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2-1 『立つ鳥跡をかなり濁す』

読んでくださりありがとうございます

夜が明け、昨晩の荒れようがまるで嘘だったかのような穏やかな朝が訪れた。空に浮かぶ白雲も今は姿を消し、どこまでも続く青空と雄大な山々が古びたコテージを見下ろす。



「は……自首、ですか?」

 物々しい雰囲気の中告げられた言葉に、コテージに辿り着いたばかりの二人の男女が目を丸くする。



二人は紺色の制帽と制服を身につけており、一眼で只者ではないと理解できる堅牢な空気を纏っていたが、それでもなお聞き返さずにはいられなかったようだ。



 それもそのはず、殺人事件が起きたとの通報を受けて来たというのに、今まさにその殺人犯が二人の前に突き出されていた。



 顔面に大きな痣を携えたその姿からして、自首などという穏便な収まり方をしたように思えず咄嗟に聞き返した男に、コテージのオーナーも釈然としない様子で頷く。



「えぇ、今朝になって突然『俺がやった』と……一体夜の間にどんな心変わりがあったのか……顔の怪我についても教えてくれませんし」

「これまた自首とは……俺たちとしては願ってもないことなのですが。念のためコテージの中を調査させていただいても?」

「もちろんです。やはり、魔導警察の方々は違いますな。探偵とやらよりもよっぽどいい」

「――――探偵?」



 その問いかけは意外にも、これまで静観を保っていた女性の方から飛び出していた。


魔法犯罪専門の警察である魔導警察らしい軽装に、一振りの日本刀を腰に差したその女性は、僅かに目の色を変えて再び問いかける。

 


「いま、探偵と仰りましたか?」

「えぇ。昨晩うちに泊まりに来てですね。事件を解決してやると豪語していたんですが……彼らもまさか犯人が自首するとは思ってなかったでしょうな」

「その探偵は変な黒い男と変な白い変な女の子の二人組だったり?」

「えぇ、まさに。よく知っておられますな。ちょうど彼らも今ここに来て…………おや?」



 オーナーが辺りを見回すが、周りにいるのは他の宿泊客だけで、人だかりの中に奇怪な二人組の探偵はどこにも見当たらなかった。


「変ですねぇ……」と首を傾げるオーナーを尻目に、警察の男は傍らの女性へと問いかける。



「その探偵ってのはお前の知り合いか?外薗ほかぞの

「知り合いというかなんというか……」



 外薗ほかぞのと呼ばれた捜査官は心底嫌そうな顔で答えた。

「腐れ縁、ですかね……」



 





「また自首させてしもうた……これではわしらに一銭も入らんではないか!どうするんじゃクロ!?」

「仕方ないだろ、証拠もなしに犯人を特定したなんて誰も信じないからな。あいつらはお前の力を知らないだろうし、下手に話をでっち上げたら今度はこっちが疑われる」

「ぬぅ……」



 納得いかないのだろう、半ば投げやりに空を仰ぎ見たシロの視界に、雲一つない晴天が映し出される。


 二人はコテージの屋根の上に腰を下ろしていた。茂るような草木も、人々の喧騒も届かない空間で、地上で起きていることに目もくれることなく二人は景色を堪能していた。



「……そういえばなんだが、シロが言っていた証拠っていうのはあの指輪で合ってたのか?」

「あぁ、そのことか。そうじゃ、あれは上野凛太郎が用意した被害者エルフのための指輪じゃよ」

「ふむ……どうして?」

「はあっ?!」



 素っ頓狂な声をあげて、信じられないといった目つきでクロを見つめる。しかし、すぐに諦めたのだろう。一つため息をついて、その意味を教授してやることにした。

 


「プロポーズじゃ。上野凛太郎はあのエルフに恋をしておった。随分と長いこと二人は付き合っておったようじゃがの。ついに決心したらしい」

「それならなんで殺したんだ……?付き合ってたってことはお互いに悪く思っていなかっただろうに」

「阿呆。人間の寿命は長くて九十。エルフはその数倍は生きよう。エルフの娘は、上野に先立たれることをひどく恐れておった。……ま、その結果がこれでは目も当てられんが」



「なるほどな……」と口元に手を当てて考えていたクロは、しばらくして「ん?」と違和感を覚えつつシロに問いかけた。



「別に指輪を見つけても決定的な証拠にはならなくないか?恋人なら部屋に行くこともおかしくないだろ。殺したって証明にはならない」

「変なところで鋭いのぅ。そう。お主に指輪を回収させたのは証拠のためではない」



 そう言ってシロは得意げな笑みを浮かべながらクロへと向き直る。



「指輪には大抵、高価な宝石がついておる、つまり」

「金になる!!!安価なものでも十万円はくだらない、もしその宝石がダイヤなら……!!」




――――さ、300,000円……ッッッ??!?!?

いや、もしかすると1,000,000円やもしれんぞ!!!――――




「「ハァァァァ⤴︎……っっ!!」」と瞳の奥に金の光を宿らせて、二人は互いを抱きしめる。


 月給が3万円にも満たない彼らにとってその金額は奇跡に等しく、シロは待ちきれないといった様子で屋根板をバンバンと叩いた。



「なぁ、なぁっ!百万あったらもしや、ステーキとやらが食えるのではないか?!」

「ステーキどころじゃないっ!焼肉食べ放題だって毎日行けるぞ!!」

「ほわぁぁぁぁあ!はよう!はよう出さんか!その威光をしかと目に焼き付けねば!!」



 目を輝かせながら催促してくるシロに、クロも満面の笑みで懐を弄り始める。



 ゴソゴソ、ゴソ…………ゴソゴソゴソゴソ……………………ゴソ……





 コートのポケットに突っ込んだ手が、なんの取っ掛かりもなく繋ぎ目へと触れる。心臓が冷え切っていくのを感じながらポケットをひっくり返したその時、出て来たのはカビの生えた10円玉一枚だけであった。



「現代の指輪というものは穴が空いておらんのかぁ」

「…………落とした」

「………………」

「………………」





「――――やっっぱり居ましたか!悪徳探偵!!」

 屋根の上に何者かが飛び乗ってくる。宙で身を翻し、華麗に着地した彼女は日本刀の柄に手を添えながら二人を睨み付ける。

 しかし、


「…………えぇ、何があったんです?」

 その毒気も抜かれるほどに、その現場は凄惨の一言であった。



二人の探偵が力無く横たわり、「およよよよ」と涙で袖を濡らしながら、見ているこっちが陰鬱になりそうな重たい空気を放っている。

 その姿に魔導警察官の新進気鋭なエリートたる外薗は、只々困惑の声を漏らした。




「はあ……事情は分かりましたけど…………勝手に証拠品を持ち去らないでくれますか?」

「お主にはわしらの気持ちがわからんじゃろうな!!パンケーキの味も知らないじゃろうに!!」

「パンケーキならよく食べますよ……?」

「阿呆!それは本物のパンケーキじゃ!その話はしておらん!」

「というかシロ。こいつの名前はなんだったか……?……ほか、ほかほかにとり?」

外薗水鳥ほかぞのみどり!!何ですかそのあったかそうな名前は!?もうっ!」



 外薗水鳥と名乗った女性は、ネビージュの髪を揺らしながら地団駄を踏む。伸ばされた髪は後頭部の辺りでお団子状に纏められており、飛び出した毛髪が歯車のような反りを見せていた。



 大人びた端正な顔立ちに、制服の奥に隠された秀峰と、美しい女性には変わりないのだが、どこかお労しい雰囲気の彼女は「はぁ……」と眉間を押さえてため息をつく。



「で、なんでこんなところにいるんです?いつもならさっさと帰っているでしょうに」

「……あー。あれ」


 そう言ってクロは地上を指差す。そこに居たのは、一人の獣人族の女性だった。紺色の毛並みを今は逆立たせ、血眼になって何かを探している。



「何であんなに怒ってるんですか?」

「いやいや、あれは怒ってるんじゃないぞ」

「……?」



 首を傾げつつも耳を澄ました外薗は、人々の喧騒の中で確かに彼女の声を捉えた。



「ふふ、ふふふふふ、ついに、ついに遅れた婚期がやって来たわ!!!あの殿方は何処へ?!さあ、顔を見せてください!!さあ!!」


「…………クロさん。何したんです?逮捕した方がいいですか?」

「不可抗力で入浴中の彼女を見てしまっただけ……なんだが」

「純粋な獣人族は入浴時の姿を見られることを何よりも嫌う。それこそつがいにしか見せんそうじゃが……それだけであそこまでなるか?――――ん?」



 獣人族の女性の指先で何かが煌めく。それは、透明な宝石を当てがわれた、小さな指輪であった。



「風呂場に押し入って来た上に、婚約指輪までくださるなんて!なんって積極的!!構いませんわ構いませんわ!!let'sフォーリンラブッッッ!!」

「「………………」」



 絶句する二人を尻目に、外薗は「あー……」と顎に手を当てて思考する。



「ともかく、あの方から逃げたいんですよね?それなら、いい案があります。クロさん、これを」

 そう言って彼女は上着を脱いで、そのままクロへと手渡す。クロは受け取った紺色の制服を広げて怪訝な表情を浮かべた。



「警察に扮しろと?言っておくが獣人族は鼻がいい。すぐバレるぞ」

「大丈夫です、私の言う通りにしてください。ほら、シロさんも」

「う、うむ…………」





 

「オーナーさんっ!探偵様を見かけませんでしたこと??!!今私探しておりますの!!」

「えぇ……私もちょうど探しておりまして……っと、あの二人では?!――――え?」



「すみませーん通してくださーい。写真はやめてくださいねー」

 ざわめく人混みを割くように、二人は外園に連れられて歩いていた。



 警察の上着を頭から被り、手を紐で結ばれたその姿は……世にも珍しい、探偵の連行であった。



 顔を出さぬように項垂れながら歩く姿は悲壮感に満ちており、パトカーに乗せられた彼らは再び顔を上げることなくその場を去っていく。



「…………探偵様」

 嵐のように訪れた恋は、嵐のように去ってしまった。

次回は明日の夜10時半になります。

お楽しみに!

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