第141話 約束
警察のデータに目を通して。
だいたいの状況は、わかった。
レイラは、アスターシャのことを考える。
データには、アスターシャの名前は一切出てこなかった。姉に誘われて、何度か裏街に足を踏み入れた、ただそれだけなのだ。本当に、ギャングとの関係は無い。臆病な少女。
アスターシャがアルデランタ家の養女になったのは、半年前。スキッド一味の一斉摘発と、同じ頃だ。
アスターシャは、ミルが裏街と決別し、自分とアルデランタ家で平和にのんびり暮らすことを、望んでいる。
だが、ミルがこの星に帰ってきても、それは望めないだろう。
ミルは、自らの意思でギャングの女になったのだ。スキッドと離れることは無いはずだ。だから、仲間たちにも自分の画像を送ってきたのだ。臆病で裏街を怖がる妹とは、違うのだ。
◇
これから、どうしようか。
レイラは、思案する。
帰りのエアカータクシーで。
アスターシャと、いろいろ話をした。
ジロモやクーゴについて訊いてみたが、知らないと言われた。スキッドやその仲間とは。顔を合わせたこともないと言う。ミルに裏街に連れて行ってもらった時には、ギャングの仲間とは、会いたくないと言ったそうだ。臆病なアスターシャらしい。
ミルが急にいなくなった理由。アスターシャは、本当に知らないようなのだ。
それで。
姉の追憶の裏街巡り、アスターシャの心の聖地巡礼、どうするか?
この状況なら、やめるべきだ。それが冷静な判断である。
ミルが、もうここに帰ってきているかもしれない。そこに、ミルと同じ顔のレイラが裏街のミルの縄張りをうろうろしていたら、また、今日のようなトラブルになるだろう。
そもそも、ミルが戻ってくれば、またアスターシャと会えるのだ。
しかし。
「お願い、レイラ」
アスターシャは言ったのだ。
「ミルの関係に巻き込んじゃって、ごめんなさい。でも、あと2回、どうしても、続けたいの」
「え?」
と、レイラ。聖地巡礼。約束は、確かにあと2回残ってるけど。
もう、追憶だ感傷だという段階じゃない。裏街に、余計なさざなみを立てすぎてしまう。
「やっぱり、ミルの顔だとみんなに知られている以上、私の存在が出てきたら、おかしなことになっちゃうよ」
「うん……」
アスターシャ、目を伏せる。
「そうね……私、確かに、裏街のこと、よくわかってない。でも、あそこでのミルは、本当に輝いていたの。目に焼きついているの。ミルが帰ってくるかもしれない。それなら、本当に、いい。しっかりと抱きしめる。でも、ひょっとしたら、まだ帰ってこないかもしれない。ずっと待つためにも、ミルの姿をどうしても、もう一度胸に刻みたいの!」
レイラは、やれやれ、と思う。
結局、そこに戻るんだ。
ミルが、裏街で輝いていた。うん。それはそうだろう。ギャングのボスの女なんだし。
ごめん、もう、終りにしよう、そう言おうとして、レイラは、言えなかった。
アスターシャ。紫の瞳に宿る切迫感。姉への、尋常でない想い。どうしても、見捨てることができなかったのだ。
それに。
自分が関わることでは無いかもしれないが、この裏街の物語、もう少し見てみたい気がした。なぜか、そう感じたのだ。
聖地巡礼を続ける。危険はあるか?
今日の様子を思い返す。
一斉摘発は、結局大した事にならず、スキッド一味は、大手を振って活動していろ。ボスの帰りを待っている。ミルのことも、ボスの女として、尊重している。
急に襲撃されたりとかは、なさそうだ。
レイラも、徹底的に訓練を積んだ宇宙警察の刑事である。やばい状況が起きても、対処はできる。
ミルだと間違われて、絡まれても、すぐに逃げればいい。
今日と同じ。大した事には、ならない。本物のミルが現れたら? その時は、待望の双子姉妹再会。レイラはさっさと消えればいい。
大丈夫だろう。
レイラは、アスターシャに言った。
「わかった。じゃあ、あと2回ね。明日と、明後日の夜。それでいい?」
「うん!」
アスターシャ、瞳を輝かせる。
「レイラ、本当にありがとう。あ、でも。危ないことがないように、きっちり、ボディーガードをつける。それでいいでしょ?」
「ボディーガード?」
うふふ、とアスターシャ。
「うん。私、アルデランタ家のお金、使えるし。レイラの安全のためなら、なんでもするよ」
「うーん、ボディーガードとか、別にいらないから」
レイラは、言った。ボディーガードなんて引き連れて行ったら、また面倒なことになりそうだ。
アスターシャ。
この子は、本当に、あれこれいろいろわかってないお嬢様なんだな、と思う。
ともあれ、聖地巡礼を続ける約束をした。あと2回。それで本当に終わりだ。




