーー胃薬が必要です

※本話は少々、琥珀の術式解析にお付き合いください。

呪槍に仕込まれた恐るべき仕掛けと、その攻略を阻む仕組みが明らかになります。

疑問点などありましたら、お気軽に感想欄からコメントいただけるとうれしいです!

 分厚い遮光カーテンが隙間なく閉ざされたスイートルームは、外の世界の時間から完全に切り離されていた。


 薄闇の部屋を照らすのは、私が空間に構築した術式陣と、タブレットから立ち上るホログラムの光だけだ。


 大理石のローテーブルの上空。


 銀白色に発光する『解体』・『解析』の術式陣が何層にも重なって緻密な幾何学模様を描き出している。

 その中心には、沙羅姫から預かった一本の呪槍がぽつりと浮遊していた。


 私が右手に霊媒用のピンセットを構え、刃の表面に触れようとした瞬間だった。


《――やめておけ、琥珀。『これ』は危険すぎる》


 私の霊脈の奥底から、猫の姿からは想像もできない、ハクの低く鋭い警告の声が響いた。


《その槍は、禍々しい呪詛の塊だ。不用意に中枢に触れれば、お前の霊脈に直接干渉して食い破ってくるぞ》


「大丈夫。……本体から剥がしさえすれば、触媒をなくしたただの幾何学模様だもん」


《――だから、その作業自体が危険だと言っているのだ……!》


 頭の片隅でハクが盛大に頭を抱える気配がしたが、私はもう集中を研ぎ澄ませていた。


 私は慎重にピンセットを滑らせ、天緋金に刻まれた溝――そこに張り付くように脈打つ呪詛を摘み出し、槍本体から極薄の呪式回路を剥離させる。

 霊水が張られたシャーレにそれを落とすと、どす黒い糸のような呪式は、まるで劇毒のようにギラギラと玉虫色の光を鈍く反射した。


「……ッ、う、ぇっ……」


 その禍々しさに当てられ、胃の奥から込み上げてくる強烈な吐き気に、たまらず口元を覆った。

 

 徹夜で解析を続ける間、何度このスイートルームの無駄に広いトイレに駆け込んだことだろうか。

 もう胃の中は空っぽで、鼻をつくような酸味のある胃液しか上がってこない。


 私は強引に吐き気を飲み込み、シャーレの下に敷かれた『解析陣』に霊力を流し込んだ。

 すぐさま陣が明滅し、解析結果を霊波として空間に放つ。


 その波長を受信しているのは、傍らのタブレット端末に直挿しされた黒曜石――五行の術師が一般的に使用している、USBメモリ型の『霊波変換アダプタ』だ。

 

 このアダプタやタブレット、シャーレに至るまで、すべて沙羅姫が予め用意したものである。

 私に『落札品』の解析をさせる気満々で機材を揃えていたあたり、彼女は本当に抜かりがない。


 微かな処理音とともに空中のホログラムウィンドウが更新され、呪槍の物理・霊的スペックが滝のように流れ出し、自動で記録されていった。

 

 私はホログラムに映し出された結果をひとしきり眺め、その計算され尽くした美しいとさえ言える設計と、相対するように呪式へ込められた尋常ならざる破壊性に身震いした。

 

 その時だった。

 

 コンッ、コンッ。

 

 続き部屋の扉からノックの音が響き、優雅な足音と共に沙羅姫が顔を出す。

 

 彼女が手にしているティーカップから、香り高いアールグレイの匂いが漂ってきた。


「――おはよう。調子はいかが?」

 

 徹夜で目は血走り、繰り返す嘔吐でげっそりしている私と、優雅に紅茶を嗜む美しい彼女。

 ひどいコントラストだ。


「……最悪。吐きそう。てか、吐いた」

 

 乾いた唇を手の甲で拭いながら、私は忌々しげにシャーレの中の『どす黒い糸』を睨みつけた。


「これを設計した術師……相当なイカレ野郎だよ。一日徹夜したくらいじゃ根本の問題まで解決できない。でも、この呪具の構造と、あの子が『何をされているか』はだいたいわかった」

 

 私はタブレットを操作し、空中に浮かぶ解析データを沙羅姫の方へと押しやる。


「結論から言うと、これ、マジでヤバい。この三百本が世に出回れば、間違いなく五行界のパワーバランスが根底からひっくり返る。姫ちゃんが落札してなかったら戦争が起きるところだったよ」

 

 私のただならぬ気迫に、沙羅姫はティーカップを置き、真剣な眼差しで光の画面を見つめた。


「まず、物質としての規格が異常だ。全長はきっちり四十センチ。一般的な槍や矛って『刃』と『柄』が別パーツになってるんだけど……こいつは継ぎ目一つない完全な一体成型だ。つまり、金型に溶けた金属を流し込んで量産された『鋳造品(ちゅうぞうひん)』ってこと。『小型呪槍』というより、『持ち手のある極太の釘』や『杭』って表現が近い」

 

 私はホログラムの数値を指先で弾く。


「材質は不純物を一切含まない、純度一〇〇%の『天緋金(あまひがね)』。チタン並みの比重で重さはわずか五百グラム。そのくせダイヤモンド以上の硬度に加えて、永久不変で絶対に錆びない。伝説の超金属(オーパーツ)だよ」


「あの女は五行すべてを食い破るなどと言っていたけど――構造はどうなっているの?」


 沙羅姫の問いかけに、私はホログラムの3Dモデルを拡大し、刀身の表面をハイライトさせた。


「順番に説明するね。まず、軸部分の表面を見て。格子状に細やかな溝が走っているでしょ? これ、工業的には『ダイアモンド・ラティス』――金属の流れを均一にする理想的な流路なんだけど……」


 私がタブレットをタップすると、ホログラム上でシミュレーション映像が再生される。


「呪術的には、あらゆる方向から侵入する敵の霊気を、交差点で強制衝突させて微小な渦を生み、自壊させるグリッドとして機能してる」


「嫌な仕掛けね……。穂先のほうはどうなってるの?」


「オークションの司会者、創世の神槍『天沼矛(あめのぬぼこ)』の業を宿してるとか言ってたっけ? まさにその理(ことわり)を模してる」


「天沼矛って……日本神話で、神々が混沌とした海をかき混ぜて、最初の島を創ったとされる『神具』のことでしょう?」


「そう、それ。この小型呪槍は『かき混ぜる』を最悪な形で再現してるんだ」


 ホログラムが切り替わり、穂先の拡大図が虚空に浮かび上がる。


「刃の部分には、螺旋を描く溝が刻まれている。これも工業的には『スパイラル・フルート』っていう、製品を鋳型からスムーズに抜き出すためのものだ。でも、人に突き刺した瞬間――相手の霊力を中心軸へとねじり込んで、めちゃくちゃに攪拌して崩壊させる呪式になってる」


 百聞は一見に如かずだ。


 私はタブレットを操作し、ホログラム空間に『人体の霊脈』を模した仮想モデルを生成した。

 そして、抽出した呪式と天緋金の材質データを掛け合わせ、仮想モデルに突き刺すシミュレーションを走らせる。


 直後、仮想モデルの霊脈は螺旋状に凄まじい勢いでねじり上げられ、致死状態を示す真っ赤な光を放って、原型を留めないほどに自壊した。


「ここで天沼矛の『攪拌』と、天緋金っていう『材質』の最悪なシナジーが生まれる。天緋金はただ硬いだけじゃない。霊的な抵抗値が完全にゼロ――いわば霊力の『超伝導体』なんだ。通常の金属なら、相手の霊脈をかき混ぜる前に反発に耐えきれず刃が砕け散る。でも天緋金なら、防御結界だろうが霊脈の抵抗だろうが一切無視して、相手の奥深くまで『天沼矛の業』をねじり込める」


 頭痛を堪えるように、私はこめかみを強く押さえた。


「さっき姫ちゃんが言った通り、本来の天沼矛は『混沌』をかき混ぜて『大地』、すなわち秩序を創り出すための神具だ。でも、こいつのベクトルはその真逆。相手の完璧に整った五行のサイクルを螺旋で強制的にかき混ぜて、『泥』――つまり混沌へと逆戻りさせる」


「……創造の理を反転させているのね。でも、疑問だわ。抵抗が完全にゼロなら、攪拌した莫大なエネルギーが、そのまま術者自身に逆流して自壊するのではないかしら?」


 沙羅姫の鋭い指摘に、私は重いため息をついた。


「普通の金属ならね。そこが『天緋金』っていう超金属の、一番イカれてるところだよ。こいつの超伝導は、完全に『一方通行』なんだ」


「一方通行?」


「持ち手から切っ先へ向かうベクトル――つまり『自分からの攻撃』に対しては、さっき言った通り抵抗ゼロでスルッと貫通する。でも、外から内側へ向かってくるベクトル――『逆流してくる攪拌のダメージ』や『相手からの攻撃』に対してだけ、超伝導特有の『外からの力を完全に弾き返す性質』が働く」


 攻撃する時は抵抗ゼロで透過し、自分への反撃や術の反動は自動で弾く。


「……そんな都合の良い金属がこの世に存在すると?」


「自然界にはない。天緋金という物質が規格外なだけなんだ。そして、弾き返されて行き場を失った莫大なエネルギーは、あの軸の『ダイヤモンド・ラティス』が強制衝突させて消滅させてる。相手をズタズタに破壊しながら、自分は一切のリスクを負わない。完全な一方通行の暴力だ」


「凄まじいロジックね……」


 沙羅姫の言葉には概ね同意だ。

 しかし――。


「呪式の方はそう難しいことはしていない。ただ『入ってきた力を曲げて、ぶつける』っていう単純な物理法則を引き起こしてるだけ。相手が高位の術師で、霊力が強大であればあるほど、自分の莫大な力に振り回されて惨たらしく自壊する」


 ただ、相手の力を利用して自滅させる、『逆矛(さかほこ)』。

 何の悪意もないかのように創造の神具を反転させただけの理(ことわり)。


「……そんなものを何百本もオークションに出すだなんて、どういうつもりなのかしら……?」


「おおかた宣戦布告でしょ。『いつでもお前たちの首を狩れるぞ』ってね」

 

 沙羅姫は呆れたように小さくため息をつき、憂鬱そうに目を伏せた。


「唯一の救いは、型枠で大量生産する過程で術式がわずかに劣化してること。掠り傷程度じゃ即死はしない。だけど、霊脈は少なからずダメージを受ける。今のところの対処法は『絶対に攻撃を受けないこと』。……呪式を破壊する方法を解明しない限りは、それしかない」


 私が苦い表情でそう締めくくると、沙羅姫は腕を組み、切れ長の目を細めた。


「破壊方法は?」


「…………わからないわけじゃないの」


 私は自分の冷え切った指先を見つめながら、絞り出すように言った。


「天緋金の『弾き返す性質』も完璧じゃない。要は、天緋金に『外からの攻撃』――つまり『異物』として認識させなければいい」


「つまり?」


「天緋金が弾いているのはあくまで『違う波長(ノイズ)を含んだエネルギー』だけ。だから、ベースになってる天緋金と『寸分違わぬ全く同じ波長』の霊力を撃ち込む」


「……完全に波長を同調させることで、防壁を騙すのね?」


「そう。波長が完全に一致していれば、天緋金はその霊力を『自分自身の一部』だと誤認して、あの絶対防御を作動させない。抵抗ゼロの天緋金本体はそのエネルギーをスルーするけど、へばりついてる呪式――不純物の回路だけが莫大なエネルギーを受け流せずにショートして、内側から自壊する」


「理屈は分かったわ。なら、あなたが遠距離からその波長を撃ち抜けばいい」


「それができないんだよ」 


 私は首を横に振った。


「霊波を空間越しに撃っても、空気を飛ぶ間に必ずノイズが混ざって劣化する。着弾する時に波長の同調率が九九・九%になってたら、天緋金はそのエネルギーを異物と認識して弾いて分散させちゃう。さらに、表面に刻まれた『ダイヤモンド・ラティス』の呪式が、弾かれた霊気を交差点で強制衝突させて完全に消滅させる。……外からの攻撃は絶対に届かない」


「……なら、接近戦で直接叩き込むしかないわね」


「うん。でも、そこに最悪の罠がある」


 私はテーブルの上に置かれたサンプルを睨みつけた。

 そこにあるのはただ冷たく硬質な、狂気的なまでに規則正しい幾何学模様だ。


「刃を交えた瞬間、表面の『スパイラルフルート』が起動して、天沼矛の『攪拌』がこちらの防御結界を無視して逆流してくる。量産品だから即死はしないけど、打ち合うたびにこっちの霊脈はかき混ぜられてズタズタになる」


「…………」


「おまけに、実戦で敵が殺意を込めて振り回してる状態だと、霊力の高ぶりで槍の波長そのものが常に変動してるの。手元にあるサンプルのデータだけじゃ足りない。実戦の中で、攪拌のダメージに耐えながら何度も刃を交え、その狂った波長に毎回しがみつくようにチューニングしなきゃいけない」


 遠くから撃てば、完璧に防がれる。

 かと言って、接近戦で挑めば――。


「どんなに優れた術師だって、寸分の狂いもなく波長が合うまで打ち合えば、その頃には攪拌の術式で自分の霊脈がぐちゃぐちゃに壊れてる。……自殺行為に等しいんだよ」


 ひんやりとした沈黙が、リビングの空気を重く縛り付けた。

 

 沙羅姫は腕を組んだまま、僅かに視線を落とす。


 遠距離は無効。接近戦は自滅。

 それはつまり「どう足掻いても絶対に壊せない」という、完全な詰みを意味していた。


 突破口はどこにもない。

 手も足も出ない絶望感が、私たちの間にじわりと広がった。


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