1-3 『探偵は二度刺す』
階段って知ってます?意外と便利ですよ
雷鳴が轟き、木々がざわめく暴風雨の中、クロは凄まじい身のこなしで壁を登っていく。壁面を飛び跳ねていると錯覚してしまいそうな軽快さに、彼は瞬く間に事件のあった4階の一室へと辿り着いていた。
灯の切れたランタンの代わりに雷光が部屋を俄かに照らし、クロの身なりと同じほどに黒い影を部屋に落とし込む。
部屋は閑散としており、彼の他に今は誰もいない。
クロとシロの部屋よりも上等な部屋なのだろう。ベッドを2台置いてもかなり余裕のあるスペースに、どうやらクローゼットと風呂場までついているようだった。
衣類に含まれた水分を、シトシトと床に垂らしながらクロは部屋を調べ始める。見たところ特に重要そうなものは何もなく、強いて言うなら乾き切っていない血痕と、釜戸の上に作りかけの鍋が置いてある程度だった。
「…………そういえば晩御飯食ってなかったな」
持ち帰ろうか画策するも、凄く嫌そうな顔をしたシロの姿が空目され、何とか踏みとどまる。
シロの言っていた、唯一犯人が見落とした証拠、それを探すべく部屋を精査し始めたその時、再び雷鳴が鳴り響いた。
「――――ん?」
視界を白ませる雷光に、一抹の違和感を覚えたクロは、衣服が汚れる事も気にせずベッドの下を覗き込む。先の雷の光に呼応するように、ベッドの下で何かが煌めいたような気がしたのだ。
「これは…………指輪か?」
そこには小さな指輪が落ちていた。
サイズからして女性のものなのだろうそれを、手のひらに乗せてまじまじと眺める。
これが証拠なのだろうかと首を傾げていると、
ギッ……
と、床板の軋む音が、廊下から響いた。
「――――!」
クロは咄嗟の判断でクローゼットに身体を潜り込ませ、息を潜める。
男性一人が精一杯の空間しかないそれは、長く使われてきたのだろう、扉の留め金が今にも外れかけている。幸か不幸か、そのおかげで扉に少し隙間が生まれていた。
扉に身体が触れぬよう細心の注意を払いつつ、クロはその隙間から部屋の様子を捉える。
幾らかの空漠の後、部屋の扉が静かに開かれた。
そこから現れたのは、一人の青年だった。人間族のその男の顔には緊張と不安が滲んでおり、噛んだ唇が今にも震え出しそうに戦慄いていた。
(あいつが上野……、上野慎……凛?……上野でいいか)
上野は後ろ手に扉を閉めて、部屋の中ほどまでを摺り足で進む。何かを探しているのだろう、あちこちに流れる彼の視線が――――ピタ、と何もない空間へ向けて止められる。
「そこにいるんだろう、わかっているぞ」
(――――!!!)
心臓が跳ねる感覚に、クロは慌てて思考する。バレたのであれば身を隠す必要もない。束の間の逡巡ののち、クローゼットの扉に手を掛け、外へ飛び出そうとした、その寸前。
上野はホッと胸を撫で下ろした。
「誰もいないか……よし」
(なんなんだよ……ッ)
再び何かを探し始めた上野は、床を軋ませぬよう丁寧にベッドの下を覗き込む。そこに何もないことを確認した彼は、そっと立ち上がり――――ピタ、と動きを止めた。
「やはり誰かいるな?わかっているぞ」
その視線は、風呂場の方へと向けられていた。
(何がわかっているんだ…………)
無駄に身体を強張らせてしまったクロは、放心する胸を落ち着かせようと深呼吸をする。
その息が間近にあるクローゼットの扉にぶち当たり、そして、
バキっ
と。あろうことか、留め金が限界を迎えてしまった。
立てかけた看板が突然支えを失うように、クローゼットの扉が前方へと倒れ、クロの姿が顕になる。
「え」
「――――えっ?」
ガーゴイルのような姿勢で固まるクロと、瞬時にクローゼットへと目を向けた上野の、二人の視線が空中で交わる。
クロは「ふっ」と僅かな微笑みを湛えて、上野へと告げた。
「ここに俺がいることをよくぞ見破った。お前には探偵の才能が」
「ぁぁああああぁぁぁアアアアアア°ア°ッッッ!!!??!?!」
どちらが犯人かもわからぬ絹を裂くような悲鳴に、上野は衝動のままに腕を掲げて魔法を叫んだ。
「"ウィンドキャノン"ッッッ!!!」
瞬間、伸ばされた上野の腕から、限界まで圧縮された空気の玉が大砲の如く放たれる。
「――――」
その威力は凄まじく、腕を交差して身構えていたクロの身体を容易に吹き飛ばした。
コテージの壁に背中を当ててなお殺し切れない不可視の衝撃に、クロは轟音と共に壁を突き破って隣の部屋へと転がり込む。
「けほっ……」
仰向けに倒れ込んだ視界の中で、ランタンが慄くように明滅する。打ち砕かれた壁の破片が降り注ぐ中、クロは僅かに眉を顰めて空咳を放った。
「風魔法を使うのか、面倒だな」
彼は何事もなかったかのようにムクっと立ち上がり、その揺らぐことのない漆黒の瞳で今し方できた大穴の先を見据える。
リビング二個分は貫いたのだろう、明るい空間を一つ超えた先に暗闇に包まれた部屋が見えた。
「すぐ戻らないと…………ん?」
背後に感じる、刺すような視線。
加えて、鼻をそっと包み込むような甘い香り。ふと、クロは遅ればせながら気づく。自身の身を包む空気がやけに湿気と熱気を孕んでいることに。
振り返ると、そこにいたのは一人の獣人族の女性であった。純粋な獣人族特有の、獣的なマズルと全身を覆う体毛。普段は空気を十全に含み、ふっくらとした手触りを与えるのだろう紺色の毛並みは、今はぺったりと萎れており身体のラインがくっきりと浮かび上がっている。
それもそのはず。そこは、バスルームであった。彼女は一糸纏わぬ姿でシャワーを浴びていたのだ。
ジャーーーッと水音が響く中、二人は呆然と見つめ合う。時が止まったような沈黙を破ったのは、やはりクロの一言で。
「ほっっそ…………」
返ってきたのは無慈悲の爪であった。
「――――っっ、まずいまずいまずい、逃げないと!!」
穿たれた大穴を尻目に、上野は慌ててその場を立ち去ろうとする。顔を見られてしまった以上、証拠は回収する価値もないと判断したのだろう、部屋の出口へと向けて不格好に走り出す。もつれる足でなんとか扉へと手を掛けたその時――――
「どこへ行くんじゃ?……のう?上野凛太郎」
――――一際大きな雷鳴と共に、怪物の影が浮かび上がった。九尾の妖狐など比にならない、恐れと穢れそのものが如き異形の影。
心の臓を掴まれるような底冷えする感覚に、首の骨を軋ませながら上野は振り返る。
そこにいたのは、窓枠に優雅に腰掛ける少女であった。
嵐の夜を背後に狐耳と尻尾を愉快そうに揺らす彼女に、安堵に近い不安感を覚えながら、上野は乱雑に言い放つ。
「お、お前はあの探偵と一緒にいたガキだな!?いっ、言っておくが俺は何もしてない!ただ俺は、お、れ、おれ、おれ、おれは……」
「俺は、なんじゃ?聞いてやろう。じゃが慎重に言葉を選んだ方が良いぞ。それが、辞世の言葉となるやも知らんからな」
喉奥に綿花でも詰められたかのような圧迫感に、放とうとした言葉はただ口の端に泡を溜める。
「おれ、おれ……おれは、名前、名前なに……」
「さっきから思っておったが、頭が高いのぅ。"跪け"」
瞬間、そのために生まれてきたのではないかと錯覚するような義務感と共に、彼は即座に跪く。その様子にシロはカラカラと楽しそうに嗤って続けた。
「冥土の土産に教えてやろう。わしはシロ。名を喰らう、名も無き獣じゃ。わしに名を食われたものは、そのものの全てをわしに奪われる。存在も、過去も、未来も。全てな。お主が何をしたのかも知っておるし、何をするのかも知っておる。じゃから言うけれど…………」
シロは、足元を這う小虫でも見下ろすかのような冷淡な瞳で、彼の内面を見透かした。
「それは無駄じゃ。わしには効かん」
「…………っあ」
「おうおう、苦しそうじゃのう。このまま存在ごと消化してやってもよいが……ま、あとはお主に任せるぞ、クロ」
シロの視線の先、穿たれた壁の穴から黒い影が滲み出る。バキっ……と木片を踏み砕きながら現れたのは、顔面に幾つもの引っ掻き傷を携えたクロの姿であった。
「は?なんじゃその傷?!だっさいのう!せっかく見せ場をくれてやったというのに……」
「うるさい、それどころじゃなくなってたんだよ」
「ぐ……っぐ……!」
うめき声を上げ、必死に身体を動かそうとする上野に、「あぁ、忘れておったわ」とシロは頭を掻いて心底どうでもよさそうに告げる。
「"動いてよいぞ"」
「――――"ウィンドカッター"ッッッ!!!!」
風属性の戦闘魔法。それも中位に属する、殺傷能力を持った不可視の斬撃は、だが――――
「それは俺にも効かん」
――――バフっと、クロの身体にぶつかった瞬間、消失する。
「はあっ?!」
常人離れした速度で瞬時に距離を詰めたクロは、握り締めた拳を「待っ」勢いのままに振り抜いた。
「あらゆる魔法を跳ね返す防魔鎧じゃ。わしらにとっては基本技能じゃが、今の子供は知らんかの?……って、もう聞いておらぬか」
皆さんこんにちは!星見夜船です。
ここまで読んでくださりありがとうございました!
少しでもこの物語を楽しんでいただけたなら幸いです。
これから一週間限定ではありますが、毎日投稿を行っていきますので、また明日にお会いしましょう。
感想、コメントお待ちしております!
以下、余談。
皆さん、のじゃロリは好きですか?私は好きです。
皆さん、ケモ耳は好きですか?私は好きです。
二つ合わさったら最強だと思いませんか?
それがこの世の真理というものです。




