3-2 『八人の王と四匹の獣』
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「ピザとお寿司どっちがいいですか?」
「どっちもじゃ!!」
という鶴の一声により、三人は今ピザのホールとお寿司の桶を囲んで座っていた。
部屋全体に充満したジャンキーな香気と寿司の繊細な色味。ともすればどちらの専門家も激怒しそうな交雑を前に、しかし三人は気にすることなくプラカップを掲げ、
「「「かんぱ〜い!!」」」
中身が溢れんばかりに互いのカップを打ち鳴らした。
「ピザなんていつぶりじゃ……?こんなでかいのもはじめてじゃ……っ!」
そう言って、シロは床に置かれた皿の上から、一切れのピザを持ち上げる。
指先に容赦のない熱が伝わるも、それがどうでもよくなるほどにカリッと焼き固まった耳と生地が、暴力的な香ばしさを放っていた。
先端の重みに耐えきれず、ハラペーニョとチキンを乗せたチーズの川が流れ落ちそうになっていることを察知したシロは口を大きく開けて、
「あぁっ……む」
と流れ落ちてくるチーズの塊を、生地もろとも頬張る。
噛み込むたびに柔らかな抵抗と共に脂が溢れ出し、油分の染み込んだ生地とソースの塩味が唾液に満ちた口腔で混ざり合う。
頭を殴るような背徳的な濃い味が、嚥下に沿って名残惜しく去って行った時、シロはただ天井を見上げて熱い吐息を漏らした。
「うん……っまいのぉ……」
京都市の中心部から少し離れたマンションの一室。何の家具も置かれていない殺風景な八畳を、震える声が彩っている。
その緩慢な空気に顔を綻ばせつつ、他の二人も思い思いに料理をつまみ始めた。
「それにしても……む……よく部屋を借りられたな。郊外とはいえ市内に属してるんだ、結構するだろ」
「そこは手当を出してくれたので、京都魔導警察署様々って感じですねー……あ、醤油取ってください」
寿司を飲み込んで、何気なく問いかけてくるクロに外薗は苦笑する。外薗は差し出された醤油を受け取りながら、「ま、」と部屋の中を見回して続けた。
「家具とかは流石に自分で用意しないとですけどね」
「何を言っている。電気が通ってる空間で雨風が凌げるだけでも十分すぎるってもんだ」
「……あの時々思うんですけど、クロさんたちってどんな生活してきたんです?」
「美味い……っ、美味いのじゃ……美味、うま、うままままま……」
「やばいっ!あまりの旨味にシロが壊れてしまった!戻ってこいシロ!!」
ピザを片手に痙攣し、文字通り昇天しかけているシロにクロは慌てて肩を揺さぶる。仲間の命がかかった一大事を前に、外薗は何も言わずに醤油を紙皿に垂らした。
外薗は二人が過去に何を行なっていたのかを、何も知らない。知り合ったのは彼らが探偵として活動し始めた頃からであるし、これまでの経歴を問おうとしてもこのように誤魔化されてばかりいたのだ。
しかし今回は違うとばかりに、醤油の入った瓶を床にガンっと打ち付ける。裁判官の振るうガベルのように凄みのある音を響かせた外薗は、
「"私の"お寿司とピザももう随分と楽しまれたようですし?じゃあ、そろそろ約束を守ってもらいましょうか?貴方たちが何者なのか、ようやくわかりますね」
「「…………」」
組み合って硬直する二人を前に、これまた凄みのある笑顔で問いかけた。
「何者か……って、俺に関してはそんな大層な話じゃないぞ」
逃げられないと察したのだろう、クロは姿勢を直して後頭部を掻く。
「俺は只々長生きな人間ってだけだよ」
「長生き……?薄々感じてはいましたけど、そんなに歳をとっているようには思え」
「まぁ、ざっと4000歳ってところだな」
「よ、よんせんッ?!」
皿の醤油が波紋を生むほどの驚愕に、「ハッ……」と外薗は慌てて口を押さえ込む。
「世の中には300年以上生きる長命種もいますが……4000って、神秘の時代真っ只中じゃないですか。本当に人間なの……?」
唖然としたまま指の隙間から声を漏らす彼女に、当のクロは平然と寿司を頬張る。あまりにも自然体に放たれたその言葉は嘘に思えず、外薗は驚きの冷めぬままにシロへと視線をずらした。
「じゃ、じゃあ……シロさんは……」
「…………わしも同じくらいじゃな。……『名を喰らう獣』の名に耳覚えはないか?」
「――――!」
目を合わせることなく、素っ気ない様子で告げられたその名前に、外薗は目を丸くして考え込む。
「確か…………神話の一つにそんな名前があったような……まさか……」
「うん。それわしじゃ」
外薗はたっぷりと硬直して、ようやく理解が追いついたのか「いや、いやいやいや」と冷や汗を浮かべて独り呟き始めた。
「八人の王と四匹の獣の伝説……名を喰らう獣なんて、そんなの4000年どころか5000…………いやもっと昔から……」
「まぁ、信じるのは難しかろうな。じゃから、一つお主の前で実演して見せよう」
「え?」
そう言って、シロは食べかけのピザの耳を皿に置き、その紙皿を外薗の前へと滑らせる。
「今お主の目の前にあるものは何じゃ?」
「何って……ピザの耳です」
「ま、ひっくるめて"ピザ"じゃな。よぉく、覚えておくんじゃぞ」
「……?」
小首を傾げる外薗を尻目に、シロは何もない空間をつまむ。口の上まで持ってきた細やかな指を、
ごくり、
と一息に舐めとった。
「さて、今お主の目の前にあるものは何じゃ?」
「え?だから……紙皿ですけど」
「クロ、今わしらは何を食べておる?」
「ん?寿司だ」
「他は?」
「他…………醤油か?」
部屋から、"◾️◾️"が消えていた。換気も意味をなさないほどの暴力的な香気も全て、何かに呑み込まれるように。部屋だけではない、この世の全てから"◾️◾️"が消えていた。
「じゃあ、これは何じゃ?」と、シロはタバスコの瓶を掴み取る。その、寿司とは相入れるはずもない物体に、二人は怪訝な顔を浮かべた。
「ほれ、外薗や。"タバスコ"を持っておけ」
「は、はい。……なんで私"タバスコ"なんて買ったんだろう……。って、シロさん今これは何をしているんです?早く貴方の――――」
ごくり……と嚥下の音が響く。
「外薗、今何を持っておる?」
「何も持ってませんけど……あれ?シロさんに何かもらった気が……」
"◾️◾️◾️◾️"を持っていたはずの手のひらが空を握る。湧き上がる違和感に、眉を顰め始めた二人を前に、「ま、これで十分じゃろう」とシロは口を開いた。
「"ピザ"と"タバスコ"じゃ。お主ら、忘れておったな?」
「「――――――!!」」
瞬間、二人の脳内に記憶の洪水が流れ込む。今の今まで口にして、腹を満たしていたはずのそれらを半ば嗚咽に近い衝撃で思い出したその時、部屋を満たしていた暴力的な香気も同じくして舞い戻っていた。
同時に、空中から瞬時に姿を現したタバスコの瓶が、ガッッ!と外薗の膝先を強く打ち据える。
「い"っっ…………たぁぁあ〜〜……」
膝を抱えて目に涙を浮かべながら床に転がる彼女は、しかしそれどころではないと悶えながらも思考する。
どうして忘れていたのか、と。
「――――それがわしの力じゃもの。これで理解できたじゃろ」
「……名前を、食べたんですか?」
「そうじゃ」と軽々に答えて、シロは頭の後ろで結われていた髪を解く。垂れた白髪が少女の面持ちを隠し、獣らしい縦に裂けた瞳が隙間から外薗を覗いていた。
「わしは名前を喰らうことで、喰ろうたものの全てを掌握できる。それこそ、存在までな。……わしに存在を呑み込まれたものは皆の記憶からなくなり、そいつが居たという事実がこの世界から消滅する」
「…………」
「じゃが安心せい。さっきやったみたいな存在ごと消すのは色々と面倒じゃ。普段は記憶を読み取るまでしかしとらん」
「……その、力で今まで探偵をやっていた……ってことですね?」
「…………ほうじゃ。首輪でも、かけるか?」
あぐらのままに頬杖をつくシロは、その山吹色の瞳で何かを見定めているようで。
その怪しげなる獣の気迫にやられてか、外薗は絶句するように口元を覆うと……たっぷりと考え込んだ末に「あの……」と重々しく口を開いた。
「失礼ですけど、言ってもいいですか?」
「いいぞ」
「そんなすごい力を持ってたのに、あの……えっと、どうしてそんなポンコツなんですか?」
「――――は「はあっ?!お前、何言ってるんだ急に?!」
言葉を選ぼうとして、結果選べなかったという何よりもひどい結果に、シロはポカンと口を開けて硬直し、クロは聞き捨てならないとばかりに抗議する。
「俺たちはポンコツなんかじゃあない!仕事ができなくて名前が覚えられなくて、犯人に自白ばかりさせてしまうところを除けば立派な探偵だ!」
「それ欠点を挙げ終えただけじゃ………?」
「…………のう、外薗」
楽しげに言葉を交わす二人を前に、シロは初めて、純粋な驚きをその瞳に宿して問いかける。
「わしらが、怖くないのか?」
「怖い?なんでですか?」
「…………っ。言っておくが、わしはお主の名前も食べておる!その気になればお主を存在ごと消すこともできるんじゃぞ?!わしらは神代の災厄じゃ!貴様らにはどうにも……。…………っ!」
「シロ……?どうかしたのか?」
余裕なさげにシロは何度も声を荒げる。そんな姿を見るのは滅多にないのだろう、クロも真剣な表情で問いかけつつも内側に少なくない困惑が滲んでいた。しかし、
「うーん。そうされたら確かに困りますけど……」
たった一人、外薗だけが。ただ穏やかな笑みを浮かべていた。
「私達も長い付き合いです。シロさんがそんなことをしないことはわかってますよ」
「は……100年と生きられんただの人間が何を……っ」
「4000年に比べたら、きっと私の数年なんてちっぽけなものですよね。でも、私にとっては……その数年が何よりも大事なものなんですよ」
「……記憶よりもか?……名前よりもか?!」
「えぇ、だって」
外薗ははにかみながらも、目を逸らすことなく告げた。
「貴方たちは、生まれて初めてできた……たった二人の友達なんですから」
「――――」
「友達を怖がる人なんて、いないでしょ?」
「……うそ、見栄、違う……否……わしは……」切羽詰まったかのように呆然として呟くシロに…………ポンっと優しめな手刀が落とされる。「あうっ……」と見上げた先にいたのは、したり顔で笑うクロの姿であった。
「言っただろ。あいつは信頼できるって」
「…………そ、うか。そうじゃな……」
「あいつって呼ばれてることは心外なんですが……」
「それで、俺たちをポンコツ呼ばわりするってことは、お前は何かしら収穫を得たってことでいいんだな?」
シロの頭を撫でながら横目で問うクロに、外薗は自信なさげに頷く。
「監視カメラの映像を洗いました。結果は……」
「何も映ってなかった?」
「……はい。……でも、ただ映っていなかったわけではありません。犯行が行われたであろう時間帯、ちょうどその時だけカメラが故障していたんです。吐き出されたエラーは、高濃度魔素障害」
「――――!」
魔素は電波と互いに干渉し合う。しかし、電波といえどそこまで軟弱ではない。電波に影響を及ぼすには、それ相応の魔力が必要となる。つまり――――
「私の全力でもそんな芸当できません。そこで、お二人の力を見越して尋ねますが……お二人の魔力で、同じことは可能ですか?」
「無理だな。シロは?」
「……わしも同じじゃ。少なくとも今は」
「つまり……」
「ああ……死神ジャックとやらは十中八九、神秘の時代の遺物じゃろう。それも、未だ現役のな」
ピリッと緊張の走る空気の中、外薗は生唾を飲み込んで「もし、もしもですよ?」と二人に問いかける。
「死神ジャックが、シロさんのような……八人の王と四匹の獣……その一柱だった場合。……私達に勝ち目はありますか?」
「それはないじゃろうな」
「……っ、そんな……」
「いや、違うぞ。お主が思っとる意味ではない」
首を傾げる外薗に、シロは一つため息をついて、平然とした面持ちで告げた。
「八人の王と四匹の獣は全てわしが食べた。もうこの世には存在しておらんよ」




