第8話 最後に紹介した日
ノーラが出ていったのは、八月の初めの夕方だった。
荷は多くない。私が贈ったものはほとんど置いていった。櫛と、外套と、青い石の飾りが、卓の上に並べてある。並べ方が丁寧だった。
持っていったのは、二百枚刷ったという自分の名刺だけだった。束はほとんど減っていない。
「エーリク様」
「送らせる」
「けっこうです」
ノーラは扉のところで立ち止まった。この娘は、話す前に長く待つ癖がある。
「ひとつだけ、伺ってもよろしい」
「言え」
「奥様は、わたしのことで何かお変えになりましたか」
「錠を替えた」
「それは、わたしのことではないでしょう」
答えなかった。答えるものが無かった。
「わたし、あの方に泣いてほしかったんです。怒鳴られてもよかった。追い返されてもよかった。そうしたら、わたしはあの家に何かを残したことになるでしょう」
「ノーラ」
「あなたは、わたしのために何ひとつ壊されなかった」
娘は扉を開けて出ていく。辻の車を呼ぶ声が、しばらく下から聞こえていた。
壊されなかった、という言い方の意味が取れない。壊してほしかったのだとすれば、あの娘は初めから、私ではないものを見ていたことになる。
卓の上の櫛は、そのままにしておいた。片づけるように言う相手が、この家にはいない。
妻が屋敷を出たのは、その十日ほど前である。荷は少ない。置いていったもののほうが多い。同じことを、二人が続けてやったことになる。
その晩、私は書斎で数え始めた。
数えるつもりではなかった。妻を人前で最後に紹介したのはいつかと考えて、それが出てこなかったからだ。
思い出せる夜会を順に挙げてみた。ヴァレンティン家の夜会。あれは今年の初めで、あのとき私は妻を「うちの者」と言った。その前は、去年の暮れのケルナー家。妻は熱を出して行っていない。その前が去年の建国祭で、あの晩は私が先に帰った。その前。その前。
三つ戻ったところで、名を口にした場面が出てこなくなった。妻がそこにいた場面は出てくる。私が誰かに向かって、これが私の妻のイレーネです、と言った場面が出てこない。
代わりに別のものを数えることにした。
在宅日。
妻は火曜と金曜の午後に定めた。八年のあいだ、この家に在宅日というものがあると私は知らなかった。
私の在宅日は無い。無いということを、妻に訊かれるまで考えたこともなかった。
家に人が来る。取り次がれる。会う日と会わない日がある。会わない日には、誰かが下で断っている。断られた側が腹を立てた話を、私は一度も聞いていない。腹を立てられない断り方があるということを、いま初めて考えている。
席次。
当家の一行は、この十年で三度上がっている。三度とも父の功績だと聞かされて、そう思ってきた。式部官庁に問い合わせて、写しを取り寄せた。三度とも、上申の書簡は当家から出ている。差出人の欄に書いてあるのは、私の名だ。文字は私のものではない。
十年前の一通目は父の代で、母の字だった。八年前からの二通は、妻の字である。
書簡の中身も読んだ。当家が過去二年に迎えた賓客の一覧と、その序列上の位置。誰と誰を同じ席に着けなかったか。理由は書いていない。書かずに、並びだけで示してある。
私は読めなかった。私宛ての文書ではないからだと思っていたが、差出人は私である。
縁談。
去年、従妹の縁談が三件持ち込まれた。三件とも成立しなかったと聞いている。ひとつも私のところへは上がってこなかった。妻が断っていた。断った理由は帳面の隅に一行ずつ書いてある。二件は相手方の借財、一件は当主の酒である。
もし私のところへ上がっていたら、私は三件とも承知しただろう。断る理由を調べる手立てを、私は持っていない。
三件のうち一件は、私の狩の仲間の家だった。あの男とは今も月に一度、馬を並べている。従妹が嫁いでいたら、いま頃どうなっていたか。
妻は、私の仲間の家を断った。断ってから、その月の末に返礼の名刺を差し出している。あの男は今日まで、断られたことを恨んでいない。
盆。
玄関脇の卓の銀の盆。あそこには誰の名刺が上に載っているかで、この家がいまどこに立っているかが分かるのだと、侍女頭が言った。八年、上に何が載っていたかを私は一度も見ていない。通り過ぎるとき、目の高さより下にあるからだ。
見ていないものを、私は毎日持って歩いていた。
盆の上にいちばん長く載っていたのは、四年前に断った家の名刺だという。断ってから返礼を差し出し、翌年その家の当主が私の後見に回った。あのとき彼は、奥方によろしく、と言っている。私は聞き流した。
数え上げると、四つになった。四つで止まったのは、私が知っている家の仕事が四つしか無いからである。
五つ目を出そうとして、しばらく机に向かっていた。出てこなかった。屋敷の中で妻がしていたことのうち、名前をつけられるものが四つしかない。名前をつけられないものは、数えようがない。
蝋燭が短くなるまで座っていた。
帳面は納戸にあった。四冊を出させるのに、侍女頭を呼ばねばならない。
「旦那様。こちらは奥様のお仕事の記録でございます」
「読んではいけないのか」
「いけないとは申しておりません」
侍女頭はそれだけ言って下がった。
帳面によれば、八年で二千二十六人が断られている。奥へ通されたのは四百二十七人だ。四百二十七人のほとんどは、通ったあとで私の前に現れた。現れるまでの選別を、私は空気だと思っていた。
記号は茶色い墨で書かれている。丸と、三角と、横棒。四冊のあいだで、字の傾きが変わらない。八年、同じ姿勢で書き続けた者の字だ。
九月の初めに、式部官庁から書面が来た。
建国祭の賓客の並び。当家の一行は、去年より二列下がっている。理由の欄はない。
私は当庁へ出向いた。応対したのは若い書記官で、丁寧だったが、話は五分で終わった。
「席次は、各家の接遇の記録をもとに組んでおります」
「記録とは」
「訪いを受け、返し、断った記録でございます。当庁は各家の来客の運びを見ております」
「当家は何も変えていない」
書記官は少し黙った。
「昨年まで当家からいただいておりました書簡が、今年は届いておりません」
書簡。誰が出していたか、もう訊くまでもなかった。
「出せば、戻るのか」
「書式がございます」
「教えてもらえるか」
「当庁は書式の指導をいたしません。各家のご判断でお出しいただくものでございます」
若い書記官は、そこで初めて私の顔を見た。気の毒に思っている顔ではない。この人は、私が何を知らないかを正確に把握して、それを口に出さずに済ませようとしていた。
帰りの廊下で、扉に札の掛かった部屋を通った。賓客顧問室、と書いてある。中は暗く、机がひとつ置かれていた。
同じ月に、母が動いた。
母は名刺を作らせた。作らせるところから始めなければならなかったらしい。三十八年間、母の名刺は必要とされたことがなかった。
その足で屋敷へ行き、門で名刺を差し出したという。門番は受け取らなかった。
「お預かりできません」
「わたくしは先代の未亡人です」
「本日は在宅日ではございません」
母はその足で私のところへ来て、椅子に座らずに立ったまま話した。あの子は誰の言うことも聞かない、家というものを分かっていない、あなたが当主なのだから連れ戻しなさい。同じことを三度言った。三度目は言葉が少し違ったが、中身は同じだった。
名刺を見せてもらうと、飾りが入っている。金の細い縁取りが四辺に回してある。
上等な家ほど、飾りを使わない。
「母上。名刺は」
「受け取ってもらえませんでした」
母は封筒に入れて返された名刺を持っていなかった。返されもしなかったからだ。受け取られなかった名刺は、返しようがない。
私は封筒に入れて返された自分の名刺を、机の抽斗に入れてある。
十月に、私は刷り屋へ行った。
自分の名刺を作るためである。二百八十枚が納戸にあることは知っていたが、あれは三年前の刷りで、いまの序列と合っていない。
刷り屋の主人は、卓の上に見本を並べた。
「ご当主のお名刺でございますね。寸法はいかがなさいますか」
「寸法」
「殿方のものは、上着の内隠しに収まる小さめ。ご婦人はやや大きめでございます」
「小さいほうで」
「厚みは。厚紙は三等ございまして、いちばん上等なものはこちらに」
私は三枚を順に触った。指の腹で撫でて、爪の先で角を弾いてみた。違いが分からない。分からないと言うのは業腹だったので、真ん中を指した。
主人は真ん中の一枚を脇へ寄せ、いちばん上等なほうを私の前に置き直した。何も言わずに。
「書体はいかがいたしましょう」
「前と同じでいい」
「前回のお刷りを検めます。少々お待ちを」
主人は奥へ引っ込み、綴じた台帳を持って戻ってきた。指で行をたどって、途中で止まった。
「三年前の秋でございますね。三百枚。書体はこちら。飾りは無しで、と承っております」
「そうだ」
「ご来店は、奥様でいらっしゃいました」
私は見本の一枚を持ち上げて、また置く。
「そのとき、妻は何を言った」
「何をと申されますと」
「注文のほかに、何か」
主人は台帳を繰り直した。備考の欄というものがあるらしい。
「三年は持たせたい、と。それだけでございます」
三年前の秋に刷った三百枚は、まだ二百八十枚残っている。持たせるどころではない。
「飾りは、いかがなさいますか」
「無しで」
「かしこまりました。上等なお家ほど、飾りをお使いになりません」
その言葉も、たぶん妻が最初に言ったのだろう。
主人が羽根ペンを置いた。台帳の紙が一枚、ひとりでにめくれて戻る。表の通りを荷車が過ぎていく音が、そのあいだ続いていた。
「ご当主のお名刺には、ご夫人のお名前を添える形もございます。ご同伴の訪いが多いお家では、そちらを」
見本の紙の右下の角が、わずかに反っている。私はそこを見ていた。
妻を、と言いかけて、私はその先の名を人前で口にした最後の日を思い出せなかった。




