第193話 裏戸
ミル=アスターシャの計画。
完璧だ。隙がない。昨日ギルバンを護衛に雇ったのは、ギャングとのゴタゴタでミルが本物じゃないとバレるのを、怖れたためなんだ。
今日は、あっさりレイラ=ミルを殺すだけ。だから当然、護衛は必要ない。昨日でお払い箱。
あとは、ミル=アスターシャが銃の引き金を引くだけ。
1階はすごい喧騒だ。2階は静まりかえっている。ここでミルが引き金を引く。自動照準追跡式光線銃は、正確にレイラの胸を撃ち抜くだろう。血が飛び散り、レイラはドサッと倒れる。銃声はしない。2階での多少の物音は、下には届かない。何事もなく1階の喧騒は続くだろう。
そしてミル=アスターシャは、悠々と階段を降りていき店を出て行く。
黒衣黒面紗の女は、そこで消える。
警察やギャングが捜しても、見つけることはできない。
黒衣黒面紗。目立つ格好だ。逆に脱ぎ捨ててしまえば、誰だかわからない。その辺も考えているのか。大したもんだ。さすがギャングの女。
レイラ、そっと息をする。
危険な場面。刑事としてこれまで何度も体験してきた。
切り抜け方。落ち着いて考える。
じっと動かない。なるべく無力を装う。こういう場合、刺激してはいけない。相手に恐怖を与えたら、ただちに撃たれるだろう。
警察の記録を思い返す。
ミル・フレイザー。犯罪歴は無い。もちろん親分の女だから、違法行為に全く関わってないことはないだろう。でも殺人はしたことないはずだ。親分に守られていた女なのだ。
昨夜ギルバンが言っていたように、殺人をする度胸と覚悟、それを持つのは並大抵のことではない。たとえ周到な計画殺人を準備していたとしても。
ミル=アスターシャがあんなにベラベラ喋ったのは、引き金を引くのを躊躇っていたからではないのか? 強気の口調とは裏腹に、まだ最後の決心がついていないのではないのか?
目の前の人間を殺す。その線を越えるのは、容易なことではない。
説得してみよう。
レイラは覚悟する。
自分が殺人の被害者になるのは嫌だ。そして刑事として、目の前の子が手を血で染めるのを阻止しなければならない。
それが自分の務めだ。やってみよう。ギリギリまで。
まずは話しをする。できるだけ引き延ばす。そしてだんだん相手の心を崩していく。光線銃を取り上げる隙ができればいいんだけど。
「アスターシャ、いえ、ミル・フレイザー」
レイラは言った。
「私の話を聞いて」
その時。
2階の奥の裏戸が開いた。
現れたのは。
レイラは、顔を合わせるのは初めてだった。
だが、繰り返し画像を見て、完全に見知っている顔。
流れるような銀髪を逆立て紅い瞳をした、どこか幼さを残した男。
スキッド。
裏戸のスキッド。




