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2-5 『フリー&パンケーキ』



「本日、ご主人様たちの眷属になります、吸血鬼のルル・ベルガモット・ベルベットで〜す。気軽にルルって呼んでくださいね、ご主人様♡」


 

 窓際のテーブル席に向き合うように腰掛けるシロとクロに、彼女は手でハートを作りながらにこやかに告げる。

 


 血のような華やかさのある紅色の髪の毛。少しウェーブの効いたセミロングの上にはメイドらしいホワイトブリムが付けられており、前髪から覗く瞳はこれもまた美しい暗紅色の光を携えていた。


 

「そういうのはええから。早く注文させてくれんか?わしはもう腹ぺこぺこじゃ」

「………チッ。ではご主人様たちのためにメニューをお渡ししますね♡」

「え、いま舌打ち」



 

 ルルは指先を淑やかに動かす。その動きに呼応するように、何処からともなくメニュー表が飛んできては机の上に収まった。

 



「おぉ……変な名前のメニューばっかりだが、どれも美味そうだな。って、なんだこの値段?アセロラフロートが2000y/ml……?」

「このお城では特別な通貨を使っています♡そのままお金でお支払いしても、同量の血液で支払っても問題ありません♡」

「2000円か、血液2000mlか……。いや、普通に高いな?」

「私のオススメは、『〜今宵、眷属と共に特別な夜を過ごそう〜チョコレートタルト』です♪」


 

メニューを指すルルの指先を、二人は覗き込む。瞬間、二人は思わず「「はあ?!」」と声を荒げていた。


 

「3800y/ml?!?!高すぎるだろッ!!こんな量の血を抜かれたら夜を過ごすどころか、速攻でお通夜だぞ!!」

「特別な夜ってそういう……」

「大丈夫ですご主人様!ご主人様なら耐えられます!がんばれがんばれご主人様(下僕)♡負けるな負けるなご主人様(血液パック)♡」

「「………………」」



 

 ペチペチと手を叩きながら愉快そうに応援する彼女の目は、明らかに笑っていなかった。




 

「あー……」とクロは頭の裏を掻いて、面倒臭げに告げる。


「じゃあ、そうだな――――パンケーキを二つ、頼む」

「…………かしこまりました♡出来上がったらこちらにお持ちしますので、少々お待ちくださ〜い」


 

 クロの鋭い視線に、ルルは意味深な沈黙を残して店の奥へと去っていった。



 その意味を理解できなかったのだろう。シロはメイドが見えなくなった瞬間、「のう……」とあからさまに渋い顔をでクロを見つめる。


 

「クロが随分と推すからこの店にしたが……本当に大丈夫なんじゃな?…………本当にここは無料でパンケーキを食えるんじゃな?」

「あぁ、間違いない。さっきのやりとりで確信した。……フリーパンケーキは、実在する!」


 

 クロは自信満々にスマホの画面を見せつける。そこには、『FREE PANCAKE』と描かれた看板がくっきりと写っていた。



 昼食を食べるには心許ない金額を手に街を彷徨っていた時、二人はこの看板を目にしてこの店に入ることを決めたのだ。

 


「まぁ、ここまで大々的に書いておいて嘘というわけもあるまい。本物のパンケーキ、楽しみじゃなぁ……っ」

「結構な人気店みたいだしな。味も期待できる。本物は凄く甘いらしいぞ……っ!俺たちは一体どうなるんだ……??!」


 

 窓から差し込んでくる陽光が二人の横顔を照らす。煉瓦造りの城をイメージしたのだろうどこかファンシーさを感じる店内は、二人以外の客でも賑わっていた。



 ポップな音楽の流れる空間に、メイドと客の楽しげな話し声が響いている。

内容が健全かはともかく。ちゃんとした店であることには変わりなさそうだった。


 




 そこまで認めてようやく肩の力を抜くことができたのだろう、二人は流れるように次の話題へと移る。即ち……


「で、これからどうするんじゃ?午前の調査では何の情報も得られんかったわけじゃが」



 ジャックザリーパー……かの死神をどうやって捕えるか。

 当然、この店に至るまで遊び呆けていたわけではない。二人は見知らぬ街に浮き足立ちつつも、二人なりの捜査を行なっていた。


 

「道ゆく人々に話を聞いてみたが、誰も彼も知らんの一点張り。名前を喰ろうても、特に有力な情報は見られんかった」

「この都市はそもそもの人口が多い。当たりを引くまで相応な時間がかかるだろう。……一応聞くが、そいつらの名前はどうしたんだ?」



 ふと尋ねられたシロは「ハッ」と犬歯を露わにして嗤う。

「安心せい。ただ吟味しただけじゃ。あやつらにはなんの影響も出ておらんよ」



 二人の捜査方法は至って単純であった。


 目についた人に片っ端から声をかけて、名を尋ね、その名前を喰べる。


 "名を喰らう獣"であるシロは、相手の名前を喰べることでその人物の過去の経歴を探ることもできた。

 嘘吐きも寡黙も一切関係なく、あらゆる物事を詳らかにする最恐の尋問。




 しかし、とシロは可愛らしい眉を顰めて頬杖をつく。

「しらみつぶしに聞いておるのではいつ犯人に辿り着くか……皆目見当もつかんぞ」


 

 この方法には一つ、弱点があった。それは、時間がかかり過ぎるということ。

 まともな収入が得られない以上、先に野垂れ死ぬのは二人に違いないのだ。



 だが、そのシロの懸念に当のクロは気にすることなく、窓の外に見える街並みを見下ろす。


 

 目の回るような都会の雑踏を眺めつつ、クロは「問題ない」と揺るがぬ声で言い放った。

 


「犯人と少しでも関わりのある人物に当たれば、そこからは芋づる式だ。すぐにジャックを特定できるだろ。……だが、シロの言う通り喰べる対象を一旦絞るべきかもな」

「というと、どうするんじゃ?」

「犯罪者には犯罪者のコミュニティがある。悪いやつの話を知りたいなら、悪い奴に聞くのが一番ってことだ」


 






「お待たせしました〜〜♡『〜逃げたらダメよ?〜 とろりと甘ーいパンケーキ』で〜す♡」

 ルルの愛でるような声と共に、二人の前にプレートが置かれる。



「こ、これが――――――!!!」」

「ほんものの、パンケーキっじゃとぉぉおおお――――?!」

 その姿を目にした瞬間。そのあまりの威光に、二人は目が眩むような錯覚を覚えた。



 皿の上に肢体を晒す、黄金色の美しい焼き目を携えた円柱。

 指先で押せば今にも潰れてしまいそうな柔らかさを誇るそれが、あろうことか二枚も重ねられている様は、まさに神の御技。上から流しかけられたクリームは、まるで天女の羽衣。



「ペラペラしとらんっ!ドロドロもしとらんっ!廃棄物みたいな匂いもせんっ!!なん、な、なっ、なんじゃこれわぁぁぁあ……!!」


 目をキラキラと輝かせたシロは椅子の上に立って身を乗り出す。口の端から垂れていくヨダレをなんとか拭い取った彼女は、辛抱ならんといった面持ちで傍らのフォークを握りしめた。


 

「まずは……はい、これが伝票です。それともう一つ、召し上がられる前に美味しくなる魔法を掛けさせていただきま〜す♡」



 紙の伝票を机に伏せ、ルルはこれ以上ないほどに甘い声音で告げる。こちらに見向きもしないシロの様子に、ルルは青筋を浮かべそうになるのを耐えながら、緩慢な動きで指先を合わせた。



 その時。




「――――待て。これは、どういうことだ?」

「あ"ぁ"ん?」



 突然の制止にルルはメイドらしからぬ蛮声と共にクロを睨み付ける。しかし、クロはそれどころではなく。



 怒りと失望を顔に滲ませながら、わなわなと身体を震わせる彼の手には、先程置かれた伝票が力強く握られていた。



「ぱっ、パンケーキ二皿で4800y/ml......??!!フリーパンケーキのはずだろ?!どうなってんだ!!」



 伝票を机に叩きつけて荒々しく抗議するクロに、ルルは「あー……うーん……」と小首を傾げてお手本のようなすっとぼけ様を見せる。



 しかしクロの鬼気迫る表情から、誤魔化すことは無理だと判断したのだろう。

 「はぁ……」とため息をついて、彼女は自ら化けの皮を脱いだ。



「よぉく、わかんないっすけど。要は悪質なクレーマーってことっすね?店長を呼ばせてもらうっすよー」



 打って変わって全てを見下すような瞳で席に座る二人を見つめた彼女は、若干擦れた声で店の奥へと呼びかける。



「店長〜〜〜出番っすよ〜〜」

「なんじゃあわりゃあ!!!いてこましたろかコレェエイ!!」


 瞬間、店を揺るがすほどの怒声と共に、スタッフルームへと続く扉が鋭く蹴り開けられる。



 店内が騒然とする中、「おうおうおう」と野蛮な歩き方で姿を現した金髪の男は、クロを見つけるや否やバァァンッ!!と机を叩いて威圧した。



「うちのパンケーキにケチつけたんか?舐めとんのかワレェい!!??!」

「舐めてるのはそっちだろう……!看板にはハッキリとフリーパンケーキって書いてあったぞ!無料じゃないのはどう説明するつもりだ?!」



 クロは素早くスマホを操作し、『FREE PANCAKE』と書かれた看板の写真を突きつける。



 決定的な証拠に、しかしルルと店長は「ふふっ」「はんっ」と鼻で笑ったかと思うと、


「兄ちゃん、その看板よぉ〜く見てみぃや。ほれ、拡大してみぃ」

「は?拡大……?」


 言われるがまま看板の部分を拡大する。



 『FREE』と『PANCAKE』の間に存在する異様なまでの空白。それを埋めるように、目を凝らさなければ見えないほどの小さな文字で、確かにこう書かれていた――――




「―――――FREE 《《Wi-fi》》 & 《《GREAT》》   PANCAKEじゃド阿呆がぁぁ!!!」

「なっ、なにぃぃぃいい?!?!」




 狡猾な笑みで告げられた衝撃の事実に、稲妻で打たれたように痙攣するクロは、「……いや、まだだっ!」と威勢よく立ち上がる。



「俺たちはまだパンケーキに手をつけていない。返品できるはずだ、そうだろう?」

「ツレさんもうだいぶ食ってるみてぇだが?」

「クロぉ……これすっごい……すっごいのじゃ……!!ふわふわ、ふわふわじゃぁあ」

「終わりだ…………」



 滂沱の涙を流しながらパンケーキを頬張るシロの姿に、へにゃと座り込みクロは頭を抱える。



「コレェイ、まだ美味しくなる魔法かけ終わっとらんやろげぃ!!ぶっ倒れるんは後で血ぃ抜かれるまで取っとけヤァ!」

「ご主人様から血を取る眷属がどこにいるんだよ……」

「これが本物の血税じゃド阿呆!!ホレェ!!いてこましたれルルゥ!!」

「はいっす〜。いきますよー」



ルルはその細やかな指を合わせて、可愛らしいハートを作る。



「美味しくなーれ♡ 萌え、――――」



 外界と店内を隔てる窓ガラスから、季節外れな陽光が照りつけている。クロとシロの腰掛ける席の真隣に存在するその大窓からも同じく、暑さを感じるほどの熱が入り込んでいた。





 その、陽の光が。






 ふっ、と暗がりに覆われる。




「――――萌え、」



 太陽が雲に隠れる時のように、曖昧さを有するその影は、しかし。瞬く間にこちらに急接近し、その姿を確実な形として露わにする。




 黒く塗られた艶のあるボディ。曲線の角の入り混じった大ぶりな身体に、四つの車輪を携えた見慣れたフォルム。





 それは、車であった。





 3階に位置するこの店に、車が飛び込んできていた。






 何かに無理やり投げられたような、大きな歪みを抱えながら。






「――――キュンっ」



 瞬間、建物全体が揺らぐような轟音と共に、辺りが爆炎に包まれた。



こんばんわ!星見夜船です!


今回も読んでくださり本当にありがとうございます!!

明日もお楽しみに!!


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