第142話 夢の偶然
「レイラ、どうしたの?」
ネクリに、元気よく声をかけられる。
ドン・ハルキサワ事務所の、広いレッスンルーム。
仕事だ。
白のブラジャーにショーツ、お尻にペルシャ猫の尻尾をピンと立てて、レイラは、撮影のための準備をしていた。
「え?」
可愛いピンクのフリフリ、フワフワの下着のネクリの方を、振り向く。
「私、何か変だった?」
「うん。ぼーっとしてた。尻尾も垂れそうだよ」
慌てて、お尻を見る。もちろん、ペルシャ猫の尻尾はピンと立ったまま。これは垂れたりしない仕様だ。
「もう。ネクリ、からかわないでよ」
ネクリは、くすっと笑い、
「だって、レイラ、全然集中できてないよ。気の抜けた感じも結構素敵だけどね。仕事は仕事! きちっと自分を作らなくちゃ」
「あ、うん……」
集中できてない。そうだ。ついつい考えてしまうのだ。
昨日になって知った、新しい事実が色々と。裏街のギャングたちの物語。刑事としてではなく、関わってしまった。
でも。
あれこれ考えても仕方がない。下着モデルの仕事に、集中しなくちゃと、レイラは思う。
「じゃあね、レイラ、私、これから撮影だから。あ、今日の夜、一緒にご飯に行かない?」
と、ネクリ。
「今日の夜は、ダメなんだ。今度行こうね」
と、レイラ。
今日と明日の夜。
アスターシャと、約束した、裏街巡礼。これで、もう最後。
「わかった。じゃあ、また今度ね」
ネクリは、くるっと背を向け、スタジオに向けて、ピンクの下着をヒラヒラとさせながら、走っていく。
本当に無邪気だな、と、見送るレイラ。ギャングだ暗黒街住人などは、無縁の世界。年頃の女の子なら、そうあるべきなんだけど。
気を取り直して、壁面の鏡に向き合うレイラ。
「おや?」
鏡に写っているのは、カオリ。
ウォーキング。お尻の振り方の練習をしている。ブルーのブラジャーにショーツ。お尻には、仔鹿の尻尾。かわいいお尻を何度も振りながら、確かめている。
◇
「ねえ、カオリ」
レイラは、声をかける。
「なんでしょう」
カオリは、お尻を振るのをやめて、こちらを向く。
「ちょっと、聞いてもらいたいことがあるんだけど」
「はい」
カオリの、夢見心地な瞳。いつものこと。数列家の少女。
なんでカオリに相談しようと思ったのか、レイラにもよくわからないけど、この子なら、別の角度から見えてくるものがあるかもしれない。
「ちょっと変な話なんだけど、こういうことがあったとしたら、どうだろうって」
「ちょっと変な話?」
「うん。自分にとって、すごく大事な人。仲の良い姉妹とか、大切な身内。今までずっと一緒にいた人が、突然目の前からいなくなって、必死に探しても、見つからない。あきらめきれずに、どうしても会いたいと思っていたら、別人だけど、大切な人と顔がそっくりな人が現れた。どう思う?」
「何のお話でしょう?」
カオリは、首を傾げる。
「実際にあることとは、思えませんね」
「でも、起きるかも。起きたら、どうする?」
カオリ、じっとレイラを見つめる。
「ものすごい偶然ですね。本当にそんなことが実際にあったとしたら、それは、夢の世界の話です」
「うん、そうだね」
確かに。これが常識的な見解だろう。
「その夢の世界、実際にあったら、夢をもっと見たくて、夢から醒めるのが嫌で、その、顔がそっくりな人と一緒の時間を過ごしたいと思う。これってどうかな?」
真顔で訊くレイラ。カオリは、少し困った様子で、
「あくまでも、どうしても会いたい人とは、顔が同じだけの別人なんですよね? 一時の思い出作りなら、良いのかもしれません。でも、いなくなってきた人の代わりにはなりません」
うん、そうだ。
アスターシャも、レイラと思い出作りをしたら、きちんと吹っ切れてミルを待つと言っている。
「レイラさん」
カオリが、訊いてくる。
「何かあったのですか? その話、どうも妙ですね。そういう偶然が実際にあったとしたら、偶然ではなく、何かの作為、誰かの意図を考えたほうがいいと思います」
「作為? 意図?」
「はい。夢のような偶然。普通ではありえないこと。疑ってかかるべきです。何があるのかは、分かりませんが。何かに巻き込まれていませんか? 気をつけてくださいね」
レイラは、うぐ、となる。
相変わらず鋭いな。刑事の自分をたじろかせる。
「ありがとう、カオリ」
レイラは、笑顔を浮かべる。
「何でもない。本当に、大した事じゃないんだ。ただ、ほんとに、思いがけない出会いがあって、いろんな話を聞くことがあったから。ちょっと考えちゃってたの」
「そうですか」
カオリは夢見心地な瞳で、再び、じっとレイラを見つめる。
「何かあったら、すぐ連絡してください。相談に乗ります」
「そうするよ。本当にありがとう」
◇
今は。下着モデルの仕事。レイラは、集中することに努める。
夢のような偶然の出会いが引き起こした、アスターシャの追憶、感傷、自分はそれに付き合っている。
でも。
偶然じゃない? もし、そうだったら?
作為? 意図?
なんだろう。見当もつかない。
わかっていること。
15歳でギャングの女となったミル。レイラと同じ歳の少女。
帰ってこようとしている。
裏街に。
ギャングの仲間たち、そして、スキッドのところに。




