File-10【支援報告】突然の拉致――地獄の強制エステ
決行となる闇オークションまで、あと三日。
ベッドに寝転がり、腹の上のハクを撫でながら、頭の中でミッションの整理をしていた。
まず、ターゲットである女――斑目と直接接触する。
正直なところ、今すぐ捕まえて締め上げたいところだが、天緋金の生産拠点を割り出すまでは泳がせておく必要がある。
適当に煽っていい気分にさせてやれば、拠点のヒントになるようなボロを出してくれる――予定だ。
腹芸は本来得意ではないが、沙羅姫との日々で私も多少は鍛えられている。
次に、私自身の金行の術――極小の金属の共鳴を利用した『追跡印』を、女の持ち物に直接仕掛けておく。
湊は巨大な水神のネットワークに追跡を阻まれたと言っていたが、奥出雲はたたら製鉄の歴史が根付く『金行』の霊脈でもある。
水行のセンサーが白飛びしたとしても、土地に馴染む金行の追跡印なら、あの神域のジャミングを抜けられるかもしれない。
欲を言えば、オークションに出品される天緋金の呪具を入手して調べたいところだが、到底手が出ない価格だろう。そこは現実的に考えるしかない。
鳴神本家の人間だとバレずに会場へ入り込むための『変装』だが――。
私は仰向けのまま、サイドテーブルから古びた呪符と一枚の黒いカードを取り出し、頭上に掲げた。
情報屋の湊に財布の底まで吸い取られて手に入れた『水行への特級偽装呪符』と偽装IDだ。
IDの肩書きは『横浜・山手の若手画商』。
五行における『水』は、流通や知恵、芸術性を象徴する。
さらに、金は水を生むという『金生水』の理を利用すれば、私の金行の霊力をそっくりそのまま水行の偽装エネルギーに変換できる。
武闘派のイメージが強い金行から最も遠い印象を与えつつ、術式のカモフラージュも完璧。怪しまれずに会場をうろつくには最高の隠れ蓑だ。
出たとこ勝負感は否めないが、打てる手は打った。
(……まあ、湊への高額な情報料とこの潜入セットのせいで、私の口座残高は今月ガチですっからかんなんだけどね……!)
金欠の憂いはひとまずなかったことにし、作戦を整理し終えた私は、カードと呪符をしまい、再び両手でハクをわしゃわしゃと撫で回した。
と、そこでふと、根本的な問題にぶち当たった。
「やばい、ハク。闇オークションってどんな格好で行ったらいいの!?」
私はガバッと上体を起こし、腹の上で丸まっていたハクの脇に両手を入れて、目の前の高さまで持ち上げた。
「……にゃーん」
ぶら下げられたハクから、心底呆れたようなジト目を向けられる。
魂のパスを通じて『やれやれ』という呆れの感情と、沙羅姫に丸投げするような気配だけを流し込まれる。
「……確かに! そうだ、姫ちゃんだ! あの人ならその手のVIPなルールに絶対詳しい!」
私はハクをベッドの上にぽすっと下ろすと、迷わずスマートフォンを取り出して沙羅姫の電話番号をタップした。
「あーーもしもーし、姫ちゃん? ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
『あら、琥珀。調査の首尾はいかが?』
「おかげさまで絶賛金欠です……まぁそんなことはどうでもよくて、三日後の闇オークションのことなんだけど。私、何着ていけばいいか全然わかんなくてさ〜。姫ちゃん、助けてくれない?」
『…………は?』
電話の向こうで、沙羅姫が絶句する気配がした。
『貴女……まさか、裏社会で探偵をしているというのに、今更そんなことを言っているの? 十五から私が育ててあげたというのに、どうしてそういう世間知らずなところが抜けないのかしら』
「だって! 姫ちゃんが『危ないから』って、そういう裏の社交場みたいなところには全然連れて行ってくれなかったんじゃん!」
『……はあ、それもそうね』
電話越しに、沙羅姫の深すぎる優雅なため息が聞こえた。どうやら彼女なりに、過保護に育てすぎた自覚はあるらしい。
『偽装IDの肩書きは?』
「横浜・山手の画商、水行の術師設定」
『なるほどね。……わかったわ、私が見繕ってあげる。当日の夕方、会場の最寄駅に行きなさい。そこでドレスを手配しておくわ』
「えっ、ほんと!? 姫ちゃん愛してる!」
『本当に現金な子ね……。当日を楽しみにしていなさい』
通話を切り、私は「よっしゃ!」とガッツポーズをした。
これで服装の問題は解決だ。ついでに無料でドレスをゲットできた。
当日は、招待状が示す座標近くまでのんびり向かえばいい。
……そう、この時の私は完全に油断していた。
⭐︎
オークション当日。
指定された会場は神戸の湾岸エリア。
私はハクを体内の霊脈へと戻し、自宅をあとにする。
品川から新幹線に乗り、新神戸駅の改札を抜けた、その瞬間だった。
「ひっ!?」
突如、私の両脇を屈強な黒スーツの女性二人がガッチリと固めた。
一切の気配を消して背後に立っていた彼女たちは、私が声を上げる間もなく、流れるような無駄のない動作で私を黒塗りの車の後部座席へと押し込んだ。
「えっ、ちょ、何!? 誘拐!?」
「お迎えにあがりました、琥珀様。沙羅姫様より仰せつかっております」
感情の読めない能面のような笑みを浮かべた彼女たちは、間違いなく土行の、それも沙羅姫お付きの戦闘侍女たちだった。
車は猛スピードで走り出し、あっという間に市内の超高級ホテルの地下駐車場へと滑り込む。
そこからの数時間は、まさに地獄(というか拷問)だった。
「お肌が乾燥しております。パックを」
「爪の甘皮の処理が甘いです。修正します」
「お髪のキューティクルが死にかけです。徹底的に修復を」
「も、もう勘弁してくださいいぃぃ!」
ホテルのスイートルームに引きずり込まれた私は、プロの侍女たちによって文字通り『ピカピカに磨き上げられる』羽目になった。
アロマの香る風呂に放り込まれ、全身の角質を削り落とされ、顔には高級な泥を塗りたくられ、三人がかりで髪から爪の先まで徹底的なメンテナンスを施される。
そして数時間後。
フラフラになった私の前に用意されたのは、豪奢でありながら動きやすそうな、深いスリットの入ったミッドナイトブルーのイブニングドレスだった。
「琥珀様、お着替えを」
恭しく一礼する侍女たちの前で、私は真っ白に燃え尽きながらそのドレスに袖を通した。
仕上げに、『特級偽装呪符』に霊力を込める。
瞬間、ひんやりとした清冽な気配が全身を駆け巡り、髪と瞳が深海を思わせる透き通った紺青へと染め上げられていった。
本来の金行の気が滑らかに変質し、静かで底知れない水行のオーラとなって表出する。
鏡の前に立つと、そこには見違えるほど艶やかで、知的でミステリアスな色気を纏った『水行の若手画商』が完成していた。
その完璧な仕上がりを見届けると、侍女の一人がすっと進み出た。
「琥珀様、ドレスにあしらわれている黒曜石のビーズ装飾ですが――いざという時はお取り外しいただき、水行の霊力を流し込んで暗器としてお使いください」
「不慣れな水行の術を瞬時に安定させる『触媒』となり、極めて鋭利な『水刃』として対象を音もなく両断することができます。これならば金属探知機を素通りできる上、現場に金行の痕跡を残して足がつく心配もございません」
黒曜石は天然のガラス石。装飾具としてもよく使われる。
厳重なセキュリティの検問を完璧にかいくぐり、かつ偽装属性にまで最適化された仕掛けだ。
いざとなったら金行の力で会場を丸ごと爆散させれば良いと考えていた私は、思わず感嘆の息を漏らした。
(……姫ちゃんのサポート、色んな意味で手厚すぎる……)
沙羅姫のおかげで準備は完了だ。
あとは地下で待つ手配された車に乗って、会場へ向かうだけ――。
オークション編、いよいよ開幕!
読んでくださる方のおかげで、執筆への熱意がガンガン上がっています!
本当にありがとうございます(T ^ T)
引き続き何卒よろしくお願いしますo(^-^)o




