2-2 『死神ジャック』
じぅぅぅぅぅう......!!!と金網に乗せられた肉の悲鳴が響く。
炭火によって熱された七輪の上で、美しいサシの入った肉が所狭しと並び、香りと臭いの暴力を煙として立ち昇らせていく。
繊細なトング捌きによって肉がひっくり返された頃には、珠玉の赤身は姿を消し、空腹に満ちた腹を容赦なく刺激する網状の焼き目が顔を見せていた。
「ほら、できましたよ。ここら辺のお肉はだいたい食べられます」
トングをカチカチと鳴らしながら得意気に語る外薗に、向かいに座ったシロとクロは溢れんばかりの唾液を飲み込む。
目をバキバキに血走らせ震える箸で肉を掴んだ二人は、ぴと……とタレの上に脂の花を咲かせて、ままよ!とばかりに口に放り込んだ。
「………………」
「………………」
「…………あの、なんとか言ってくれませんか?不安になるんですけど……」
目を閉じ、一心に咀嚼をする二人。外薗の言葉にようやく呑み込むという行為を思い出したのか、名残惜しそうに嚥下をすると、
ほろり
と、一筋の涙を流した。
「わし……生きてて、よがっだぁ……ッッッ」
「このキモチ……これが、美味しい、か……」
「ふっ……」
二人の涙を肴に、外薗は一献傾ける。
学生時代から就職して現在に至るまで幾星霜。焼肉係を押し付けられていた彼女が、ようやく報われた瞬間であった。
「のう!外薗やっ!もっともっと焼かんか!あと85分しかないぞ!このままでは全メニュー食べきれんっ!」
「ちょっと待ってくださいシロさん!肉には正しい焼く順番があるんですよ!……とりあえず同じ皿を二枚追加と、あと牛ロースとホルモンを。はい、はい、大丈夫です」
「わしはカルビとやらが食いたいぞっ!」
「シロさんシロさん、今貴方が食べたのがカルビです」
「なんと……肉の種類というものはわからんものじゃな……」
店員によって個室の扉が閉められ、なおも周囲から響く肉の音がシロの耳をぴこぴこと揺らす。
二人は今外薗に連れられ、焼肉をご馳走されていた。
ここはかなりの人気店らしく三人以外にも多くの客で賑わっており、煙を吸い切って色の滲んだ襖と、年季の入った七輪からしてその店の腕を窺わせる。
「〜〜〜〜♪」
辺りから聞こえる話し声と肉の飛沫に合わせて鼻歌混じりに身体を揺らしていたシロは、続いて運ばれて来た皿に身を乗り出すようにして目を輝かせた。
「ほわぁぁぁあ!!これがカルビかっ!!お主が美味いことはもう知っておる!堪忍して名をあけ渡すのじゃ!!…………って、なんじゃ?この白くてブニブニしたやつは…………」
「ホルモンですよ。食べてみます?」
焼き上げられ透明な脂を滴らせるホルモンを前に、シロは一瞬眉を顰めるもパクり……と小さな口で喰らいつく。
「………………………………噛みきれん」
クニクニと小ぶりな唇を揺らし、口の端から漏れそうになる唾液を抑えながらシロは噛み続ける。
不機嫌そうに顔をしかめながら、ふと隣へと目をやった彼女は、「げ……」とあからさまに声を漏らした。
「コレが、肉……とても、オイシイ」
そこに居たのは、延々と涙を流しながら肉を頬張るクロであった。『親族を亡くした程度であそこまで泣くか?』とも豪語していた男が今、肉の前に感情を得ていたのだ。
「お主いつまで泣いておるんじゃ……」
「このキモチ、これが、ココロ…………」
「よかった……っ。クロさんにもようやく人を想う気持ちが生まれたのですね……!」
「肉しか想っとらんぞ」
「――――で、どうして俺たちに焼肉なんてものを奢ってくれたんだ?」
肉を満足いくまで堪能し、ラストオーダーも近づいて来た頃。ようやく落ち着きを取り戻したクロが鋭い視線を外薗へと向ける。
「大体、普段はカツ丼ばかりだし、よくてラーメンを奢ってくれるくらいだっただろ」
「……んくっ。そうじゃそうじゃ。ここに来てこんな豪勢なもの……何かを隠しているとしか思えんわ」
ようやくホルモンを飲み込めたシロも加わり、二人から事の次第を問われた外薗は、「うーん」とグラスを傾けつつ問い返す。
「せっかくだしって焼肉にしたけど、他のものが良かったりしたんですか?」
「「滅相もありません。お肉様の思し召しのままに」」
「"様"付いてる……。ってかまず私に感謝して欲しいんですけど!!?…………はぁ」
小さくため息をついて、外薗は席に深くもたれ込む。酒が入っているためであろうか、彼女の頬は僅かに赤らんでおり、言葉の関門もいつしか緩まってしまっていた。
「別に……会えるのが今回で最後かもしれない……ってだけですよ」
「――――――どういうことじゃ?」
目を丸くして問い糺すシロに、一瞬迷いを見せたものの外薗も居住まいを正して答える。
「京都魔導警察署への異動が決定されたんです。実質昇進みたいなものですが……住み慣れた街を離れるというのは、あまり気持ちのいいものじゃないですね」
「京都…………魔の都か。だが、どうしてそんなところに?京都は日本最大の魔法都市だ。お前がいくら優秀とはいえ、こんな辺鄙なところから呼び出すほど人手不足じゃあないだろうに」
「それがですね……。…………うん。本当は話してはいけないんですけど、ここは探偵としての貴方たちを信頼します」
そう言うと彼女は個室の扉を固く閉ざし、周囲の環境音に深く耳を澄ます。盗み聞きをしている人がいない事を確信したのだろう、抑えたトーンで彼女は語り出した。
「お二人は、"死神ジャック"の名前をご存知ですか?」
その問いに、二人は半ば拍子抜けしたような面持ちでコクリと頷いた。
「存じているも何も、最近のニュースはその話題で持ちきりじゃろうて。反機械派で真っ先に名の挙がる、連続殺人鬼じゃ」
ジャック・ザ・リーパー。またの名を死神ジャック。
太古の時代、この世界では魔法が全ての中心に据えられていた。各個人の有する魔力の質と、魔法の強さのみが全ての指標であった混沌の時代。未来永劫続くかと思われた魔法の世界だが、ある日その覇権を揺るがす発明が為される。
それは、電波の発見。
電波を用いた無線技術の登場は、魔法の世界に小さくない波紋を呼び起こした。高位の魔法を用いる必要なく遠方との通信を可能にし、才能という要素を限りなく減らすそれは、だが、当然忌み嫌われた。
空気中に存在する魔力の源たる魔素。
電波は魔素と互いに干渉し合う性質を持っていたのだ。
故に世界は二つの勢力に分かれ、争いが勃発した。
「魔法を一番に据える反機械派と、電波の活用を大事とする機械肯定派。結局、利便性の面で機械派に軍配が上がりましたが、今もなおその軋轢は残り続けています。その代表的な例が、死神ジャック。奴は機械の発展を牽引して来た要人たちを次々と殺害し、その足取りを掴ませる事なく姿を消している……」
汗をかき始めたグラスを前に、外薗は目を伏せて続けた。
「目撃情報も、現場証拠も、何もかもが存在せず……まるで音もなく忍び寄る死神が如き殺人鬼。奴が活動している京都の魔導警察たちもお手上げのようで。同じような不可解な事件を解決した実績のある、私に白羽の矢が立ったってわけです」
「ふぅん……お前そんな実績あったんだな」
「えぇ、どこかの誰かさんが犯人に自白させまくってくれたおかげですよ」
にへら、と含みのある笑みを浮かべた外薗は、少しばかり陰鬱な空気が流れてしまった事を後悔したのだろう。
「ま、なんてことはないです!」と殊更に明るい声で続ける。
「私は魔導警察のエリートですからね。こんな事件ちょちょいのちょいで解決してやります!」
「おいおい……そんな事を言っていたら足元を掬われるぞ」
「またまた。というか珍しいですね、そんな人を心配するような事を言うなんて。それともなんですか?もしかして私がいなくなって寂しいとかですか?って、そんなわけないですよね。どうせ食べ物の心配を――――」
「――――寂しいよ。」
「…………えっ?」
グラスの中で溶けた氷が、カロン……と転がる。絶え間なく焼かれる肉の音と辺りの喧騒に、聞き間違いかと思われた言葉は、しかし再びクロの口から発せられた。
「お前が居なくなると俺は寂しい」
肉を箸でつつきながらではあったが、恥ずかしげもなく告げられた言葉に、
「…………ずるいですよ。いま、言うなんて」
外薗は二人に聞こえないように、噛み潰すようにしてぼやいた。
「…………なあ、シロ。どう思う?」
「ふん。なぁにを今更言っておるんじゃ。わしはお主と一緒に居れればそれでよい。どこまでも着いていく」
「そうか……ありがとうな」
温和な表情で頭を撫でてくるクロに、シロはどこか嬉しそうに目を細める。二人でのみ通じ合っている様子に怪訝な表情を浮かべていた外薗は、続くクロの言葉に大きく目を見開いた。
「俺たちもお前と一緒に京都へ行く。探偵として、ジャック・ザ・リーパー逮捕に協力しよう」
こんばんわ!星見夜船です。
読んでくださりありがとうございます!
次回もお楽しみに!
以下余談スペース
皆さんは焼肉で食べるなら、どの肉が一番好きですか?タンとかハラミとかいろいろあるとは思いますが、私にとってはホルモンが一番おいしいです。
でもどうしてなんでしょうね、焼き肉屋の食べ放題って、食べ放題をしているという事実で結構お腹いっぱいになるんですよね。
これは焼肉屋さんによる策略なのでしょうか。




