第143話 出会い 〜3年前の出来事(1)
冬の裏街で。
大通りの雑踏の角に佇み、ミルは、体を震わせていた。立派なコートなど、持っていないのだ。何も考えずに、とうとう孤児院を飛び出してきたのだ。
寒いし、お腹も空いた。
でも、孤児院に戻るのは嫌だった。飛び出してきたんだ。ここで戻ったら、また元の生活に戻り、何もできなくなる。自分を変えようと、決心したんだ。何があったとしても。
しばらくの間、人の流れを見つめている。
宵闇が濃くなってきている。どうしよう。今日の夜を過ごすところを見つけなくちゃいけない。
ミルは、中心街から、裏通りへ入った。あてもなく、歩いて行く。狭い路地に入り込んだ。
「よう、嬢ちゃん」
声をかけられた。酔っ払いだ。早い時間から、顔を真っ赤にしている。
「子供が何してんだ? 歳はいくつだ?」
「15よ」
ミルは、ぶっきらぼうに答える。
「15? いいね」
酔っ払いは、舌なめずりする。
「1人か? 俺と遊んでかないか? きっちり支払うぜ」
やっぱり。
ここで声をかけてくるのは、だいたいこんな男だ。
ミルは、チラチラと男を見るが、やはり覚悟はできない。
「やめて」
背を向けて、歩き出す。
「待てよ」
酔っ払いが、追ってきた。
ミルの、手を掴む。
「離して!」
必死に振り解こうとする、
だが、意外と男の力は強かった。振り解けない。
「ちょっと! やだってば!」
ミルは叫ぶが、男は逆にしっかりとミルの肩をつかまえ、路地の壁に体を押し付ける。
「ここで、いいぜ」
酒臭い息を、かけられる。
「嬢ちゃん、お前も、そのつもりなんだろ? ここは、子供が遊びに来るところじゃないんだぜ。わかってるよな?」
ミルは必死にもがくが、がっちりと掴まれて動けない。
男の顔が、迫ってくる。
「やだ!」
目をつむり、顔をそむける。
その時。
「おい、やめろ」
声がすると、急に、抑えつけていた力が消えた。
ミル、顔を上げる。酔っ払いの腕を、若い男ーーまだ少年だーーが握っていた。
「なんだ、てめえは。またガキが出てきやがった」
酔っ払いは、ペッ、と唾を吐く。
「とっとと失せろ!ガキが大人のすることに口出すんじゃねえ、あっ!」
少年の動きは素早かった。
間髪入れず、拳を男の腹に、叩き込んだのだ。
「うご、うぐぐ……」
崩れ落ちる酔っ払い。
「ぐほ、ぐほ、」
やっとのことで立ち上がると、少年を怯えたような、憎々しげな目で一睨みし、荒い息をしながら、ドタドタと駆けていった。
逃げる酔っ払いを見送った後。
ミルと少年は、向き合い、見つめあった。
「大丈夫か?」
ぼんやりとした街灯の下、流れるような銀髪を逆立てた赤い瞳の少年は、美しく見えた。
「あり……がと」
助けてくれたんだ。
少年は、訊く。
「お前、この街に住んでいるのか?」
ミルは、首を振る。
「どこから来たんだ?」
ミルは、答えない。
「家に帰るんだ」
少年は言った。
だが、ミルは、首を振った。
「帰らない。もう、帰る家なんてないの」
「家出してきたのか」
少年は言った。家出した少年少女、この街にはたくさん流れ込んできている。
「俺と同じだ」
少年は、ふっと笑った。
「俺が家出したのは、2年前、13の時だ。今は、ここに寝ぐらを持っている。よかったら、俺の寝ぐらに来るか?」
「え、いいの?」
ミルは目を見開く。
「ああ、いいぜ」
「ありがとう。私は、ミル」
「俺は、スキッド」
「あ」
ミルは、思い出した。
「どうした?」
「スキッド、間違いない、孤児院にいたよね。そうだ、飛び出して、裏街に行ったっんだよね。私、ミルよ。ミル・フレイザーよ。ほら、一緒に遊んだじゃない」
「え?」
スキッドも、ミルをまじまじと見つめ、
「ミル! ミルなのか! そうだ。覚えてる。孤児院で一緒だったよな。なんだ、お前も孤児院から、逃げ出したのか」
「うん」
ミルは、微笑んだ。
一緒に孤児院で育ったスキッド。可愛い男の子だった。それが今は、美しい少年になっている。
なんていう偶然の導きだろう。
ミルは、寒さも忘れ、耳朶を赤く染めていた。




