File-12【潜入報告】画商の笑顔と裏工作――ターゲットがちょろすぎます
オークションは、競りの前に行われる『プレビュー(下見会)』と、後半の『メインオークション』の二部構成だった。
今は前半のプレビュー時間。
広いホールには数々の呪具や希少な美術品が分厚いショーケースに飾られ、参加者たちは美酒を片手に品定めをしながら歓談している。
「私は少し、懇意にしている連中に挨拶してくるわ。貴女は自分の仕事をなさい」
「了解。……会場を吹き飛ばさないように善処する」
「ええ、それは本当に頼むわよ」
白狐の面を揺らして優雅に歩み去る沙羅姫を見送り、私は人混みの中で『白虎』の面を探してホールを歩き出した。
ターゲットは、拍子抜けするほどすぐに見つかった。
ホールの中心近く、ひときわ目を引くショーケースの前に、取り巻きの護衛を引き連れて陣取る派手なドレスの女。
その顔には、件の『白虎』の半面が傲慢にふんぞり返っている。
ただ、目元から下――贅沢を重ねて荒れたのか、分厚い化粧でも隠しきれていない肌のくすみや細かなそばかすが、白虎の面の下から生々しく見え隠れしていた。
神獣という気高きモチーフを纏っているつもりなのだろうが、その中身の俗っぽさが隠しきれていないあたりが、何ともアンバランスだった。
彼女――ターゲットである斑目は、ケースに飾られた『古びた呪剣』を扇子で指し示しながら、周囲に声高に自説を披露していた。
「素晴らしい輝きね。これは間違いなく、極上の『金』の気が練り込まれた逸品よ。私のように普段から最高級の金属を扱う者でなければ、この真価はわからないでしょうねぇ」
取り巻きたちが「さすが斑目様」「お目が高い」と媚びへつらう声が聞こえる。
(……うちのハクの面で、よくもまあペラペラと……!)
肚の底でふつふつと煮え滾る苛立ちを、私は深呼吸とともに奥底へねじ伏せた。
仕事だ。
今の私は白虎憑きの琥珀ではない。
プロの画商として、ターゲットを気持ちよく泳がせて情報を引き出すのが私のミッションだ。
私は黒狐の面の下で、沙羅姫仕込みの『完璧な愛想笑い』を構築すると、わざと感嘆の吐息を漏らしながら彼女たちの輪に近づいた。
「――失礼。あまりにもお見事な鑑定でしたので、つい聞き惚れてしまいました」
突然声をかけた私に、斑目と取り巻きたちが警戒の視線を向ける。
私は胸元に手を当て、優雅に一礼してみせた。
「横浜で画商をしております。水行の端くれとして、これまで数々の呪具や美術品を鑑定してまいりましたが……貴女様のように、洗練された『金行』の気配を纏う方は初めてです」
「あら。画商さん?」
「ええ。その気高き西の神獣、白虎のお面……貴女様にこれ以上なくお似合いですよ」
(……っく、自分で言ってて吐きそう……!)
内心で血の涙を流しながらヨイショすると、斑目の警戒心はあっさりと解け、白虎の面の下の口角がだらしなく吊り上がった。
「ふふっ、わかる? 若いのに感心ねぇ。私は普段から、そんじょそこらの術師にはお目にかかれないような『純度の高い特別な金属』を扱っているから、自然と目が肥えてしまうのよ」
「特別な金属、ですか。画商の血が騒ぎますね。……もしや、昨今裏社会の噂を席巻している、あの美しい緋色の……?」
私がわざと声を潜めて探りを入れると、斑目は得意げに扇子で口元を隠し、「さあ、どうかしらねぇ」と勿体ぶって笑った。
これ以上踏み込んでも具体的な情報は引き出せそうにないと踏んだ私は、あえて興味深そうな笑みを崩さず、別の角度から話を振る。
「それはもどかしいですね。ちなみに、本日はどのような逸品をお求めで?」
私の言葉に、扇子を広げ、すっかり気分を良くした様子で答えた。
「メインオークションに出品される『万霊の秘薬』よ。どんな衰弱や怪我でも、たちどころに治癒するという代物らしいわ。どうしても手に入れておきたくてね」
「ほう、秘薬ですか。さすがはお目が高い」
すかさず相槌を打ちながら、私は商機とばかりに言葉を重ねる。
「よろしければ、のちほど貴女様のVIPルームで、その見事な落札ぶりを拝見させていただいても? 実は本日、私に投資してくださっている『パトロン』も同行しておりまして。貴女様のような一流の方と、ぜひお引き合わせしたいのです」
私が背後の人混みに視線を送ると、少し離れた場所から、シャンパンゴールドのドレスを着た沙羅姫が白狐の面越しに優雅な会釈を送ってきた。
見るからに底知れない財力を匂わせる沙羅姫の佇まいに、斑目は「あら……」と品定めをするように目を細め、欲深そうに唇を舐める。
「ええ、構わないわ。メインオークションが始まったら、私の個室へいらっしゃい」
(ちょろすぎる……! ハク、後で私を労っておくれ……)
「それは光栄です。こちら、私の名刺でございます」
内心をひた隠しにして私はにっこりと微笑み、懐から漆黒の和紙で作られた名刺を一枚取り出した。
そして、斑目が名刺を受け取ろうと手を伸ばした、その瞬間。
(――『追跡印』、展開)
名刺を渡す指先が彼女の分厚い金の指輪にわずかに触れた刹那、極小の金属の共鳴を利用した術式を、指輪の中へスルリと流し込んだ。
ほんのわずかな金属音が、生演奏のクラシックと会場の喧騒にかき消される。
水行のオーラで完璧に偽装しているため、私が『金行の術』を使ったことなど誰にも気づかれない。
「それでは、のちほど」
名刺を受け取った斑目に優雅に一礼し、私はその場を立ち去った。
背を向け、人混みに紛れ込んだ瞬間、貼り付けていた愛想笑いをスッと消し去る。
(……よし、マーキング完了)
これだけで拠点が完全に割れるとは思わないが、何かの足がかりにはなってくれることを祈る。
さて、第一段階はクリアしたけれど――肝心の「出品されるはずの天緋金」を見ておきたい。
私はシャンパングラスを手に取ると、何食わぬ顔でプレビュー会場のショーケースを一通り巡ってみた。
(……おかしいな。ざっと見回したけれど、天緋金の気配がする品は見当たらない)
並んでいるのはどれも一級品だが、あの斑目がドヤ顔で語っていたような、特異な霊力を放つ特級鉱物の影すらなかった。
セキュリティの厳しい個別の管理ケースを覗いても、それらしきものは見当たらない。
(なるほど……。プレビューには出さず、メインオークションのステージが始まって初めてお披露目する『スペシャル品』ってわけね)
裏の組織が隠し球として秘蔵しているか、あるいは直前まで厳重に隔離されているということだ。
期待値は嫌が応にも高まる。
私はグラスをウェイターの盆に預けると、後半戦のメインステージに向けて、静かに呼吸を整えた。




