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1-2 『名を喰らう獣』

(シリアスな展開は)ないんだな、これが。

「ぁぁぁ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ああああ゙あ゙!!!」



 耳を劈くような悲鳴がコテージ中に響き渡る。激しい雨風の音にも負けないほどの悲しみに満ちた慟哭に、部屋で呑気に枕投げをしていたクロとシロも慌てて廊下へと飛び出した。



「っ何があったんじゃ?」

「声は上から聞こえた、急ぐぞ!」

 


 身体中に引っ付いた羽毛を辺りに振り撒きながら、二人は階段を駆け上っていく。時々足を踏み外しそうになりながら、各階をしらみつぶしに確認していたその時、最上階である4階の一室の前で妙な人だかりができていることに気がついた。

 


「ちょっと、退いてくれ」

「ふぎゅっ、まて、クロ!通れん、通れんぞ」



 唖然としたまま立ち尽くす人混みを押し除け、そして跳ね飛ばされつつ部屋の中へと体を捩じ込んだ二人が見たものは、



「あぁぁあぁぁあ!!どうして、どうしてッ  姉さん!!」

 血の滴る亡骸を抱き寄せて、嗚咽混じりの慟哭を繰り返す、エルフの姿であった。



 エルフの男、その腕に為されるがままに、ぐったりと横たえる女性。


 腹部を大きく切り裂かれ、純白の肌は今は妖しい鈍色に堕ちている。男の言葉に彼女は瞳を開けることはなく、頬に止めどなく落ちていく涙の粒が、何の抵抗もなく床へと流されていった。





 第一の容疑者

 被害者の弟 『エルフ』 ロビン・ウィンドライト

「俺はその時、コテージの外にいたんだ。あ、嵐が来るっていうから俺たちの車が心配で防護シートを被せてたんだよ。それで、部屋に帰ってきたら、ね、姉さんが……ッ。…………というかあんたは誰だよ」




 第二の容疑者

 隣の部屋の客 『獣人族』 中島ミオ

「し、知らないわよ。わたしはずっと部屋にいたけれど、他の部屋になんて行ってないもの。隣の部屋に誰が住んでるかも今知ったんだから!……ほんっとうに知らなかったのよ!というかあなたたちの方が怪しいじゃない!一体どこの誰なのよ!」





 第三の容疑者

 クロ&シロの隣の部屋の客 『人間族』 上野凛太郎

「僕は部屋にいましたけれど、全然気づかなかったです。……はい、僕はずっと寝ていたので。…………風の音?あぁ、確かに嵐は酷かったですが、そこまで気には……というか、どうしてあなたが仕切っているんです?」





 第四の容疑者

「誰?」


 第..........




 三者三様、その場にいた全ての宿泊客からもたらされた奇異な視線に、クロとシロの二人は待ってましたと言わんばかりにほくそ笑む。



「俺たちは探偵だ。しかもただの探偵ではない」

「うむ、わしらは鳴かず飛ば……ではのうて、未だ発掘されておらんダイヤの原石の如きの名探偵じゃ」

「あぁ、この事件……俺たちに任せるといい。俺たちが証拠を揃え犯人を突き止めるまで、お前たちは自室にて吉報を待て!!」






 全員自室へと戻された。オーナーの意向である。



 当然、クロとシロも枕の残骸だらけの部屋で待機を命じられた。


 嵐の影響で魔導警察の到着も遅れており、二人を含む全ての宿泊客は殺人犯のいるコテージで一晩を明かすことを余儀なくされていた。



「のう、クロや。お主は今回の事件をどう見ておる?犯人の目星はついたか?」


 シーツを床に敷き、その上で胡座をかきながら愉快そうに問うてくるシロに、クロは同じく床に腰をおろして答える。


「あぁ、わかったぞ。今回は自信がある」



 クロの漆黒の瞳にはその言葉に違わない、自信の炎が激っていた。立てた片膝の上に腕を置き、手のひらで口元を隠すという洒落た格好で座る彼は、気迫に満ちた声音で犯人の名を告げた。



「この事件の犯人は、ロビン・ウィン……ロビン………何だったか」

「ロビン・ウィンドライトか?」

「そうだ、犯人はロビン・ウィンドライト。被害者の弟だ」

「ほう……その心は?」


「まず初めにだが、こんな嵐の中で自分の身ではなく車の心配をするなどとは、余りにも非合理的だ。必ず他の理由がある。例えばアリバイ作成のためとかな。そして何より、あいつの泣き方はわざとらしすぎる。親族を亡くした程度であそこまで泣き叫ぶか?あれは嘘だな。よって、犯人は奴だ」


「………?……………なるほど、では答え合わせといこうかの」



 推理とも言えない推定を聞き終えたシロは、目の前の床へと視線を落とす。



 そこには、十数枚の小さな紙が綺麗に並べられていた。床に座るクロとシロの間を埋めるように並べられた紙、その全てに何か文字らしきものが書かれていた。



 『ロビン・ウィンドライト』『中島ミオ』『上野凛太郎』………………



 それらは全て、名前であった。それも、このコテージに宿泊している15名の客とオーナーを含む全十六名の名前が、掌ほどの紙にそれぞれ記されていた。



「…………♪」

 シロは名前の紙の上をそのしなやかな指先でなぞっていく。飾り付けられた刺身を箸で豪快に掬うように、水面に浮かぶ葉を繊細に弄ぶように。全ての名前を絡め取った彼女は、その何かを摘んだ指先をそっと持ち上げて、



「…………んぁ」


 小さな口を精いっぱいに開き、紅色の舌をちろりと露出させた。


 獣らしい尖った歯刃に乗せた紅色の果実は、その矮小な口腔内と同じく溢れんばかりの唾液でてらてらと光沢を帯びており、来たる粗食を心待ちにしていた。



「んっ」

 摘み上げていた何かを、シロは一口に飲み込む。狐耳をぴこぴこと震わせながらその味を堪能したのだろう彼女は、自然と閉じていた瞼をゆっくりと開けて、口の端を拭って告げる。




「犯人がわかった。彼女を殺したのは上野凛太郎じゃ」







「……なんてことだ。それは確かなのか?」

 悔しげにこめかみを押さえながら問うクロに、シロは「ふんっ」と鼻を鳴らして不敵に嗤い、答える。



「わしの力を知っておろう?かつての災厄、"名を喰らう獣"のお墨付きじゃ。……ちなみに、被害者の弟は本気で悲しんでおったぞ」

「嘘だろ……あれは演技ではなかったのか……あんなにわざとらしかったのに?」

「お主一回本当に謝った方がいいと思うぞ」



 シロの咎めるような視線に、軽く咳払いをして誤魔化しつつ、クロは悠然と立ち上がる。それに倣って同じく立ち上がったシロは、衣服についた羽毛をはたき落としながら片手間に告げる。

 


「あやつ、かなり慎重な性格のようでの。随分と丁寧に証拠を隠滅しておったわ。魔力痕も毛髪も何も残っておらんじゃろうな」

「その、うえ……上下?……慎太郎か?」

「上野凛太郎。相変わらず名前を覚えるのが絶望的に下手じゃの……。ともかく、部屋を探りにいくのなら今すぐに行ったほうが良い。あやつは一つだけ、証拠を残してしまった。あと数分で回収しにくるぞ」

「わかった。すぐに向かおう」



 壁に掛けていた黒色のコートに袖を通し、軽くストレッチをし始めたクロに、シロは怪訝そうに眉を顰める。

「被害者の部屋は4階。この年季の入り様じゃ、絶対軋んで音でバレるぞ。どうするつもりじゃ?」

「どうって……階段を使わなければいい話だろう?」



 事もなげにそう言い放ち、クロは窓辺へ歩み寄る。

 外から吹き付ける暴風に耐えかねて、ガタガタと震えるそれを音を立てぬ様に、丁寧に開け放った。



 暗闇から容赦なく入り込んでくる雨風に首元を晒しながら、クロは上階を見上げる。漆喰で白く塗りつぶされている外壁には、窓枠の僅かな出っ張りが点在していた。



「全員雨戸を締め切っている。今なら誰にも見られないだろう」

「相っ変わらずじゃな。お主階段のことを何じゃと思っておるんじゃ?」

「膝関節破壊装置」




 真っ黒な髪の毛を湿らせつつ部屋に舞い戻ったクロは、シロに向き直り、目線を合わせる様に俄かに跪く。感情が乏しいながらも、揺るがない想いの籠ったクロの瞳に、相対する彼女も理解したのだろう。小さく嘆息して苦笑した。


「ほんっと、相変わらずじゃなあ」



 曖昧に差し出されたクロの手を、シロが彼の半分にも満たない小さな掌で包み込む。

 時間にして十数秒。互いの温度を確かめ合うように、じっくりと。



「もう怖くないか?」

「ああ、ありがとう」



 手を離し、クロがスッと立ち上がる。その動きはどこか、憑き物が落ちたような、荷物を降ろしたような、軽快さが携えられていた。


 窓枠に手を掛け、外へと乗り出そうとしたクロに、「う"っうん」と気恥ずかしさに満ちた咳払いで呼び止める。



「わしもすぐに追いつく。無理はするなよ」

「…………」



 こくりと頷いたクロは、まるで夜闇に溶け込むように、瞬時にその姿を消した。

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