2-3 『魔の都 京都』
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軽やかなメロディと共に、新幹線が滑るようにして走り始める。
耳に汽笛の名残を残しながら速度を上げていくそれは、流線的なボディで風を切り裂きながら、瞬く間に発って行ってしまった。
黒を基調としたプラットホームを抜け出し、新幹線は元の場所へと戻っていく。
俄かに生み出された風の揺らぎが、駅の周りにいた人々の髪を人知れず揺らしていた。
「あれが京都タワーなんだってよ!でかくねっ?!」
「近くにい〜ぃ魔道具店があるらしぃんだよ。行ってみてもいいかぃ?」
「"ウィンド"。ほら、ちゃんと手を乾かしなさい」
ここは魔の都『京都』。
遥か昔より神秘と奇跡に色付けられたこの土地は、機械化の波に押しやられても今なお神秘が色濃く残っている。
都市を闊歩する数多の亜人族に、衣服を隔てても感じるほどの魔素の奔流。
駅を出てすぐの場所でも人々の顔はどこか活力に満ちており、至る所から響く魔法の詠唱からしても、魔法の都と表現するのが何よりも正確だと言えよう。
「……ねぇ、あの人達……一体どうしたのかしら」
「ママーあれ何ー?」
「しっ、見ちゃダメよ!」
そんな奇跡の都市に、小さな暗雲が立ち込めていた。
いや、暗雲が立ち込めているのは都市ではなく、彼らの頭上にのみなのかも知れない。何故なら――――
「しょ、所持金……510円……っ?」
「う、嘘じゃろ……諭吉は……樋口はどこへ行ってしもうたんじゃっ?!」
京都駅の正面入り口で、二人の男女が地に伏せるようにして項垂れていた。
彼らの目の前には、この都市で生きていくには心許なさすぎる六枚の硬貨が並べられており。
悲しきかな、それが彼らの全財産であった。
魔導警察の制服ではなく、きっちりとしたスーツに身を包んだ外薗は額に手を当てて呆れた溜息をつく。
「はぁ……だから言ったじゃないですか。交通費は自己負担ですって」
「だからと言って一万円かかるとは思わないだろっ!!大体お前が奢ってくれたらこんなことには……っ!」
「そうじゃそうじゃ!!おーぼーじゃ!!」
「恩返し」
「「……ぐっ……」」
外薗の一言に、抗議していた二人の口が悔しげに閉ざされる。
普段のクロとシロであれば、外薗が折れるまで駄々を捏ねていただろうが、ここまで素直に引き下がったのにはとある理由があった。
時は、焼肉の日へと遡る。
『――――正気ですか?!私に着いてくるって……お二人は魔導警察署員でもありませんし、何の資金的援助も出ませんよ?!』
目を大きく見開き、半ば立ち上がるようにして外薗は問い詰める。その顔には十分な驚きと、隠しきれない喜びが滲み出ていた。
『問題ない』と、焦げかけた肉を口に頬張りつつクロは答える。
『お前がことあるごとに飯を奢ってくれたおかげで、結構な貯金ができてる。京都に行っても一週間ぐらいなら保つだろう』
『……言葉を返すようですが、一体どうして私に着いて来てくれるんですか?』
らしくないと指摘するような外薗に、クロは水で口の中の肉を流し込んだ後、手でグラスを揺らしながら控えめに笑みを浮かべた。
『ま、恩返しだよ。これまでお前には色々とお世話になったからな。恩を返さないほど俺は薄情じゃない』
『クロ……お主まさか本当に人の心を…………? ……まぁ、そういうことじゃ。事件のことはわしらに任せておけばよい。お主はいつも通り、わしらに飯を奢ることだけを考えておくんじゃな』
『また奢られるつもりですか?!』
呆れた声を上げる外薗は、だが少しばかりの沈黙の後、限界が来たのだろう。『ぷっ……ははは』と堰を切ったように笑い出す。
『お二人はずっと変わりませんね……。いいですよ、あっちにいる間必要な分は奢ってあげます』
『ふっ……それでこそ魔導警察のエリートだ』
『あ、でも交通費は別ですよ。私にもあんまり余裕がないので』
『はっ?!?!』
聞き捨てならないとばかりに、クロはダンッ!と机を叩いて立ち上がる。
『待ってくれ、ここから京都って結構かからなかったか?!お前が払ってくれないと移動だけでほぼ全財産が消し飛ぶぞっっ!!おい、エリートの矜持はどこへ行った!?ふざけるなよ!俺たちは、』
『クロさん。はい、ホルモンです』
『……………………噛みきれない……』
眉を顰めながらモキュモキュと噛み続けるクロを尻目に、シロは「ハッ」と鼻を鳴らした。
『クロも大変じゃなぁ。あぁ外薗、わしは交通費などいらんぞ』
『珍しいですね?シロさんもごねるものだと思いましたけど……』
『当然じゃ。わしはクロと違って慎ましさを覚えたのじゃ。色即是空、悪邪必滅。わしは京都で遊ぶ金を得られればそれでよい』
『出しませんよ?』
『はっ?!?!』
聞き捨てならないとばかりに、シロはパンっと机を叩いて立ち上がる。
『遊ぶ金もくれんとはなんたるみみっちさじゃ!!そうしてまでわしの楽しみを奪いたいのか?!そんな守銭奴じゃから未だに配偶者もおらず、クロにも振り向』
『シロさんも。はい、ホルモンです』
『……………………噛みきれん……』
黙々とホルモンを噛み続ける二人を前に、外薗はグラスを持ち上げて、気持ち良さげな笑みで呟いた。
『恩返し、楽しみにしていますよ』
「――――クソっ!何が恩返しだ……やはり人の心は捨てるべきだッ……!!!」
「いつまで言ってるんですか……。ほら、シロさんを見習ってください。あんなに楽しそうですよ」
「クロ!クロ!あっちに何やら美味そうなものが並んでおる!それもいっぱいじゃ!!こんなもの見たことないぞ!!」
京都駅前の広場には、何かのイベントであろうか。
色とりどりの装飾を成したテントが至る所に立ち並び、そのどれもが食指をくすぐるような香りを辺りに放っていた。
「フランクフルトに焼きそばに……何だこのクルクルしたやつは?」
「トルネードポテトって言うみたいですね。って、結構良い値段するなぁ……さすが都会」
「一本800円とか絶対ぼったくりだろこれ……」
様々な食べ物を扱っている屋台群を前に、クロは渋い顔をする。その内心を感じ取ったのだろう、シロは小さな胸を張って自信満々に告げた。
「案ずるでない!さっきあの辺りで、10円でパンを売ってる店を見つけたのじゃ!」
「なにっ、それは本当か?!半額パンのさらに半額以下じゃないか!」
「10円パンと大々的に宣伝しておったわ。優しそうな店主じゃったし、きっと人情で成り立たせておるのじゃろう」
「やはり必要なのは人の心か……でかした!!買ってこい!!」
手渡された小銭をギュッと握りしめて、シロは屋台の方へと走り去っていく。尻尾と耳をご機嫌に揺らしながら列に並ぶその姿は、年端のいかぬ少女のそれでしかなかったのだが。
「…………」
彼女を眺める外薗の顔には緊張の色が滲んでいた。
「……クロさん。シロさんのことなのですが」
「シロがどうかしたのか?」
僅かに見下ろす形でもたらされるクロの視線に、外薗は一瞬躊躇いを見せたが、すぐに気を取り直して続けた。
「私たちも長い付き合いです。シロさんが何らかの特異な力を持っていることも、それを隠さなければいけない事情が貴方たちにあることも、何となくは理解しているつもりです」
「……」
「その上で、貴方たちにお願いしたいのです。これから一緒に調査に臨む以上、互いへの信頼は欠かせません。私は貴方たちのことを信頼しているつもりですが……逆は……。どうか、私に貴方たちのことを教えてくれませんか?」
胸の膨らみに手を乗せ、自身の鼓動が早くなることを感じながら、外薗は問いかける。
切実な願いに、黒髪の青年は静かに首を横に振った。
「そう、ですか。……いえ、なんでも」
「一応言っておくが、俺たちもお前のことは信頼しているつもりだ。お前に話さないのは、単純に俺たちの過去がつまらないから。そして――――聞けばお前の身に危険が及ぶかもしれないからだ」
「――――!」
予想外の返答に、外薗の伏せていた瞳が見開かれる。振り向いたその先には、いつも通りのクロの姿があった。
「正直話してやってもいいが、俺たちはお前の実力を知らないもんでな。話していいものか判断をつけ難い。つまり、」
「……今回の事件で私の強さを見せればいいってことですね?――――上等です」
クロからもたらされた挑発的な視線に、外薗もまた獰猛な笑みで返す。
その時、外薗の懐からピリリリリと電子音が鳴り響いた。
スーツの内ポケットからスマホを取り出すと、「はい。……はい。了解です、向かいます」と少しばかりの言葉を交わして、電話を切る。
「京都魔導警察署から召集がかかりました。また、"奴"が現れたそうです」
「ジャック・ザ・リーパーか。俺たちも一緒に行けそうか?」
「いえ、関係者以外立ち入り禁止なので……。お二人はお二人の方法で調査をお願いします」
「了解だ」
「おぉぉい……クロぉ……外薗ぉ……」
手早く段取りを済ませた二人の方へ、シロがトボトボと歩み寄ってくる。その両手に抱えるように、10円玉を模した焼き菓子を携えながら。
「10円パン……10円ちゃうかった……」
「なっ……い、一体いくらしたんだ?」
両腕を戦慄かせながら問うクロに、シロはほとんど涙目になりながら手のひらで握っていた10円玉を差し出す。
「500円取られてもうた……取られてもうた……っ」
「………………かひゅっ」
全財産 10円
クロは泡を吹いてその場に倒れ込む。必死に節約し、命を削ってまで貯めた諭吉は魔の都に吸い取られ、半日にして水泡に帰したのだった。
こんばんわ!星見夜船です!
10円パンって名前負けしてると思いません?
次回の投稿もお楽しみに!




