第188話 最後のピース
次の日。アスターシャとの約束の最後の日。
レイラは朝から、気もそぞろだった。
あまりよく眠れなかった。
この日も下着モデルの仕事だったが、どうも身が入らない。
「どうしたの? レイラ」
ドン・ハルキサワ事務所のトレーニングルーム。
ネクリが声をかけてくる。いつも元気いっぱい、愛らしさいっぱいの同僚モデルだ。
「ボーっとしてないで。モデルなんだから、はい、背筋をピンとして!」
慌てて姿勢を正すレイラ。
「あ、ごめん」
「それに顔色も悪いよ。もっと、ちゃんとしっかりメイクして!」
レイラ、鏡を確認。メイク、確かに粗が目立つ。これじゃだめだ。何しろ、昨夜の今日である。集中できないのも仕方がない。
「うん、実はあんまり寝てなくて」
「え?」
ネクリ、レイラの顔を覗き込む。
「レイラ、どうしたの? 私たちの仕事、健康づくり体作りが基本よ。あ、さては」
うふふ、と笑うネクリ。
「彼氏ができたのね」
「え?」
「あ、図星だった?」
「そ、そんなんじゃ」
まごつくレイラ。
「違うの?」
ネクリは悪戯っぽく、
「じゃあ、今日、仕事の後、一緒にご飯食べに行く?」
「あ、今日の夜も、ダメなの」
「ほーら、やっぱり」
ネクリはそれ見たことか、と。
「やっぱり彼氏ね。毎晩毎晩、お熱いのね。でもレイラ、気をつけて。彼氏に熱中するのはいいけど、男で失敗するモデルは多いのよ。この世界、誘惑がいっぱい。ちゃんと足元を見てね。それじゃあ、私、撮影だから」
「う、うん」
レイラはネクリを見送りながら、肩を落とす。
少し離れて。
カオリが一心不乱に、ウォーキングのお尻の振り方をチェックしていた。
◇
昼、ギルバンから通信があった。
「頼まれたこと、調べたぜ。情報屋から話を拾った。昨日のギャング、クーゴだけど、忽然と姿を消したそうだ。しかも、一家の金庫が、空っぽになっているのが分かったんだと。クーゴが、持ち逃げしたんじゃないかっていうんで、大騒ぎらしい」
予想通りの展開だった。
クーゴが言ったことが事実なら、当然そうなる。
ミルに罪をかぶせて殺す。これが失敗した以上、逃げるしかないだろう。
と、いうことは。
昨夜、クーゴがレイラを殺そうとしたのは、自分の切迫した事情からだった。クーゴが逃亡した以上、もう、レイラは安全なのではないだろうか。親分の女ミルだと思われたところで、別にいきなり殺される理由はない。ミルをいきなり殺す理由のある人間が、そう何人もいるとは思えない。スキッドが出所するまでは、まだ7日ある。
よし。
アスターシャに付き合おう。
レイラは、アスターシャに通信を送る。
「今夜、付き合うから。裏街、行こうね」
「ほんと、ありがとう! 凄くうれしい」
返信からアスターシャの興奮が伝わってくるようだった。
もう一つ。
ギルバンが、気になることを言っていた。
アスターシャに頼まれた護衛の任務は、昨日1日で、終了だと言うのである。
「おかしいな、まだ、今日1日あるのに」
少し不審である。今日は今日で、別の護衛を頼んだのだろうか。それとも今日行くところは全く危険がないから、護衛はいらない、という判断なのだろうか。
よくわからない。
1日のモデルの仕事を終え。
ロッカールームで着替えたレイラは、アルデランタ邸へ、向かう。
これまでのことを、反芻する。
双子の姉妹、ミルとアスターシャ。姉のミルは、ギャングの親分スキッドの女となった。妹のアスターシャは、大富豪アルデランタ家の養女となった。スキッドの一家が一斉摘発を受けたので、ミルは遠くの星へ逃亡し手術で顔を変えた。ミルの新しい顔は、レイラとそっくりだった。
姉を想うアスターシャは、新しいミルそっくりのレイラとともに、裏街で追憶と感傷の巡礼を始めた。ミルは、新しい顔の画像を、妹や、ギャングの仲間たちに送ってきた。裏街に帰ってくるつもりなのか? それはわからない。
そして、今日、裏街巡礼の最後の夜。
あれこれを整理するレイラ。
これだけだ。わかってること。
だが、引っかかる。
なにか見落としてないか?
なんだろう。必死に考えてみてもわからない。
カオリの言う通り、この話には、思いもよらぬ裏がある。意図、作為がある。だとしたら、それは何か?
わからない。
絵合わせの最後の欠片が、どうしても埋まらない。




