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1-1 プロローグ

1-1~1-3までまとめて投稿します。

楽しんでいってくださいね。

「ぎゃぁぁぁぁあああ゙あ゙!!!」



 さほど広くもない室内に、絹を裂くようなと表現するには掠れ気味な悲鳴が響く。幼い女の子が声帯を締め上げて出す上擦った声に、軋みのひどい床と壁はビリビリと震え、天井から吊るされたランタンが揺れる。



 その部屋は、少しばかり奇妙な様相を呈していた。

 手でなぞれば凹凸を感じる木目調の壁に、年季の入った床板は今にも踏み抜けてしまいそうだ。


 

 ここは、過去の暮らしを擬似的に体験することができるキャンプリゾート『リナスキタ』。

 人里離れた山の麓に位置するこのコテージは、昨今の先端技術至上主義に真っ向から対抗するコンセプトで設計されている。



 言うなればこの部屋の全てが前時代的であった。最低限の電気しか通っておらず、あるのは石造りの釜戸と申し訳程度の寝具だけ。テレビも冷蔵庫も炊飯器も何もない。



 故に、彼女は寝具の上でのたうちまわりながら精一杯の抗議を同居人へと示していた。

「暇じゃあぁぁぁぁあ゙あ゙あ゙あ゙。暇、ひま、ひま、ひまじゃぁぁ!!」



 枕に顔を埋め、シーツの上を泳ぐかのように両腕をバタつかせる。


 小学生の階段すらも登りきっていないだろう小柄な肢体に、袖口から覗くきめ細やかな柔肌。新雪の如く美しく伸びた白色の髪の毛は、今は頸椎の小山に二股に裂かれてベッドの上に白い河を作っている。

 しかし、特筆すべきは眩むような白髪でも未成熟な体つきでもなく。



 寝具の上で暴れた際に、捲れ上がってしまった上着。少しだけ浮き上がっている背骨、そのちょうど尾骨の上辺りに、白く輝く一本の尻尾が優雅に揺れていた。

 


「シロ、何やってるんだ?女の子がそんな格好をするなんてはしたないぞ」

 


 シロと呼ばれた少女は凄まじい勢いで顔を上げ、頭上に生えた三角の獣耳をピンッと立ち上げる。獣耳と尻尾の質感は、狐のそれと似ているように思えるが、華奢な肩越しに同居人を睨め付けるその姿は、現実の物に例えようがない神性を帯びていた。

 


桜色の薄い唇に、陰影のついた目尻。少女らしさを残しつつも、どこか儚さを携えた彼女の美貌は、不満足に歪められてなお一種の神々しさを纏っている。

 



「阿呆。そんなことなどどうでもいいわ!わしが言いたいのは……っ。どうしてこのホテルにはゲーム機が一個もないのじゃ!?日本のホテルはどこも置いているのではなかったのか?!」

「そりゃあ場所によるだろ。あとここはホテルじゃなくてコテージだ。ゲームがないのはこのコテージのコンセプトでもある。どうやら機械に頼った生活から脱却しようってコンセプトらしいな」

「な、な、……なぜこんなホテルを選んだんじゃ。たまの旅行というのに……」

「オーナーの理念に深く共感した。やはり人間に必要なのは機械なんかじゃなく魔法の力だ。…………あと安かった」

「おぉい!!絶対最後のやつがほとんどじゃろうが!!」




 ベッドの上で地団駄を踏みながら指を突きつけるシロに、男はわざとらしく顔を背ける。どう足掻いても無意味であることを悟ったのだろう、シロは顔を青ざめさせて、その場にへにゃりと崩れ落ちた。



「知らなんだ……日本の探偵というのはここまでひもじい物なのか……なぁ、クロや」



 シーツに顔を突っ込みながらぼやくシロに、クロと呼ばれた男は小さくため息をついて振り返る。



 その男は、名に恥じぬほどに黒に満ちた身なりをしていた。黒い瞳に黒い髪。高い背丈を覆う革地のコートも、目が回りそうなほどに黒い。ただ、シロと同じくあまり陽に焼けていない肌が対照的に浮かび上がり、彼の端正な顔立ちをこれ以上なく引き立たせていた。




 クロは「いいか」と、冷淡な表情とは裏腹に力強い声音で告げる。

「探偵がみんなひもじいわけじゃない。今の世界でも探偵という職業はきっと一定の需要があるはずだし、俺たちの数十倍は稼ぐ人も中にはいるはずだ」

「だいぶ希望的観測だった気がするんじゃが…………して、ならば何故わしたちはこんなボロ宿に泊まるほどに金に困っておるのだ?」

「それは俺たちが無能だからだ」

「お、おわりじゃ……」




 全身で絶望を表すかのように、シロは脱力してベッドに突っ伏す。その様子に見かねたクロは「まあまあまあ、」と口先で宥めながら部屋の端につけられた窓の近くへと歩み寄った。



「俺たちの稼ぎではこんな旅行もそうそう出来ないぞ、楽しまなきゃ損ってやつだ。それに、ここが人気なコテージなのも確かなんだぞ」

「安いからの」

「それだけじゃない。ここは山脈に程近くてな、どの部屋からでも美しい山々が望めるそうだ。レビューでも好評で、綺麗な景色だけは良かったと言われているぞ」

「"だけは"……」



 微笑を湛えながらクロは木製扉の窓枠をゆっくりと開いていく。少しばかりは興味が湧いたのだろう、シロもムクっと顔を上げた。



 広がっていく扉の隙間から眩いほどの白光が差し込み、風と共に視界に流れ込んでくるその景色は――――





 ゴロゴロゴロ  ピカッ ドシャーーーンッッッ!!





 暗雲立ち込める空。荒れ狂う風。時折空気を揺るがす雷光が、二人の顔を白く染め上げる。

 景色なぞ見えようはずもなく、そこにはただ混沌とした空模様だけがあった。



「…………」

「…………」

 霧吹きのように顔を濡らす雨水に、クロは静かに窓を閉じる。



「のう……今のどこが綺麗な景色なんじゃ?」





 『――――今夜は季節の変わり目ということもあり、全国的に雨風が強まる見通しです』

 吹き付ける風が木製の雨戸を強かに揺らす。山おろしの風音と時折響くなにかが軋む音、それらの間隙を縫うようにして室内にスマホの音声が流れる。



「〜〜〜♪」


 『リナスキタ』の一室。クロとシロが泊まっている部屋とは少しばかり離れた場所で、一人の女性が鼻歌混じりにキッチンに立っていた。



 部屋にはガスが通っていないため、今その禿頭の上でふつふつと鍋を煮ている釜戸は、薪を燃やして熱を生み出す古典的な形態が取られている。



 不便極まりないほどの設備の不足。機械に頼らず生活をするというコンセプトのもと設計されたこのコテージだが、それは決して不便さを押し付けようという悪意からきたものではない。



 この世界には、自身の両腕と、機械に代わる第三の道具が存在していた。



 女性が釜戸の前でしゃがみ込む。石造りの釜戸の下部には薪を投入するための穴が設けられており、そこから少しずつ火の勢いが衰えつつあったのが見えた。


 女性はたおやかな仕草で指先を炎へと向け、そして静かに唱える。



「"ウィンド"」



 瞬間、指先から風が巻き起こり、穴の中へと吹き込んでいく。ゴォっと強まった火勢が、鍋をぐつぐつと煮えさせ始めた。



 この世界の、決して欠くことは出来ない存在。


 それは、『魔法』。


 この世界には、魔法が存在していた。




「よしっ」

 頷きながら立ち上がる彼女の耳は、横に長く、矢のように尖っている。ブロンドの髪と、色白の肌はまさにエルフ、その人であった。



 この世界には、魔法だけではない、獣人、吸血鬼、エルフに至るまで様々な種族が存在していた。太古の時代、かつて奇跡と神秘に満ち溢れていた世界は、今なおその姿を残し続けている。



 だが、その奇跡の時代に無視できない影が落ちていた。

 機械工学の発展。電子機器や無線技術の発達により、もはや魔法は唯一無二の存在ではなくなりつつあった。そして――――神秘は衰退した。

 


 しかし、一つだけこの世界で変わらずその存在を保ち続けているものがある。


それは、




 がちゃり、と部屋の扉が開かれる。

「おかえり、そろそろご飯が出来…………――――え?」




 ぱたた、と床に赤い斑点が刻まれる。



 切り裂かれた身体から溢れ出す暗紅色の液体が、絹の衣装を真っ赤に染め上げ、女性は受け身を取ることもなく、床に倒れ伏す。



 響いたはずの床の軋みも、広がりつつある血溜まりの音も、夜の嵐にかき消され。



ようやく世界が彼女の死を認識したのは、暫くした後、痛々しいまでの慟哭が響いた時だった。

 



 変わらず存在しているもの。それは、――――ひとの悪意であった。

初めまして、星見夜船です!

なろうに投稿するのは初めてなので不備もあるかもしれませんが、ご了承ください。


一週間限定で毎日お昼の12時に投稿を行います。

ぜひ楽しんでってくださいね。

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